第17話 花火

戦後初めて開催されたお祭り。その活気を堪能した僕と実羽ミハネは、草原に腰を下ろし、花火が上がるのを今か今かと待ちわびていた。


「ねえ、菜音ナオトくん」


 実羽ミハネは唐突に僕に問いかける。


「どうしたの?」


「これさ……メガネっ子のフィギュアだよね」


 その手には袋から取り出した、射的の景品のフィギュアを持っていた。


「これも、これも……」


 3つのフィギュアの箱を交互に見つめる実羽ミハネ、そしてその視線は僕の目を捉える。


「あなたの妹もさ、メガネかけてたよね……やっぱり、家族が、妹が恋しいの?」


「……わからない、その妹を失ったって言う実感が、僕にはないんだ」


 その時、実羽ミハネは半ばフィギュアを放り出し、縋りつくように僕の肩を掴み、胸に顔をうずめる。


「……ごめん」


「何で謝るの?」


「だって……私が菜音ナオトくんを独りにしちゃったんだもん……」


 顔を上げた彼女の瞳は潤んでいた。


「どういうこと……?」


 実羽ミハネは僕の問いに少し間を置いて答える。


「あの日、私があなたを誘ったから……だから、あなたはあの爆撃から助かることになったけど、妹さんとは離れ離れに……そして、妹さんはまた別の場所で……」


「……そう」


 僕は事も無げにそう返す。そして、草の上に転がったフィギュアの箱を手に取り、そのキャラクターのメガネの奥の瞳を見つめていた。


「私が……私が妹になってあげるから……本当に……ごめん」


 謝罪を繰り返す実羽ミハネに対して、僕は返答する。


「わからないけど……実羽ミハネが言う通りだとしたら、僕は実羽ミハネに助けられたんだろ? それならそれでいいことじゃないか」


「でも、もうあなたの本当の妹は帰ってこないんだよ?」


「そっか……でもさ、それなんだけど」


「えっ?」


「僕は果音カノンが死んだなんて認めてないよ。だってさ……これって、仮想空間だろ?」


 その時、花火が上がる。無言の僕と、その僕を丸い瞳で見つめる実羽ミハネ。その瞳に反射する花火の光がくっきりと見える。


「現実の世界はこんなに鮮明に光を反射しないよ。それに、今まで見てきたこの世界は、破壊されているのに美しすぎるんだ……まるで、誰かが作った芸術品のように……」


 僕から目線を外し、前に向き直って花火を眺めながら、実羽ミハネは口を開く。


「……いつから気付いてたの?」


「気付いたも何も、僕の妹が僕を残して死ぬことなんてない。僕はそう信じてるからね」


「なにそれ……そんなことで?」


「……笑うがいいさ。それで、これはさっきの映画の続きだよね? 考えて見れば射的が見事に命中するのだって、演出のひとつだったんだ」


「そう……これは……現実じゃない……虚構だよ」


 僕たちふたりの会話は、花火が次々と打ち上がっているのに鮮明に耳に届く。


「でもさ、感動したよ。こんな美しくも儚い世界をリアルに体験できるなんて、見事なものだね。僕が知らない間に、VR技術はここまで進化していたんだ……でも、なんで実羽ミハネは僕をこの映画に誘ったの?」


「それは……私が、菜音ナオトくんの妹になるためだよ。だから、この映画の設定を利用して、私なりに計画を組んで……そのまま私はあなたの妹として生きて行きたかった。でも、あなたの心の中に居るのはやっぱり……果音カノンだったんだね」


「……そっか……僕の財産のために?」


「違うよ……私が菜音ナオトくんの妹になるのに相応しい人間だからだよ。あなたの妹、果音カノンよりね」


「……果音カノンより?」


果音カノンは兄であるあなたをないがしろにしていた。でも、私が菜音ナオトくんを遊びに連れて行っても、菜音ナオトくんは私を見てくれなかった。菜音ナオトくんは私に果音カノンをダブらせてたんだ。それに私は気付いていた。だからさ、果音カノンが居なくなってくれて、私には好都合だと思ったんだよ」


「そっか……」


「私は菜音ナオトくんを裏切らない。どこかへ行ったりもしない……だから、ずっと一緒に居ようよ…………ねえ、兄さん」


 "兄さん"、その言葉が僕の本能を突き動かすように響き渡る。しかし僕はそれをかき消さんばかりに声を上げた。


「ダメだ……」


「……やっぱり、この世界と同じように、偽物だから? この世界で味わった感動も偽物だって、そう思うのも無理はないよね……」


「……違う。偽物の世界でも、そこで得た感動自体は本物だと、僕はそう思うよ」


「それなら、偽物の妹でもいいじゃない。私を妹にしてくれてもいいじゃない!」


「でも、それでもダメなんだよ、僕のことを想ってくれるのは嬉しいけど……でもごめん、僕の妹は果音カノンただひとりなんだ。それ以外の理由なんてない」


「そう……わかった」


 その時、実羽ミハネは一筋の涙を流していた。程なくして辺りが真っ暗になり、気が付くと僕は、その手で頭に被ったゴーグルを外していた。周りには席を立ち、退場して行く映画の観客たち。そして僕の隣の席には――


実羽ミハネ……?」


 ――誰も居なかった。実羽ミハネはいつの間にか先に帰っていたようだ。僕はまだ醒めない夢の中にいるような感覚で席を立ち、映画館を後にする。外に出ると、街が破壊されているなどと言うことは無く、平和な日常の風景がそこにあった。そこで、僕は何かに呼び止められる。

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