第2章 MASTER SISTER
第05話 兄弟姉妹制度とおひとり様税
「
目の前に立つ、肩までかかった赤い髪の少女の栗色の瞳が鋭く光る。僕は妹と同じ制服を着た彼女に、恐る恐る問いかけるのであった。
「き、君は誰? 僕が君の兄貴って、どういうこと?」
「ふん、察しが悪いのね。ニュース見てないの? あんたは今独り者で、政府の格好の餌食になろうとしてるのよ? だから私が助けてやろうっていうのに」
僕は目の前の少女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「なによそのキョトンとした顔は? 男ならさっさと返事しなさいよ。勿論、私の兄貴になるわよね」
「と、言われても……なんのことやらさっぱり」
「本当に知らないの? じゃあ、私が直々に教えてあげるわ。感謝なさい!」
しかしその時、僕の視界の端にタブレット端末が顔を出す。
「
「ん、あんた誰よ?」
「
「はい、
「って、あんた、
「これはこれは
「え、ふたりは知り合いなの?」
「はい、こちらは私と同じクラスに通ってらっしゃる
「
「私は
「え、でも、
「学校ではそうですね。……さあ、
「う、うん……でも、
「ああ、あの子は……」
「ささ、
しつこく動画の視聴を勧めてくる
「この度、政府はふたつの制度を施行することを決定いたしました。ひとつめはおひとり様税制度。こちらは、独り暮らしの裕福な方を対象に、税率を大幅に引き上げさせていただくものです。ふたつめは兄弟姉妹制度。こちらは、血縁上の兄弟姉妹でない方も、当人同士の了解があれば、1人まで兄弟姉妹の関係を結ぶことができるものです」
それは時の総理大臣、御厨碧生による会見の動画であった。彼女は45歳の若さで総理大臣に就任した女性で、大学教授として人工知能の開発に携わった実績から、人間の行動パターンになぞらえた、大胆な政策を打ち出すことを公約としていた。彼女の会見は続く。
「このような制度を施行させていただく理由ですが、今、この国には1億数千万の国民が住んでいます。そして、これまでは個性を重んじる社会であったがために、それぞれが固有の財産を持つことが良しとされてきました。しかし、この国にはもう、ひとりが富を独占することを許せるほど、潤沢な資源、財源がありません。増えすぎてしまった人口を支えるだけの余裕がないのです。そこで、我々は一計を案じました。そして、財産を共有することを皆様に促すための制度を打ち出すこととしたのです。独りで裕福な生活をしている方には申し訳ないのですが、財産の大部分を国に納めて頂くことになります。というのも、情報社会の現代では、高級品と言えばブランド品くらいで、生活に必要なものに関してはそれほどコストがかからないという面があります。例えば皆さんがお持ちのスマートデバイス。こちらはどんなにお金を出しても、その性能や機能にほとんど差が付けられません。これは、情報社会の上ではモノの価値が限りなく原価に近付いて行くという法則に従っているからです。そのため、お金など独りでいくら持っていても、投資先も無く、あまり意味がないものになってしまいました。しかし、世の中にはお金に困って生活できない方もいらっしゃる、そんな方々を支えるために、政府で再配布するための財産を、おひとりで暮らしている裕福な方からいただくこととしました。勿論、生活に余裕がない方から徴収するようなことはございませんので、ご安心ください。そして、兄弟姉妹制度によって、財産を共有なさる意思をお持ちの方々には税制の上で優遇させていただくということもご認識のほどよろしくお願いします。兄弟姉妹制度は、結婚の条件を軽くしたものと考えて下さって結構です。ふたりの性別は問いません。年齢は12歳から契約可能となります。契約を解除したとしても、離婚のような重々しさはありません。ですが、婚姻制度自体は文化の一部、こちらを絶やしたり、形を変えてしまうことは、この国の文化を蔑ろにすることだと考え、兄弟姉妹制度という新しい制度を用意させていただきました。尚、ふたつの制度の正式な施行は来年の4月1日からですが、皆さまには事前によくお考えになっていただくために、こうして事前にご報告されていただきました。何卒、ご理解とご協力をお願いします」
それは、ひとことで言ってしまえば、独身を許さない社会だった。
「ということよ。
「そうなんですか……でも、僕は……」
「何? 不満なの? 断る理由なんてないじゃない。私の方のメリットを言わせてもらえば、あなたが独り占めしている財産を有効活用できるってことなのよ? 悪くない話でしょ?」
「僕には妹がいるから……
「あら……ねえ
「いえ、
「その口調……慣れないわね。それなら私からも説明してあげるわ。私も
「えっ! なんでそんなことを!?」
「知らないわよ。
「いや、確か『何も知らずに生きていくのをやめる』とか言って出て行ったんだけど……」
「何よそれ? どういう意味?」
「僕に訊かれても……」
「まあいいわ、
「……いや、それは……」
「ふん、まあ、近いうちにまた来るわ。じゃあね」
「
「だからその喋り方やめなさいって! あんた自分のこと『私』なんて言わないでしょ? いつも通り『ボク』って言いなさいよ」
「いえ、このお屋敷の中では私は私ですから」
そんな会話を交わしながらふたりは屋敷を後にした。
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