第36話 出資
「
僕は、才能に悩む燈彩ちゃんに、制作の行き詰ったスタジオで絵を描いて勉強することを薦める。
「えっ……」
「……猫の手も借りたいなんて書いてあるけど……実際、中学生がアニメスタジオに入るのなんて無理なんじゃない?」
「ムーンライトカンパニーがこのスタジオに出資するっていうのはどうかな?」
「……まさか、それでこのスタジオのマネーフローを改善して、その見返りに
「そうだ」
「待ってよ。ひとりの中学生のためにそんな大金動かせると思うの? 億単位のお金が必要なんじゃないの? 大体、私にそんな巨額の出資をする権限なんて……」
「このスタジオにとっては悪い話じゃないと思うんだ……それに、僕からも出資する」
そう、親から受け継いだ巨額の資金を投資する、これが僕にできる精一杯のこと。それでひとりの少女が前に進むきっかけを作れるのならば、願っても無いことだ。
「兄貴、本気なの?」
「本気さ。まあ、出資させてくれって言ってもダメかもしれないけどね」
「お兄ちゃん……」
「ダメだったらその時にまた考えよう。とりあえず今は、できることをするんだ。
「兄貴、なんでそこまでするの?」
「えーっと、
「そう、わかったわ。ふふ、そうやって私たちに負い目を感じさせないように言ってくれてるのね。ありがと。でも、出資してる資金は兄貴の方が多いんだから、ムーランとカンパニー名義では出資できないわ」
「そうか……まあ、それでもいいよ。じゃあ、僕が交渉する」
「お兄ちゃんっ! ありがとうございます!」
「ちょっと待って、兄貴、あんた自分が満足に交渉できると思ってるの? どうするのか言ってみなさいよ」
「う……わ、わからない……でも、調べれば」
「ふふふ、そういうことは私に任せておけばいいのよ。ちゃーんと
「……それもそうか、じゃあ頼んだよ。ははは……」
監督の力になりたいのも、
「早速、総合プロデューサーの鈴野氏にメールを送ってみたわ。一応、ムーンライトカンパニーの関係者だって、そのことも加味してね。だから、どこの馬の骨ともわからないわけではないでしょう……」
「多すぎるって言われたわ……」
数日後、僕の部屋にやってきた
「見返りは何を要求するのかって聴かれてるわ。妹を動画に参加させてくださいなんて書いてもいいのかしら……もっと商品化の権利とか、そういうのを要求した方が怪しまれないかもね」
「
「とは言っても、何か裏があるんじゃないかって疑われてるのかもしれないのよ。投資を断られては元も子もないわ……そうだ、兄貴からもなんか要求を出しなさいよ」
「と、言われてもなあ……」
その時、僕はその映画のスタッフ、キャストのリストを何気なく眺めていた。ヒロインの声優は伏せられていたが、その下の小さな名前に僕は目を止める。
「
恐らく端役であろう、そのキャストには、確かに
「……って、何してんのよ兄貴……って、役者のプロフィール?
プロフィールの写真に映っていたのは、装いこそ落ち着いていたものの、確かに見覚えがある顔だった。その輝く金髪と夏の空のように輝く碧眼は、まさしく彼女、
「
僕は彼女と最後に顔を合わせた時のことを思い出していた。
「……へ……変態っっ!!」
僕の頭の中ではその言葉がとめどなくリフレインする。
「兄貴……どうしたの? そんな青ざめた顔して」
「いや……えっと、アフレコに立ち会うことってできるのかな?」
僕の要求はただひとつ、彼女に謝罪する機会を得ることであった。しかし、表向きは――
「そんなんでいいの? うーん、弱い気がするど、
――ただのミーハーな人になってしまった。
(まあ、それでもいいんだ。彼女が逃げてしまわないように、収録が終わる前に話しかけなくちゃ)
僕はその想いを胸に秘め、
「よし! これで決まったわね! 早速
こうして、
「うー、忙しいですけど、締め切りまでに仕上げなきゃいけないってのは私にとってはいいことかもしれません」
良かった。彼女が抱えていた問題も、この経験によって良い方向へ進んでいくことだろう。そして、制作はトントン拍子に進み、アフレコの時がやってくる。
「よろしくおねがいしまーす!」
元気な声を共に次々とスタジオ入りする声優たち。僕は調整室の片隅で椅子に腰かけながらその様子を見届けていた。
「よろしくおねがいします」
まるで漂白されたかのような白々しい声の主は、僕が知っている
「……あの」
「……えっ!」
彼女はこちらを見て一瞬目を見開いたかと思うと、頬を赤らめ、視線だけを逸らし言葉を続ける。
「お兄様……ですのね……何故こちらに?」
「実は、この映画に僕も出資してまして……今日はアフレコの見学に来たんです」
「そうなのですか……」
先程の挨拶に比べて飾り気を無くしたその声は、小声ながらも僕の脳に心地よい刺激を与える。
「うん、それで、この間のことなんですけど……」
「だ、大丈夫ですっ!」
少し俯き、目を固く閉じた彼女の声は、ざわめく控室の空気を一変させる。それに気付いた彼女は押し黙り、集めた視線が戻るのを見届けたあと、再び小さく口を開く。
「私、あの時は気が動転しちゃって……お兄様のことを嫌ったりなんかしてませんので……」
それ以上口にするのをやめた彼女は、少し寂しそうな笑顔を作ったあと僕のもとを離れ、それとなしに周りの会話に加わる。その時、少し遅れてスタジオ入りしてくる女性の声が響く。
「よろしくおねがいしまぁーす」
その声の主は――
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