第2章 MASTER SISTER

第05話 兄弟姉妹制度とおひとり様税

天海アマミ菜音ナオト! あんたは今日から私の兄貴になるのよ!」


 目の前に立つ、肩までかかった赤い髪の少女の栗色の瞳が鋭く光る。僕は妹と同じ制服を着た彼女に、恐る恐る問いかけるのであった。


「き、君は誰? 僕が君の兄貴って、どういうこと?」


「ふん、察しが悪いのね。ニュース見てないの? あんたは今独り者で、政府の格好の餌食になろうとしてるのよ? だから私が助けてやろうっていうのに」


 僕は目の前の少女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。


「なによそのキョトンとした顔は? 男ならさっさと返事しなさいよ。勿論、私の兄貴になるわよね」


「と、言われても……なんのことやらさっぱり」


「本当に知らないの? じゃあ、私が直々に教えてあげるわ。感謝なさい!」


 しかしその時、僕の視界の端にタブレット端末が顔を出す。


菜音ナオト様、こちらをご覧くださいませ」


「ん、あんた誰よ?」


悠季ユウキさん! 居たの?」


「はい、菜音ナオト様の食事や身の回りのお世話は、一体誰がしていると思ってたんですか?」


「って、あんた、悠季ユウキなの? 何その恰好! メイド服?」


「これはこれは珠彩シュイロ様、ようこそいらっしゃいました」


「え、ふたりは知り合いなの?」


「はい、こちらは私と同じクラスに通ってらっしゃる月詠ツクヨミ珠彩シュイロ様です」


悠季ユウキ……なのね……何よその気持ち悪い喋り方、学校ではそんな口調じゃないじゃない」


「私は菜音ナオト様と果音カノン様に仕えるメイドでございますので」


「え、でも、果音カノンの前でもそんな喋り方しないでしょ」


「学校ではそうですね。……さあ、菜音ナオト様、こちらのタブレットで動画を流しますので、どうぞご覧くださいませ」


「う、うん……でも、月詠ツクヨミさん……? 果音カノンのこと、知ってるんですか?」


「ああ、あの子は……」


「ささ、菜音ナオト様、こちらを」


 しつこく動画の視聴を勧めてくる悠季ユウキさんの勢いに飲まれる僕。その動画には紺色のスーツが良く似合う女性が映っていた。


「この度、政府はふたつの制度を施行することを決定いたしました。ひとつめはおひとり様税制度。こちらは、独り暮らしの裕福な方を対象に、税率を大幅に引き上げさせていただくものです。ふたつめは兄弟姉妹制度。こちらは、血縁上の兄弟姉妹でない方も、当人同士の了解があれば、1人まで兄弟姉妹の関係を結ぶことができるものです」


 それは時の総理大臣、御厨碧生による会見の動画であった。彼女は45歳の若さで総理大臣に就任した女性で、大学教授として人工知能の開発に携わった実績から、人間の行動パターンになぞらえた、大胆な政策を打ち出すことを公約としていた。彼女の会見は続く。


「このような制度を施行させていただく理由ですが、今、この国には1億数千万の国民が住んでいます。そして、これまでは個性を重んじる社会であったがために、それぞれが固有の財産を持つことが良しとされてきました。しかし、この国にはもう、ひとりが富を独占することを許せるほど、潤沢な資源、財源がありません。増えすぎてしまった人口を支えるだけの余裕がないのです。そこで、我々は一計を案じました。そして、財産を共有することを皆様に促すための制度を打ち出すこととしたのです。独りで裕福な生活をしている方には申し訳ないのですが、財産の大部分を国に納めて頂くことになります。というのも、情報社会の現代では、高級品と言えばブランド品くらいで、生活に必要なものに関してはそれほどコストがかからないという面があります。例えば皆さんがお持ちのスマートデバイス。こちらはどんなにお金を出しても、その性能や機能にほとんど差が付けられません。これは、情報社会の上ではモノの価値が限りなく原価に近付いて行くという法則に従っているからです。そのため、お金など独りでいくら持っていても、投資先も無く、あまり意味がないものになってしまいました。しかし、世の中にはお金に困って生活できない方もいらっしゃる、そんな方々を支えるために、政府で再配布するための財産を、おひとりで暮らしている裕福な方からいただくこととしました。勿論、生活に余裕がない方から徴収するようなことはございませんので、ご安心ください。そして、兄弟姉妹制度によって、財産を共有なさる意思をお持ちの方々には税制の上で優遇させていただくということもご認識のほどよろしくお願いします。兄弟姉妹制度は、結婚の条件を軽くしたものと考えて下さって結構です。ふたりの性別は問いません。年齢は12歳から契約可能となります。契約を解除したとしても、離婚のような重々しさはありません。ですが、婚姻制度自体は文化の一部、こちらを絶やしたり、形を変えてしまうことは、この国の文化を蔑ろにすることだと考え、兄弟姉妹制度という新しい制度を用意させていただきました。尚、ふたつの制度の正式な施行は来年の4月1日からですが、皆さまには事前によくお考えになっていただくために、こうして事前にご報告されていただきました。何卒、ご理解とご協力をお願いします」


 それは、ひとことで言ってしまえば、独身を許さない社会だった。悠季ユウキさんはタブレットの動画を止める。


「ということよ。菜音ナオト、あんたは今天涯孤独。この総理大臣が言った独りで富を独占している人間のひとりなの。だから、このままいけば来年にはあんたの財産はその大部分が政府に持っていかれる。そこでこの私が妹になってあげて、それを回避させようって話なのよ」


「そうなんですか……でも、僕は……」


「何? 不満なの? 断る理由なんてないじゃない。私の方のメリットを言わせてもらえば、あなたが独り占めしている財産を有効活用できるってことなのよ? 悪くない話でしょ?」


「僕には妹がいるから……果音カノン以外の妹を作るなんて考えられないよ」


「あら……ねえ悠季ユウキ、こいつに教えてないの?」


「いえ、珠彩シュイロ様、菜音ナオト様にはご説明差し上げたのですが、どうやら上の空だったようで……」


「その口調……慣れないわね。それなら私からも説明してあげるわ。私も悠季ユウキから教えてもらったんだけど、あんたの妹はもう、あんたの家系の戸籍から外れているのよ」


「えっ! なんでそんなことを!?」


「知らないわよ。悠季ユウキもなんでだかわからなかったみたい。あの子、何考えてるんだかわからないところがあるから……あんたは何か心当たりないの?」


「いや、確か『何も知らずに生きていくのをやめる』とか言って出て行ったんだけど……」


「何よそれ? どういう意味?」


「僕に訊かれても……」


「まあいいわ、菜音ナオト……いえ、兄貴、あんたに考える時間をあげるわ。まあどのみちあんたは私を妹にするしかない。そうでなければ、天涯孤独のあんたは国の養分に成り下がってしまう。そんなの嫌でしょ?」


「……いや、それは……」


「ふん、まあ、近いうちにまた来るわ。じゃあね」


珠彩シュイロ様、私がお見送りさせていただきます」


「だからその喋り方やめなさいって! あんた自分のこと『私』なんて言わないでしょ? いつも通り『ボク』って言いなさいよ」


「いえ、このお屋敷の中では私は私ですから」


 そんな会話を交わしながらふたりは屋敷を後にした。

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