第41話 炎上と会見

「マンションに帰ったら盗撮されるから……」


「ああ、そうだね……」


 その理由は取ってつけたようなものに感じられたが、僕はその違和感を飲み込む。それから僕たちは、言葉を交わすことも無く、大きな池のある公園に足を向ける。ベンチに腰をかけ、自販機で買った暖かいお茶をすする僕たちふたり。


「……私の家ってさ、私が芸能活動を始めた頃から、両親がしょっちゅう喧嘩してて、ついに離婚しちゃったんだよね。私が中二の時」


「そうなんだ……」


「でね、なんか全部嫌になっちゃって、高校入ってから独り暮らしを始めたんだ。プロデューサーが色々世話してくれたよ。だから、アイドルをやめるなら、今のマンションを出て行かなきゃならないかな。稼げなくなるだろうしね」


「……両親か」


「おにいのご両親は……?」


「……不幸があってね」


「そっか、ごめん」


「いいんだ。僕はもう振り返らない」


「……強いんだね」


 僕たちがそんな会話を交わしてる頃、アイドルの炎上という事態に収拾をつけるため奔走する男がいた。その名は四十万シジマ大吾ダイゴ夢咲ユメサキ美楽ミラクのプロデューサーである。


「……ったくどこに行ったんだあいつは……くそっ」


 彼は毒づきながらも打開策を探っていた。彼こそが夢咲ユメサキ美楽ミラクを「ハイタッチガール」のヒロインにねじ込んだ張本人である。彼は「ハイタッチガール」の製作委員会の中でも、特に高額を出資した人物であった。彼の視線の先にはスマートフォンを通して、SNSを炎上させているネットユーザーが映っていた。


「こいつらを黙らせる方法は……」


 そうして彼が打って出たのは、SNSの夢咲ユメサキ美楽ミラク公式アカウントによる声明を出すことであった。


夢咲ユメサキ美楽ミラクのプロデューサーです。美楽ミラクは今、責任を感じて深く反省をしており、皆さまに顔向けできないと申しております。このことについて、我々スタッフは、皆さまにご迷惑をお掛けしたことを謝罪させて頂きます」


 お決まりの文句である。スキャンダルが起こるとそれまでの経緯で何があろうが、まずはご迷惑をお掛けしたことを謝罪するものなのである。そして、四十万シジマは更に投稿を続ける。


「しかし、私もプロデューサーとは言え人間です。皆様の反応に心を痛めているということもお伝えいたします。なぜ、監督やスタッフ、そしてキャストの美楽ミラクが頑張っているのに、皆さまはそんな冷たい言葉を投げかけるのか、理解に苦しみます」


 それは、謝罪とは名ばかりの、顧客への苦言であった。


美楽ミラクの演技がどうであろうと、彼女の努力には価値がある。それなのに美楽ミラクは責められて、悲しい思いをしています。あなたがたに美楽ミラクを傷付ける権利があるのでしょうか? 美楽ミラクを叩いてる皆さんは、美楽ミラクより上手な演技ができるのでしょうか?」


 アイドルの公式アカウントとは思えないその発言に、SNSのユーザーたちはざわめき立つ。"的外れな謝罪"、それがその投稿を見た人間の素直な感想であった。そして、珠彩シュイロもその投稿と反応を目の当たりにしていた。


「まずいわね……」


 珠彩シュイロは映画「ハイタッチガール」の総合プロデューサー、鈴野氏に電話をかける。


「もしもし、私は天海アマミ財閥の月詠ツクヨミ珠彩シュイロですが、鈴野プロデューサーでしょうか?」


「はい、鈴野です。いかがなさいましたか?」


「プロデューサーに折り入ってお願いがあるのですが……夢咲ユメサキ美楽ミラクさんの事務所の方、プロデューサーと面会できませんでしょうか?」


「掛け合ってみます」


 そうして電話を切りしばし待つ。焦りを感じ部屋をうろうろする珠彩シュイロのスマートフォンに、待ちわびていた着信が入る。


「どうやら夢咲ユメサキさんのプロデューサーは表に出ない主義のようで、面会は断られました」


「そこをなんとか、お願いします」


「と、言われましても……」


 悩む珠彩シュイロ。彼女も夢咲ユメサキのスキャンダルによる炎上を食い止めるために手を尽くそうとしていた。そして、彼女は一番使いたくなかった手段に出る。


「……天海アマミ財閥は夢咲ユメサキさんの事務所の5倍の額を投資しています」


 珠彩シュイロはそれだけを冷徹に言い放った。


「う……わかりました」


 電話を切って茶色のレディスーツに着替え、家を出る珠彩シュイロ。彼女は夢咲ユメサキ美楽ミラクのプロデューサーが居るというホテルへと急ぐ。


「失礼します。天海アマミ財閥の者です」


 30分後、ホテルに到着し、プロデューサーの部屋へと訪問する珠彩シュイロ。その時目の間に現れたのは――


月詠ツクヨミ……珠彩シュイロ……お嬢様」


「し……四十万シジマさん……!」


 ――予想外の人物との再会に目を丸くする四十万シジマプロデューサーと珠彩シュイロであった。


「あなたが……夢咲ユメサキさんのプロデューサー……?」


 その人物は四十万シジマ大吾ダイゴ珠彩シュイロの母が蒸発したのと時を同じくして行方をくらませた、ムーンライトカンパニーの元社員であった。


「そ、そうです……」


「あなた……なぜ突然会社を辞めて……」


「それは……」


 珠彩シュイロの言葉と刺さるような視線に狼狽えることしかできない四十万シジマプロデューサー。珠彩シュイロは彼に自分の母のことについて問い詰めようと迫る。


「は……」


 しかし、出かかった言葉を飲み込み、彼女はかぶりを振る。


「……いえ、今はそんなことより、あなたが油を注いだ炎上を食い止める方が先よ……いいですね?」


「は……はい、しかし、どうすれば……」


「会見を開きましょう。今すぐに。あなたは私の筋書き通りに喋れば……」


 珠彩シュイロはそこまで口にしたところで言葉を止める。その時彼女の脳裏に浮かんでいたのは、父と妹の顔であった。


「私が表に顔を出すということですか? ……それだけは」


 四十万シジマプロデューサーは懇願するような視線を珠彩シュイロに向ける。


「……くっ、わかったわ……私が出る。それでいい?」


「はい……」


「じゃあ、会見の手配をお願いするわ……」


 記者会見はそのホテルのロビーで行われることになった。珠彩シュイロは襟を正し、数十社のカメラの前に姿を現す。


「皆さま、私は『ハイタッチガール』の製作委員会に参加している、天海アマミ財閥の月詠ツクヨミ珠彩シュイロです。この度は夢咲ユメサキ美楽ミラクの件についてご報告申し上げます」


 深々と頭を下げる珠彩シュイロ。幾度もその身を照らすカメラのフラッシュの中で、彼女は頭を上げる。


「この度の騒動、これらは全て、我々製作委員会に責任があります」


「……月詠ツクヨミさん、それはどういうことでしょうか?」


 記者のひとりの言葉に、その目を見つめてはっきりと答える珠彩シュイロ


「はい、夢咲ユメサキさんを主役に抜擢したのは、我々、製作委員会です。彼女なら主役のイメージにぴったりだろう、そう考えてのことですが、PVや予告編では見て下さる方々の期待に応えられる演技ができていなかった。これは、私たちが彼女に十分な稽古の機会を与えられなかったからです。それが、収録に臨んだ彼女の心をも傷つけることになった。彼女は自分の演技に納得しているわけではありません。私たちが夢咲ユメサキさんを追い詰めてしまった。そのことと、視聴者の皆様の期待に応えられなかったことを、謝罪いたします」


 珠彩シュイロは再びカメラの前で深く頭を下げる。そして、記者のひとりが、肝心な質問を投げかける。


月詠ツクヨミさん、夢咲ユメサキさんの演技の件はわかりました。ですが、男性とマンションに消えて行ったのは、どういった理由があるのでしょう」


 記者の表情は、ただ単に質問をしている時のものではなかった。その裏側に、スキャンダルを煽ろうとする下心が覗き見える。そんな彼に対し、珠彩シュイロは真摯な態度で応じる。


「そちらにつきましては、あの男性は天海アマミ菜音ナオトと言いまして、我々製作委員会のメンバーであります。彼は、夢咲ユメサキさんに演技指導を頼まれてあのマンションに同行した。それが真相です」


「やはり男性が……その、失礼ですが、女性アイドルの部屋に男性が踏み込んだとなれば、ファンの方々が黙ってはいないと思いますが」


「はい……ただの男性であればそうですが、あの男性は、実は……ネットアイドル、伝説の男の娘メイド、サイネなのです!」


「あの、先日ネットを賑わしたサイネちゃんですか?」


「そうです。サイネの正体は彼。彼はその演技力を買われ、夢咲ユメサキさんに教えを乞われたのです」


「しかし……女装していても男性……やはり疑惑は晴れていないのではないでしょうか?」


「そちらは心配に及びません……なぜならば、サイネの心は女性そのものであり、男性が好きだからなのです! 彼は夢咲ユメサキさんの部屋に、女性の友人として出入りしたのです!!」


「で、では、サイネさんは、その……性同一障害の男性であったと……!」


「そう考えて頂いて問題ありません! 彼は……いえ、彼女は男性の肉体を持っていることに悩んでいた。しかし、メイド服を着てネットアイドルに扮することにより、彼女本来のアイデンティティーを手に入れたのです!!」


 こうして話題は、夢咲ユメサキさんから、僕、もとい、ネットアイドルサイネの人物像に流れてゆく。記者からの質問に、あることないことを思い付きで答え続ける。すっかりサイネ一色に染まった会見場は、再び頭を下げた珠彩シュイロの言葉で締めくくられる。


夢咲ユメサキさんのファンの皆さま、そして、映画『ハイタッチガール』を楽しみにして下さっている皆さま、我々製作委員会は、皆様の期待に応えられるよう、これからも尽力して行く所存であります。もし、皆さまが満足できるものをお届けできないと判断した場合、ヒロインに代役を立てることも検討する所存ですが、我々としては、夢咲ユメサキさんの才能を引き出すために、最大限の努力を以って望んでまいります。本日はこの会見をご覧になってくださり、誠にありがとうございました!」


 こうしてネットアイドルサイネの、いや、僕の尊い犠牲を払って、夢咲ユメサキ美楽ミラクへの疑惑は晴れ、映画への出演に対する批判は鳴りを潜めることになった。

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