第52話 地震

 僕はモンスターからダメージを受けた。マノリアは放電槍ホウデンノヤリでモンスターたちを殲滅した。そして、部屋の光は青に変わり、部屋の中央に宝箱が出現するが、マノリアはそれに目もくれず、僕の方へと駆け寄ってくる。


「大丈夫か? 兄上っ」


「大丈夫だよ。痛いのはダメージを受けた一瞬みたいだ」


「でも、HPが減って……そうじゃっ」


 マノリアは部屋の中央の宝箱を開ける。中に入っていたのは、ドリンク剤のようなガラス瓶に入った液体だった。


「こんな風に、宝箱にドリンク剤が入っておるのじゃ。名前はポーションじゃから、きっと回復薬に違いないぞ。さあ、兄上、これを飲むのじゃ」


「……何かの罠だったりしないかな?」


 僕はドリンク剤を受け取り、青い蛍光色に怪しく光る液体を揺らしながら問う。


「うーむ、わしは飲んだことないから何とも言えんが、そのままでは次の部屋で息絶えるかもしれん。兄上のHPが0になったら……はて、どうなるんじゃ?」


「僕に聴かれても……」


「だが、実羽ミハネはわしらに兄上の命をいつでも獲ることができると言っていたのじゃ」


「ああ、そうだったね」


「およ、何で知っておるのじゃ? 実羽ミハネから聴いたのか?」


「違うよ。みんなの様子をこのダンジョンの中から見てたんだ」


「なんと、そんなことになっておったのか……ふーむ」


「とりあえず、そのポーションとやらを飲んでみるよ」


「ああ、頼んだぞ」


 僕はマノリアから瓶を受け取り、キャップを外してゴクゴクと飲み干した。


「おおっ!」


 マノリアは感嘆の声を上げる。20%ほど減っていた僕のHPゲージはみるみる回復して満タンになった。


「うん、何も問題なかったね。味もしなかったけど」


「……うーん」


「どうしたの?」


「いや、兄上と会う前に、いくつか同じ物を見付けていたのじゃが、怪しい薬かと思って放置しておったのじゃ……もったいないことをした」


「そ、そうなのか……」


「うむ、これからは兄上のためにストックしておくことにするぞ」


 そして、次々と部屋を渡り歩く僕たち。しかし、モンスターが出現する度に、僕へのダメージは少しずつ蓄積されてゆくのだった。


「ここも宝箱なしか。ケチじゃのう。兄上、まだ大丈夫そうか?」


「残り60%、この先ちょっと厳しいかもしれない。このみと攻略してる時より敵の数が増えてるんだ。見たところ放電で一度に攻撃できるのは3匹までだ」


「そうか……わしもこのままじゃジリ貧だと思うのじゃ。どうやら、モンスターたちは兄上を集中攻撃してくるようじゃしな。兄上だけでも部屋から逃げることはできぬのか?」


「やってみたけど、黄色い部屋は内側から扉が開かないみたいだ。何か手を打たないと……」


 ふたりで腕を組んで考えを巡らせる僕たち。そしてマノリアは閃く。


「そうじゃ、わしだけが先に部屋に移動して、モンスターを倒せばよいのではないか? 部屋をうろうろしていればモンスターは出現するようじゃし、それらを片付けてから兄上が付いて来ればよい!」


「そっか、やってみよう」


 早速実践。マノリアが先行し、扉の向こうの部屋へと移動する。数分後、再び扉が開く。


「うまくいったようじゃな。ほれ、ポーションじゃ!」


 満面の笑みでそれを投げて寄こすマノリア。僕はそれを飲み干して、HPを80%まで回復させる。


「うまくいきそうだね」


「うむ。さて次じゃ」


 そうして、僕たちは次々と部屋を渡り歩く。途中でマノリアが拾ったポーションにより僕のHPは満タンになり、戦い慣れてきたマノリアも、無傷でモンスターの集団を殲滅することができるようになっていた。しかし――


「じゃあ、行ってくるぞいっ!」


 足取りも軽く、扉の向こうにかけて行くマノリア。そして、扉が閉まり、僕がマノリアの帰りを待っていると――


 ゴゴゴゴゴ……


「地震だ……マノリア!! 平気ぃ!?」


 大声で呼んでも返事がない。扉の向こうには声が通じなくなっているのか? そう思って僕は扉を開く。


「マノリア……って」


 部屋に移動した僕を待つ者は居なかった。そこにあるのは緑の光が走る壁と天井だけ。マノリアは僕の前から完全に姿を消していたのだ。


「また地震? しかし、行けども行けども出口はない……時間経過は……30分、このゲームにもそろそろ飽きたわね」


 ひとりで悪態をつきながらダンジョンを彷徨っているのは珠彩シュイロだった。


「よし……えいっ! やぁっ! とぅっ!」


 小気味よいリズムで3匹の獣型モンスターを斬り捨てる珠彩シュイロ。彼女はすっかり刀の扱いにも慣れ、部屋に入るたび、雑巾がけのように満遍なく床を踏んで敵を出現させ、それを殲滅していた。


「獣、虫、魚、鳥……それ以外のモンスターは居ないのかしら……まあ、次に行きましょ」


 珠彩シュイロは青くなった部屋から出る。そして、次の部屋で彼女を待っていたのは――


「何者だっ!」


 ――ハキハキとした少年のような声だった。珠彩シュイロはとっさに手に持った刀、ブラッドレインを構える。


「……って、あんた!」


珠彩シュイロちゃん……?」


悠季ユウキっ! 悠季ユウキじゃないの!!」


 メイド服に長い柄のついた錨型の斧を持つという奇妙な恰好の悠季ユウキさんと、黒い刀身が深紅の光を反射する刀を持つ制服姿の珠彩シュイロは、VR空間で無事再会することができた。珠彩シュイロは一歩前に踏み出す。しかしその時、部屋の色が黄色に変わる。


悠季ユウキ……兄貴は見なかった? って、それどころじゃなさそうね」


「ああ、あれは見ない顔だ……」


 壁から現れたのは、人型のモンスターが6体。それは、彼女たちが今まで出会ったことのない敵であった。人型のモンスターは、手に石を持ち、それを投げつけてくる。


「うわっ!」


 とっさのことに、珠彩シュイロは真っ向からそれを食らってしまい、動きを止める。一方悠季ユウキさんは、瞬時にモンスターたちに接近する。


「おりゃあああああっ!」


 悠季ユウキさんが思い切り斧を振り回す。その間、悠季ユウキさんにも投石が見舞われるが、ダメージを受けても彼女の攻撃の手が緩むことはなかった。


「ふんっ! 珠彩シュイロちゃん、平気!?」


悠季ユウキ……! やああああああっ!」


 悠季ユウキさんの一振りは、3体のモンスターの胴体を真っ二つに両断し、続いて珠彩シュイロは投石の間を縫うようにモンスターに接近し、容赦なく斬撃を食らわせる。


「いっ! やっ! たぁっ!」


 こうして6体のモンスターを殲滅したふたり。部屋の光が青くなるのを見届けると、ふたりは改めて顔を見合わせる。


悠季ユウキ、お疲れ様」


珠彩シュイロちゃんこそ。少し食らっちゃったみたいだね」


 悠季ユウキさんは部屋の中央に現れた宝箱を開ける。そこに入っていたのはポーションであった。


「ほら、珠彩シュイロちゃん、使いなよ」


 悠季ユウキさんは珠彩シュイロにポーションを差し出しながら、異変に気付く。


「体力、回復してるんだね。そっか、その吸血の刀の効果かな?」


「うん、そうみたい。敵に攻撃すると、ダメージに見合った体力を回復してくれるの。悠季ユウキの方こそ、ダメージ受けてるじゃない。自分で使いなさいよ」


「わかった」


 悠季ユウキさんは、ゴクゴクとポーションを飲み干す。そんな彼女を眺めながら、珠彩シュイロは口を開く。


「この刀があれば、ポーションなんて必要ないのよね。ただ、集団に取り囲まれると、攻撃に怯みっ放しになって負ける可能性があるわ」


「ひるむ?」


「あれ、攻撃の途中で妨害されたりしない?」


「いや……そんなことはなかったけど」


「そういえば、さっきもあんたは敵の攻撃を受けながら、その斧を振るってたわね」


「そうか、不動の斧……調べるとフレーバーテキストが見られるんだけど、そこには、『何人たりともこの斧を持つ者を揺るがすことはできない』って書いてある。つまり、敵の攻撃に怯まないっていうことなのかな?」


「そうなのかもしれないわね。私の刀には『斬った者の生命力を奪い取る』って書いてあるわ。あと、私、気付いたことがあるのよ。緑の部屋の床は、どこかにモンスターを出すスイッチがあるの。だから、雑巾がけみたいに満遍なく床を踏めば、出現した敵を倒して部屋を青くできるっていうわけ」


「それは気付かなかったね。でも僕の場合、毎回踏んでたらポーションでの回復が間に合わなくなるかもしれないから、それはしないなあ。だって、モンスターをわざわざ倒す必要もないでしょ?」


「それもそうね……私ったら、この刀で回復できることをいいことに、全部の部屋でモンスターを殲滅していたわ」


 その時、またもや地震が起きる。


 ゴゴゴゴゴ……

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