第23話 星宮澪織

 僕と悠季ユウキさんは、オカルトバスターを名乗る星宮ホシミヤ澪織ミオリさんに促されるまま、壁に描かれた無数の日向ヒナタ実羽ミハネを全て消し去った。その夜。


菜音ナオト様、本当にあれで良かったのでしょうかね?」


 悠季ユウキさんが綺麗になった壁を見回しながら口にした。


「うーん、よくわからないけど、スッキリしたのは確かだよ。もうちょっとここに住んで様子をみようじゃないか」


「そ、そうですね」


 悠季ユウキさんは少し微笑んでいた。お屋敷に住んでいたころと比べて、彼女はハッキリと感情を表に出すようになっていたのだ。そうして夜が更け、次の日が訪れる。


 ピンポーン


 朝、玄関のチャイムが鳴った。悠季ユウキさんは家事の手を一旦止めて、それを迎える。


「ほ、星宮ホシミヤ様……昨日は大変お世話になりました」


「おはようございます。今日は、菜音ナオトさんに御用がありまして……」


 星宮ホシミヤさんは悠季ユウキさん越しに僕を見つめる。その目は昨日垣間見せた真に迫るものではなく、明るい微笑みに満ちたものであった。


「えっと、僕はこれからWEB授業に出なければならなくて……」


「ああっ! そうですよね……すみません。出直してきます」


 その時の星宮ホシミヤさんは大層残念そうな表情をしていた。その下がった眉に、僕の心は揺れ動く。


「……ああっ、いえ、大丈夫ですよ! 一日くらい休んだって」


菜音ナオト様……」


 悠季ユウキさんは僕の顔にじっとりとした訝しみの視線を送る。


「いや、お世話になったんだからさ、お礼したいなーって思ってたんだ」


「……私からは何も言えません。主人である菜音ナオト様がそう仰るのでしたら、それを咎める権利は私にはありません。私は学校に行って来ますけどね」


 そう言ってプイっと横を向く悠季ユウキさん。そんな彼女を尻目に、僕は相変わらず修道服の星宮ホシミヤさんと出掛けることにする。どこへともなく歩いていると、星宮ホシミヤさんが口を開いた。


「突然のことで申し訳ありません」


「ああ、いえいえ、僕も気晴らしがしたかったところですから」


「それと、お礼だなんて、とんでもないことです。私が今日、菜音ナオトさんを訪ねたのには深いわけがありまして……」


「……なんですか?」


 星宮ホシミヤさんは少し俯くと、意を決したように再び口を開く。


「あの……私、私を……あなたの、菜音ナオトさんの妹にしてくれませんか?」


「えっ!?」


 僕の目を見る星宮ホシミヤさんの目は真剣そのものであった。しかし、星宮ホシミヤさんは僕の妹というより、姉のように見えるほど大人びている。


「どうなんですか? 妹、欲しいんでしょう?」


「そ、そんなことを言った覚えは……それに、星宮ホシミヤさんが僕の妹だなんて……」


「私、今年の12月24日で18になりますが、まだ17歳です。菜音ナオトさんより年下ですよね? だったらいいじゃないですか。妹にしてくださいっ!!」


 確かに、今年の4月に誕生日を迎えた僕は既に18歳、彼女の言う通り、僕がなるなら彼女の兄ということになる――いや、それはダメだ。


「いや、さっきから言ってますけど、僕は妹が欲しい訳じゃないので……」


「だって、ネットで噂になってる、この女……いえ、月詠ツクヨミさんが兄貴って言ってるのってあなたのことですよね? こんな女……いえ、月詠ツクヨミさんなんかじゃなくて、私が妹になりますよ! ねえ、お兄様!!」


「そ、そう言われても」


 すると、彼女はその手で僕の手をガッシリと掴む。そして――


 ガシャリ


 ――気付けば僕の手首には手錠がはめられていた。もう片方の輪は既に星宮ホシミヤさんの手首を一周している。


「ふふふ……逃がしませんよ……お兄様……!」


 愛おしそうに自分の手首の手錠を撫でながら、星宮ホシミヤさんは笑みを浮かべる。


「えええぇ……」


 突然の出来事に驚きを隠せない僕の手を引き、彼女はズンズンと歩いて行く。僕が連行されたその先は――


「とりあえず、ここでゆっくりお茶でもしながら話し合いましょう」


 ――駅前の喫茶店だった。星宮ホシミヤさんは、僕と星宮ホシミヤさんを繋ぐ手錠に動揺を隠しきれないウェイトレスさんに注文を済ませ、注文の品がやってくるのを待たずに話を始める。


「お兄様、あなたが私のお兄様にならなければならない理由を説明しなければなりませんね」


「……そんなの求めてないけど」


「まあまあ、そう言わずに……」


 その時、星宮ホシミヤさんが注文した2人分のコーヒーとケーキが運ばれてくる。ウェイトレスさんは僕たちの手錠に完全に無視を決め込み、そつなく仕事をこなして去って行く。


「ごゆっくりどうぞ」


 星宮ホシミヤさんはウェイトレスさんの後ろ姿を目で追い、他の客の注文を取り始めた頃に再び口を開く。


「……それでですね、理由なんですけど、あなたが私のお兄様になるべき理由、それはあなたに神様がついているからなのですよ!」


「神様……ですか」


「はい、神様です。私はその神様をずっと探していました」


 まずい、星宮ホシミヤさんが何を言っているのか全然理解できない。そんな想いが表情に出てしまっていたのだろう。


「……信じていないんですね」


「きゅ、急にそんなこと言われても……そういえば、その修道服といい、何かの宗教に入信してるんでしたっけ? それと関係があるんですか? 星明りの導きがなんとかって……」


 その言葉を聞いて一瞬黙り込む星宮ホシミヤさん。そして態度を一変、落ち着き払った様子で彼女は続ける。


「……そうですね。ちゃんと最初から説明しておかなければなりませんね。私はステラソルナという宗教団体に所属しています。物心ついた頃には既にそうなっていました」


「親が信者だったとか?」


「いえ、違います。私に両親は居ません……私の親は私をステラソルナの教会の前に捨てて行ったのでしょう。私はいわゆる孤児なのです」


「そうなんですか……」


 思いがけない彼女の告白に、それしか返すことができない僕。


「恐らく私はこの国の者ですらないと思われます……しかし、私を拾った神父は、私に澪織ミオリという名前を付けました」


「じゃあ、星宮ホシミヤという苗字はもしかして、この街の……?」


「そうです。この街、星ノ宮から付けられています。そもそも、星ノ宮という地名自体が、ステラソルナ由来のものなのです。海外から伝来したステラソルナは、まずはこの地に拠点を築きました。だから星ノ宮……そして今も、この土地はステラソルナの活動の拠点のひとつとなっています。私はその教会で育ったのです。ここからすぐ近くなんですよ」


「じゃあ、ずっとひとりだったんですね」


「……そうとも言えます」


「だから、僕の妹になりたいということなのですか?」


「いえ、そうでは……ちょっと待ってください」


 その時、星宮ホシミヤさんはスマートフォンを取り出して、何かを確認していた。その白魚のような指が素早く動き、数秒後、一呼吸置くと――


「……すみません、ちょっと用事が」


「ああ、そうですか。では……」


 僕にとってそれは逃げ出すための恰好のチャンスであった。


「一緒に来てください」


 僕は手錠で繋がれた自分の手を見つめながらため息を漏らす。


「……はい」


 星宮ホシミヤさんは先程言っていた教会に行くかと思いきや、細い路地を通って民家の門を叩く。


「こんにちは、オカルトバスターです」

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