第12話 和解と宣戦布告
「……そうか、
「……正面切って言われると恥ずかしいけど、そうね。あの子、最初に話した時以来、ずっととぼけてるみたいになっちゃってね、本当のあの子がわからなくなってたのよ。その矢先に失踪……あの子のことが理解できないままなんて、私は嫌なの……だから……」
「僕に近付いた……でも、なぜ?」
「あんたに妹ができるってなったら
「そうではなかった」
「そうよ……だから、やっぱりあんたと契約して兄妹になって……」
「あの子をおびき出すの……よ」
すると
「えっと……
しかし返事はない。その時の彼女は子供のようなとても安らかな寝顔を見せていた。僕はそんな中――部屋をぐるぐると歩き回りながら必死にこらえていた。
(僕の部屋に……女子が寝ている……)
そう、18歳の僕にとってその寝顔はとても煽情的に映り、とても我慢できるような状況ではなかった。僕は一度家を出て近所を走り回り、へとへとになったあと、まだベッドに寝ている
「すーっ……すーっ……」
しかし、
カチャ……カチャ
僕はその音で目を覚ました。時計を見ると――午前4時。
「あら、起きたの? おはよう。私も今起きたところよ」
「な……何でこんなに早く起きてるの?」
「はあ? 早く寝たからに決まってるじゃない。睡眠って言うのは日々必ず処理しなければならない課題のようなものよ。そんなの最優先で片付けるのが効率的でしょ?」
僕は彼女が何を言っているのかわからない。いや、普段ならわかったのかも知れないが、その時の僕の疲れ果てた脳にはそれを理解することは不可能であった。
「で……何をしてるの?」
彼女はノートパソコンを開き、キーボードを叩いたりしていた。
「ん? 私が寝ている間にあんたがなんかしてないか、チェックしてるのよ。ほら、そこにカメラが仕掛けてあるでしょ?」
彼女の視線の先を見ると、天井に防犯カメラが設置されていた。
「あんたがバイトしてる間にセッティングしたのよ……あんた……」
「え……なんか映ってた?」
「なんで私に何もしてないのよ! そんなに私に魅力がないっていうのっ!?」
「……ああっ、いや、そんなんじゃなくて……」
「だったらなんなのよ……くそー、あんたが私に手を出したら、その責任を取らせて私の兄貴にしようと思ってたのに……当てが外れたわね」
「そんな姑息な真似を……」
「……ねえ、あんた本当に私の兄貴になる気はないの?」
「ないよ」
「じゃあ、私の兄貴になったら父の会社で働かせてあげると言ったら?」
「ノーだ」
「ふーん……一生遊んで暮らせるだけの財産を保証するのよ? 別に兄妹ったって、身柄を拘束されるわけじゃないんだから。私はあんたの戸籍をあんたが使い切れないほどのお金で買うってだけ。単純なことでしょ? さあ、これで交渉に応じる気になった? ……って何よその顔」
「……いや、契約で兄妹になれるのはひとりだけ。だから、
「あははははっ! なにそれ!」
「なんだよ……そんなに笑わなくても……」
「……ふふ……ふふふ……わかったわ。じゃあ、あんたの家に帰りましょ」
「え?」
「今、私が差し押さえていたものを全て返還したわ。これであんたは自由の身よ」
「そ、そっか……」
「でもね、兄貴……」
「まだそうやって呼ぶのか……」
「ふふ……私はあんたを兄貴にするためにいくらでも出すと言った。でも、交渉は決裂した。あんたの心は財産やお金なんかじゃ動かない……そういうことよね?」
「そうだ……そんなものじゃなくて、僕は本当の妹が……」
「……そう。ふふ、いいこと教えてあげる。お金っていうのは交渉コストを最小化するためのツールなのよ。そのツールを通した交渉を断ったということは、この先交渉に莫大なコストがかかるってこと。交渉コストが極大化すると、なんになるか知ってる?」
「……わからない」
「ふふ……戦争よ! これからあんたは、私を妹にする契約を交わすまで、私と戦争することになるの!」
「そんな……大袈裟な」
「私は諦めない! あんたを兄貴にするためならなんでもするわ! これはあんたに向けた宣戦布告よ!」
「……って
「……そ、そんなの私の勝手でしょ! あんたを兄貴にするって決めたの! 絶対に兄貴にするの! ……それから……」
「……?」
「私のことは……
その時の彼女の顔は耳まで真っ赤だった。その意味を考えあぐねながら、彼女と共に彼女の運転手の車に乗って、僕の家まで向かう。しかし、そこで見たのは――
「え、なにこれ……広い」
――超広大な更地であった。僕の家はすでに解体されて、そこには何一つ残っていなかったのだ。
「あはははは……あの建設業者ったら、評判通り仕事が早いんだから……」
「あっ、
そこに現れたのは朝一番に出勤してきた現場監督だった。
「あ、ありがとう……」
「と、いうことよ……いや、退路を断とうと思ってね、更地にしてって頼んじゃった……ほら、これで私の兄貴になりたくなったでしょ……ね?」
「……
僕はそう言いながら彼女に背を向けて足早に歩きだしていた。
「ああっ! ちょっとー! 待ちなさいよー!」
こうして、紆余曲折の末、財産を取り戻した僕は、平らになった自分の屋敷にさよならを告げ、先日借りたアパートへと帰宅するのであった。
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