第6章 TRANCE SISTER
第31話 由野悠季
「
僕の使用人、
「いつまでも寝ていると……キスしますよ?」
僕が狸寝入りをかましていると、彼女はこんな冗談を口走る。そうして僕は目を開けることを余儀なくされる。
「うわっ! 近っ!」
「……急に動かないでください。唇が触れたら使用人と主人の立場を超えてしまいます。そんなことがあってはなりません」
不用意に顔を動かすと唇が触れる距離まで接近している
「私の瞳の中に誰か見えるんですか?」
いけないいけない、ついつい見とれてしまう。
「いや、綺麗だなって……」
「バカなこと言ってないで、朝食にしますよ」
「……何これ?」
「見れば分かるでしょう。和牛ステーキです」
「朝から?」
「ええ、主にスタミナをつけてもらいたいという、メイドからの切なる願いなのです」
まただ。この人は何かといえば、常識を逸脱した行為に走る。
「いやー、食べられなくはないけど、ちょっとそれはおかしいでしょ。牛にしてみたら朝食に出されるのは牛乳くらいだと高を括ってるのに、肉まで出された日には、ショックで温室効果ガスの溜息が増えて、地球温暖化が加速するよ?」
「はぁ、牛のゲップが温暖化をもたらすという話ですか。それって本当なんですかね?」
「知らないけど、朝から牛ステーキはないって話をしてるんだよ」
「さようですか。では次は何を出せばいいのやら……」
「普通の朝食にしてください……」
朝からこんな調子の疲れる会話を繰り広げる僕と
「あの、
「はい、なんでしょう?」
「ス、スカートの中……見えそうなんですけど」
「
「いや、違うよ」
屋敷に住んでいる時には、膝の下、ふくらはぎをも覆い隠していたスカートが、いつの間にかふとももを露にしている。それは、どこかのタイミングで履くスカートを換えた訳ではないようだ。気付かぬうちに徐々にスカートが短くなっていった。そう僕は感じていた。
「なんか段々スカートが短くなってる気がするんだけど……」
「……」
返事をしない。それどころか僕の言葉に耳を傾ける素振りすら見せない。そうやって彼女は主である僕に対する礼節をいとも容易く軽んじる。
「まあ、いいや……」
僕は
(『メイド』……っと。あー、最近何かって言うと、動画が検索上位に現れてくるよな)
そう、最近の検索エンジンは再生数の多い動画を検索結果の上の方に表示する。これでは使い物にならない、そう思いながらも僕はその動画のタイトルを目で追う。
(ワンルーム……メイドだと!? この世の中にそんなものが存在するのか?)
僕は我が目を疑った。
(そんなのおかしいではないか、メイドさんが雇えるほどの収入がありながらワンルームに住む、そんな物好きが居るだろうか? いや、これは言葉のレトリックか何か、あるいは企画でそうしているだけだろう)
僕はそんな風に自分をごまかしながら、興味本位でその動画を再生してしまう。すると、そこに現れたタイトルは――
「スカートを徐々に短くして行ったら、ご主人様はいつ気付くのでしょう? 『スカートアハ体験!』」
――そこに現れた水色の髪の女性を見て、僕は合点がいった。
「あの、
「なんでしょう?」
「もしかして、動画投稿とかしてる?」
「ええ、たしなむ程度には」
「そっか、チャンネル登録者って100万人くらいいる?」
「そうですね。いつの間にかそこまで伸びていました」
「じゃあ、
僕は部屋の天井の隅に備え付けられたカメラを見上げる。
「バレてしまってはしょうがないですね……」
窓拭きを終えた
「どうしてそんなことを?」
ソファーにかけたままそう口にする僕の前に正座する
「面白かったからです」
「何その黒幕みたいなセリフ、愉快犯ってこと?」
「ああ、いえ、
「……言いたいことはそれだけかな?」
「この様子もアップロードする予定です」
「……」
「……」
永遠とも思える沈黙、
「もしかして、怒ってらっしゃるのですか?」
首を傾げる彼女に、僕は呼吸を深く整えてから口を開く。
「……これが怒らずにいられるかーっっ!!」
「はあ、そうですか」
急に立ち上がった僕の口から放たれた叫びは、さいか荘を揺るがし、部屋の空気を一変――させた訳ではなかった。顔色一つ変えない
「どうして……どうして!」
「うーん、魔が差してしまったから? くらいでよろしいでしょうか?」
「いつから……こんなことをしてたの?」
僕は顔を下に向けたまま
「最初は
「そ、そうですか……わかったよ……多分、これは……僕が悪かったんだ」
「えっ……」
僕は顔を上げて
「僕が
「負担……ですか」
「そうだよ……僕は何もわかってなかったんだ。
「私が……
「僕には……
尻を床に付けて俯いた僕の前で、
「そうですか……私に……謝るんですね……」
「えっ……」
「くっくっくっ……
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