第22話 オカルトバスター

「……オカルト……バスター?」


 僕が自分の心と、この部屋にかかっているであろう呪いと決別するために検索した結果には、ネット上で活躍しているという、オカルトバスターを名乗る星宮ホシミヤ澪織ミオリという人物が現れた。彼女はSNSで怪奇現象や、霊的な情報を募り、実際に自分の足で現場に赴いて、それを解決するという活動をしているとのことであった。僕は彼女へのコンタクトを試み、この「さいか荘」の状況を依頼受付フォームに入力した。すると、ほどなくして、あっさりと返事が返ってくる。


「わかりました。そちらのご都合のよろしい日にお伺いします。一応断っておきますが、お金を頂くと言うことは一切ございませんのでご安心くださいませ」


 プロフィール写真には、紺色のオーソドックスな修道服を着た、金髪碧眼の少女が微笑んでいた。よく読んでみると、オカルトバスターは通称で、星宮ホシミヤ澪織ミオリさんはある宗教組織に所属する、れっきとしたシスターであることが読み取れる。次の日、早速彼女が僕の住むアパートに現れるのであった。


「こんにちは、私はオカルトバスターの星宮ホシミヤ澪織ミオリです。あなたがご依頼をくださった天海アマミ菜音ナオト様ですか?」


 アパートの玄関口で丁寧に挨拶をする星宮ホシミヤ澪織ミオリさん。彼女の目には僕の後ろに広がるおびただしい数の実羽ミハネが映っているはずであったが、その態度は落ち着き払っており、実に品行方正なものであった。そして、全身を包む修道服は、コスプレ衣装などとは違う品位が感じ取れる。しかし、その下に隠されながらも主張することをやめない豊満でメリハリの効いた肉体が、僕の目を、煩悩を刺激していた。


「はい。実は、この部屋の壁なのですが……」


「ほう、これは……大したものですね。上がってもよろしいですか?」


「はい、どうぞ、ご覧ください」


 興味深そうな顔で辺りを見回しながら玄関の敷居を跨ぐ星宮ホシミヤ澪織ミオリさん。彼女は僕より少し背が低いくらいで、清楚な雰囲気をこれでもかと漂わせている。僕はそんな彼女の少し引け目を感じてしまう。悠季ユウキさんはそんな僕たちの様子を部屋の隅から伺っていた。奇しくも同じ部屋にメイド服の少女と、修道服の少女が同時に存在するという、不思議な空間に僕は立っていた。


「なるほど……これをあなたたちが」


「はい……」


 控えめに答える悠季ユウキさん。しかし、星宮ホシミヤさんは壁の絵に興味津々で目をらんらんと輝かせている。


 パシャッ!


 そして、どこから取り出したのか、スマートフォンで部屋の様子を撮影し始めたのであった。


「ちょっと……何をしてるんですか?」


「ふふふ、こんな珍しい物、写真に収めておかないと損じゃないですか。あははっ」


 屈託の無い笑顔を浮かべながら、更に部屋を撮影する星宮ホシミヤさんは、それこそ何かに取り憑かれているかのようだった。彼女はひとしきり部屋を撮影すると、一息ついて僕たちに目を向ける。


「それで、あなたたちはこれを無意識のうちに描いていたということなのですね?」


「はい……未だに自分でも信じられませんが……」


「はい、私も信じられませんが、証拠が残っておりますので」


 悠季ユウキさんも僕に同調する。そんな僕たちに星宮ホシミヤさんは微笑みながら続ける。


「ふむ……人間の心と言うのは自分でも制御することができないもの……それが何を引き起こしたとしても、何の不思議もありません」


「と、言いますと……?」


「大事なのは、自分の心にどうやって折り合いをつけるか、そのことだけです」


「ちょっと待ってください、このアパートには、何か不思議な力が働いているのでは?」


 悠季ユウキさんが僕も思っていたことを口に出してくれる。


「全ては人の心が見せる幻ですよ……」


「へ……?」


「……いえ、なんでもありません。私の肩書を見なかったんですか?」


「オカルトバスター?」


「そう、建物が力を発揮して人を狂わせる……そんなオカルトあり得ません」


「そ、そうなんですか?」


「ええ、ですから、問題はあなたたちの中に存在します。何があったのか、お聞かせ願えますか?」


「えっと、僕の創作ノートが……」


「それはご依頼を受ける時に聴きました。最近、あなたたちの周りで起こった変化をお聞きしているのです」


「はい、わかりました。お話しいたします」


 僕と悠季ユウキさんは、家族と親戚縁者が僕と妹を残してこの世を去り、妹は独りで出ていったことを打ち明けた。


「そうですか。それなら簡単なことですよ。このキャラクターは恐らく、天海アマミさん、あなたが抱く妹への想いが結晶化したものです。心当たりはありませんか?」


「このキャラクターを描いていた、僕が中学2年生の頃は、妹は僕に対して冷たい態度を取っていると感じていました」


「ふふ、やっぱり、その想いがこの現象を引き起こした。それだけのことのようですね」


「では、どうすれば……?」


天海アマミさん、それは簡単なことです。あなたのその手で、この壁や天井に描かれた実羽ミハネさんを綺麗に消してしまえばいいのです」


「そ、それだけのことですか? 業者さんに頼んで壁を修繕すればよろしいのですか?」


「いえ、違います。文字通り、あなたのその手でこの壁の絵を消し、傷を修繕するのです」


「そ、そんなことで?」


「ええ。そちらの……由野ヨシノさんでしたか。あなたも勿論、できますよね?」


「は、はい……でも、それだけで解決するのでしょうか?」


「はい、私も協力致しますから、早速作業に取り掛かりましょう」


 そうして僕と星宮ホシミヤさんは、ホームセンターに赴き、壁を洗浄するための道具や洗剤、修繕するためのパテや工具を買い揃える。


菜音ナオト様、星宮ホシミヤ様、おかえりなさいませ」


「ただいま」


「では、皆さん準備はよろしいですか?」


 僕と悠季ユウキさん、そして星宮ホシミヤさんは、壁から実羽ミハネを取り除く作業にかかる。洗剤でインクを洗い流し、傷付いてしまった壁も、掘った部分をパテで埋めて、傷跡が目立たないように壁と同じ色の絵の具を塗る。


「さて……こんなものでしょうか」


 2時間ほど経過して、作業は完了した。それは、よく見ると傷跡が気になるものの、元の土壁と遜色のない出来に仕上がっていた。


「これで……良かったのでしょうか?」


「はい、こうして自分の身体を使うことで心の汚れも洗い流せる。そう思いませんか?」


「そ、そうですかね……」


 僕は相変わらず笑顔の澪織ミオリさんに、額にかいた汗を拭いながら答える。


「はい、そうです。それでは最後に……」


「……?」


「太陽と月の狭間を征く者に、星明りの導きを……」


 深織さんは瞼を閉じ少し頭を下げ、両手を合わせて祈りを捧げているようだった。


「それは……どういった意味で」


「……ああ、これは、私が所属しているステラソルナに伝わるおまじないみたいなものです。人の心に夜が訪れても星の明かりが導いてくれると、そんなような意味です。あまりお気になさらずに」


「はい、ともかく……今日はありがとうございました」


「いえ、私のような者が少しでもあなたたちの力になれれば、それだけで光栄なことでございます。それでは私はこれで……」


 星宮ホシミヤさんは僕たちに別れを告げ、玄関に向かう。


「しかし、これで果音カノン様がお帰りになられれば、それが一番なのですがね……」


 星宮ホシミヤさんを見送りながら、悠季ユウキさんがそう漏らす。その時、靴を履く星宮ホシミヤさんの身体が一瞬動きを止める。


「……妹さんのお名前……果音カノンさんと仰るのですか?」


 星宮ホシミヤさんはこちらに振り向いて尋ねる。その顔は今までの微笑んだ表情とは打って変わって、真に迫るものがあった。


「は、はい、そうですけど」


「そうですか……」


 星宮ホシミヤさんはそう残して僕たちが住むアパート「さいか荘」を後にした。

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