第09話 勤労
それは、僕がバイトにやっと慣れてきた、ある日の昼下がり。
「いらっしゃいませー! って……」
作り笑顔を引きつらせる僕に、その人物は商品も持たずに一直線にレジに向かってくる。
「あんた! こんなところで働いてたの!? なにしてんのよ!!」
カウンターに手のひらをついて前のめりで僕を責める女性、それは
「
「だからっ! なんでその仕事をしてるのかって聞いてるの!」
「何でって言われても……お金を稼ぐため……?」
「なんで最後ちょっと疑問形なのよ! 私と兄妹になればお金なんて稼ぐ必要ないって言ったでしょ!? なんでそこまでするのよ!」
ものすごい剣幕で僕を問い詰める
「とにかく、ちょっと真剣に話したいから、この仕事が終わってからでいいから顔を貸しなさいよね」
僕はそれに返事もせず、苦笑いを浮かべ続ける。すると彼女はレジを離れ、店内を徘徊し始めた。僕はレジ業務を行っている間も、赤い髪が揺れるのをつい目で追ってしまう。そして彼女は数分後、カゴに商品を山盛りにしてレジの前に立つ。
「これお願い……」
「い、いらっしゃいませ」
僕はその山盛りの商品たちのバーコードをスキャンする。
「お客様、袋はご利用でしょうか?」
――僕がそれを口にすると、
「私が何か袋を持っているように見えるの? そんな大量の商品、袋なしで持って帰ることできないってわかるでしょ? そんなこと聴かないでよね」
僕が彼女に気圧されて動けないでいると、隣のレジを離れた先輩がせっせと袋に商品を詰め始めてくれた。僕も慌ててそれに続く。その時、
「はい、カードで」
カードだった。クレジットカード? いやデビットカードと呼ばれるもののようだ。僕はコンビニのレジでカードを使う人に初めて出会った。まごつく僕を見かねて、先輩が横についてカードでの決済を丁寧に説明してくれる。そんなこんなで
「ありがと」
そう言って去ってゆく
「おい、店員さん、会計してくれよ」
それは、スキンヘッドにヒゲを蓄えた強面の男性であった。彼は10数個の弁当が入ったカゴを、ドサッとレジカウンターに置く。
「袋はいらねえから。あと、暖めなくていいよ」
こうして先に言ってくれるお客様は正直ありがたい。顔は怖くてもいい人なんだな。僕はそんなことを考えながら弁当を次々とスキャンしてゆく。
「お会計は8,192円になります」
「これで」
彼はそう言うと1万円札を差し出す。僕はお釣りを手で数えるのが苦手だった。だが、後ろに並んでいるお客さんの表情を見ると、つい慌ててしまう。
「1,808円のお返しになります。お確かめください」
どうやら事なきを得たようだ。その後ろに並んでいたお客様たちは、皆エコバッグを所持しており、電子マネー決済をしてくれたお陰で滞りなく会計を済ませることができた。
そして、お客様の行列を捌ききった僕と先輩は、レジに立ちながらも一息ついていた。
「ふぅー、
「そうですかね。いつもありがとうございます」
「いやいや、新人教育も仕事だからね」
僕たちがそんな和やかな会話を交わしたあと、先輩は再び商品の補充に戻る、その刹那、自動ドアが開く。そして、そこに現れたのは先程弁当を大量に購入していった強面の男性だった。
「いらっしゃいませ」
僕が呑気に挨拶すると、その男性は先程弁当を大量に入れて行った袋をドサッとレジカウンターに置く。
「いらっしゃいませじゃねえよ! これどうなってんだよ!」
さっきまでとは明らかに違う横暴な態度に、僕は引きつった笑顔を浮かべながら対応する。
「どうなってると言われますと……」
「これだよこれ! この弁当! パッケージが2重になってて中身が少ねえじゃねえか!」
「……と、言われましても、内容量はそちらに書かれている通りで……」
「数字だけ見て想像つくと思うのかよ! 量が少ないなんて、開けてみるまでわからないようにしてるだろうがっ!」
確かに言われてみれば、外から見るとシールなどの下に隠れている部分があると見せかけて、中身は一回り小さくなっているという斬新なパッケージデザインだった。
「いえ……申し訳ありません。しかし、商品の不備というわけでは……」
先輩はこちらを伺っているが、僕がなんとかその場を持たせていることからか、動かずに見守っているだけだった。
「この弁当はこないだ買った時は同じ値段でもっと入ってたんだよ。だから言ってるんだ。最初からこのサイズなんだったら文句なんて言わねえよ! 同じ商品で同じ値段なのに、量だけ減ってるからおかしいって言ってるんだ」
「しかし、そう言われましても……」
そう言って口ごもる僕に、先輩が駆けつけて助け舟を出す。
「大変申し訳ありません。昨今の原材料費高騰により、お値段を上げずにご提供するには、どうしてもサイズを減らすしかなく……今後の参考として、お客様のご意見は上げさせていだだきます」
「……そうは言うけどよ、納得できないんだよな。だってよ、こっちのジュースはサイズはそのままで値段だけ上がってる。どっちかに統一するもんじゃねえの?」
男性は炭酸飲料にも関わらず、手に持ったペットボトルを上下に振って主張する。
「そう仰られますと……返す言葉もございません……もしご納得いただけないのでしたら、今回は返金させていただきますが……」
そう言いながらも消沈する先輩の表情を見た強面の男性は、一呼吸置いたあと、少し柔和な表情を浮かべて続ける。
「……いや、俺の方こそ怒鳴って悪かったな。腹が減ってて気が立ってたのかもな。仲間の分もあるからさ、そいつらにもなんか悪くてな……」
「ご理解のほど、感謝致します」
「すまねえな……でもさあ、この中の器だけが小さいってのは、本当に勘弁してほしいよ。まあ、そんなことに怒る俺もさ……なんというか……」
照れ臭そうに頭を掻く強面の男性。そして僕は、反射的にある言葉を思い付き、弾みでそれを口に出してしまう。
「器が小さかったですね」
とても気が利いた一言だった――逆方向に。
「……な、なんだと!!!」
そう叫んで激昂する強面の男性。僕は彼が言おうとしてるであろうことを先に口にしてしまった。先輩も僕を宇宙から来た謎の生物を見るかのような目つきで唖然として眺めている。
「……お客様、落ち着いて下さい! ほら、
「これが落ち着いていられるかよ! 店長呼んでくれよ!」
先輩は即座に店長に電話をする。すると、5分後には店長がやってきた。そして、強面の男性と話をした結果――
「お客様を挑発して怒らせるような人は雇えないから。君は今日で解雇するよ。ほら、これは今日までのお給料」
かくして僕は、給料袋を持たされて、店を追い出されたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます