第20話 カメラは見た

捨てても捨てても戻ってくるノートに翻弄された僕と悠季ユウキさんは、珠彩シュイロにお願いして部屋に監視カメラを仕掛けてもらう。そして、悠季ユウキさんが問題のノートを僕にわからないように捨てに出かけた時、僕とふたりきりになった珠彩シュイロは、とある質問をぶつけてきたのであった。


「ねえ、さっき私を肩車した時、なんで震えてたの?」


「え!?」


 それには答えられない。あれが劣情に抵抗するための行為だったなんて、彼女には言えっこない。僕は気取られないようにと慎重に言葉を選んでいたが、珠彩シュイロはそんな僕のローディング中に言葉を重ねる。


「もう、何かあるならハッキリ言ってよ!」


「な、なんでもないよ」


「……そう、気を遣ってくれてるのね」


 珠彩シュイロはふと視線を落とし、それから上目遣いで不安気な表情を見せる。


「……?」


「とぼけないで! 私が重かったんでしょ? だから震えてたんでしょ!?」


「いや、ちが……」


「違わないでしょ!? うう……ついついストレスがたまると甘い物が欲しくなっちゃうのよね……だから、ダイエットしないとって思ってるんだけど……」


「そ、そうなんだ……」


 良かった、バレてなかった。と思うと共に、彼女を持ち上げることにさほど苦労を感じていなかった僕は、要らぬ誤解をさせてしまったと反省する次第なのであった。


珠彩シュイロは全然重くなんかなかったよ。ただ……あれは僕が悪かったんだ」


「悪かったって何がよ! そんなに気を遣わなくたっていいわよ!」


「うう、困ったなぁ……」


「もうっ、バカバカっ!」


 涙目で僕の胸を両手でポカポカ叩く珠彩シュイロは、本当に僕の妹であるかのようだった。その後、ひとしきり暴れて落ち着いた彼女は、部屋の隅で座り込む。そして――


「ただいま戻りました……ぷっ」


 悠季ユウキさんは帰宅するとともに、部屋の隅の珠彩シュイロに目をやったと思えば、小さく噴き出していた。


「お……おかえりなさい」


 冷や汗をかきながら悠季ユウキさんに声を掛ける僕と、すっと立ち上がる珠彩シュイロ


「ちゃんと捨ててきた?」


「ええ、しかし、毎度のことですが、不法投棄は気が引けますね」


「まあ、今回は事態が事態だから……目を瞑りましょうよ」


 そんなこんなで、僕は部屋に監視カメラを付けられたまま眠りに就き、次の日の朝を迎えた。


「やっぱり……戻ってきてる」


「ええ、戻ってきてますね」


 その見慣れた光景に、悠季ユウキさんも落ち着き払った態度で応じる。そして、珠彩シュイロもまた、当然のようにアパートにやってくるのであった。


「兄貴、大人しくしてた?」


「ええ、私が見てた限りでは」


「ってか、悠季ユウキがちゃんと見張ってればいいんじゃないの?」


「そうなんですが、いつの間にか眠ってしまっているのですよね……」


「僕も寝てるはずなんだけど……」


「ふふんっ、これからそれを証明してもらおうじゃない。さあ、監視カメラの映像を見るわよ」


 珠彩シュイロはタブレット端末に監視カメラを無線接続して録画を再生する。しかし、そこに映っていたのは――


「……え、これ……どういうことなの?」


 珠彩シュイロは目を丸くして画面を見つめた後、首を振り視線を向ける。その先は――


「ボクが……なんで……」


 そう、画面の中でパジャマ姿のままアパートを出て行ったのは、悠季ユウキさん、その人であったのだ。


悠季ユウキさん……これ、どうして?」


「ボクが聴きたいよ……なんでこんなことが」


「……う、しかし、考えてみれば当然のことよね。だって捨てた場所を知ってるのは悠季ユウキだったんだから」


 画面の中では、愛おしそうに僕の創作ノートを抱えてパジャマ姿のまま帰宅する悠季ユウキさんが映っていた。その一部始終を見届けた珠彩シュイロは、おもむろに立ち上がると創作ノートを掴み――


 ビリビリビリビリ……


 ――それを手で千切っていた。


「しゅ、珠彩シュイロちゃん……何を……」


「何をも何も、最初からあんたがこうしておけば良かったんでしょ?」


「そ、そうだけど……」


 その時の悠季ユウキさんの顔は、今まで見たことが無い狼狽えを見せていた。瞳と唇は震え、伸ばした手は虚空を掴む。


「全く、あんたら、ふたり揃ってどうかしてたのね……まあ、家族や主人を失ったんだから、当然のことではあるでしょうけど……ともかく、これは私が焼却処分するわ」


 珠彩シュイロは細かくなった僕の創作ノートの欠片を拾い集めて、袋に入れて持ち帰る。残された僕と悠季ユウキさんは、これまで自分の身に起こったことを顧みて、得も言われぬ恐怖に打ちひしがれていた。


「そうだったんだ……ボクもあのノートを千切ることはできなかった。それはきっと、あのノートに何か未練のようなものを感じていたからなんだ」


 悠季ユウキさんの口調は、いつの間にか昔のものに、いや、恐らく彼女が日常生活で使っているものに変化していた。


「ごめん……僕があんなものを書いたから……あれには何かわからない、呪いのようなものがかかってしまったのかもしれない」


「そんな……ボクは……いえ、私が自分でしてしまったことです。その責任を感じる必要はありません」


 その後、僕と悠季ユウキさんのふたりは、落胆したままその日を過ごし、疲れ果てて眠りに就く。そして、次の日。目を覚ました僕たちふたりの目の前に、信じられない光景が広がっていた。


悠季ユウキさん……これ……」


「え、ええ……これは……」


「「日向ヒナタ……実羽ミハネ……!」」


 ふたりで声を揃えて呼んだその名前の少女は、アパートの部屋の内側、壁や天井の至る所に描かれていた。それは、ペンや絵の具はおろか、刃物で深く掘り込まれたものまで、さまざまな手法で刻みつけられていた。その全ての顔は、僕たちに視線を向け、満面の笑顔を作っている。大小さまざまでおびただしい数の"彼女"たちは、色とりどりの線で描かれていたが、瞳だけは全て真っ赤に染められているのであった。


「こ、こんなことって……まさか、僕たちが?」


「ええ、でもそうとしか考えられません。どうしてこんなことに……」


「と、とにかく、これを描いたのが僕たちだって、確かめようよ……誰かのいたずらなら、それで安心できるんだしさ」


 僕の藁にもすがる様な提案に、悠季ユウキさんも同意の頷きを見せる。そうして僕は珠彩シュイロを呼びつけて、監視カメラの映像を見せてもらうことにした。僕と悠季ユウキさんはふたりで身を寄せて動けないまま珠彩シュイロの到着を待つ。そして、アパートのドアが開いた。


「……ひっっ!」


 玄関から現れた珠彩シュイロは小さく叫ぶと、その場に崩れるようにへたり込んでしまう。その目はぐるぐると辺りを見回し、全身が震えているのが遠くからでも見て取れた。


「あ、あんたたちがこれをやったの……?」


 震えた声でそう問いかける珠彩シュイロに、僕は視線を合わせる。


「それを確かめたいんだ。監視カメラの映像を見せてよ」


「わ、わかったわ……」


 悠季ユウキさんが珠彩シュイロに肩を貸す。珠彩シュイロは昨日から起動したままになっている監視カメラの映像を確認すると――

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