第04話 喪失
そうして僕は、勉強も申し訳程度にはこなすようになり、あれよあれよと高校3年の春を迎える。しかし問題は、僕がまだ進路を決めていなかったことにあった。高校時代を自室で漫然と過ごし、
「
いつになく狼狽えた表情の
「旦那様と奥様が乗っていた飛行機が……墜落したとのことです」
僕は慌ててテレビをつけ、ニュースを見る。すると、その事故が大々的に報道されていた。その飛行機には父と母の他に、親戚縁者が沢山乗り合わせていた。親戚一同で優雅にバカンスしてきたとのことであったが、引きこもりとなっていた僕と、たまたま友達と過ごすためにバカンスを拒否していた
「
同じテレビを見ながらいつの間にか涙を流していた
「
諸々の事後処理は
。すると、玄関には大きなリュックを脇に置き、制服姿で靴に足を通す
「
「……起きてたの?」
「まだ、学校は始まってないよ」
出かける支度をしながら
「私、この家を出て行くんだ」
「そ、そんな……ひとりになっちゃうよ」
「うん、解ってる。私はひとりでも大丈夫だから」
事も無げにそう告げる
「家の財産は……?」
「私はいらないよ。好きにすればいい」
「そんなこと言われたって……僕にはどうしていいか」
助けを求め、懇願するような僕の声に対し、妹は背中を向けたまま独白する。
「……私さ、今までとっても恵まれてたんだ。この世界には、今日一日を生きることで精一杯な人がたくさん居るんだよね。それなのに私ときたら、この無駄にやたら広い家で毎日何不自由なくのうのうと生きてきた。この世の中に溢れている不幸の一端も、その欠片も知らずに生きてきた。でも、本当にそれでいいのかな? だって、私は偶然この裕福な家に生まれただけだよ? そんなの不公平なんじゃないかな? ……だからね、私、もっと広い世界を見るんだ。何も知らずに生きていくのをやめるんだ」
それは、僕にとっても同じことだった。だが、無知蒙昧な僕は今までそんなことを考えたこともなかった。そして、僕にとって重要なのはそんなことより今目の前から立ち去ろうとしている妹を引き留めることだった。
「でも、だからって出て行かなくても……」
「じゃあね。さよなら、兄さん」
そして、僕はその後、妹が帰ってくるのではないかと期待して、毎日玄関の前に立ち続けた。それはまるで、主人を待つ犬のような有様だった。打ちひしがれた僕には、それしかすることができなかったのだ。
そうして一週間が過ぎ、その日もまた、妹が閉じたきり誰にも開かれていない扉を前にして悲しみに暮れる。それまで何不自由なく生活してきた僕にとって、何かを失うという出来事は耐え難い苦しみであった。いや、その喪失したものが妹であったということが、僕の感情に大きなダメージを与えていた。しかし、思い返してみれば、中学生になってから彼女とはずっと疎遠なままであった。そうか、わかったぞ。僕は中学生に上がった頃既に死んでいて、この何年間かは地獄を彷徨っていたんだ。そうに違いない。そうでなければあんなに懐いていた妹に邪険にされるはずがない。ということは、妹が出て行ったのは地獄が終わる合図で、僕はこの後天国に行くんだ。
気付けば目の前のドアの淵から光がこぼれている。そうだ、これは天国への扉なんだ。僕がそう思って手を伸ばしたその瞬間、バタンという大きな音と共に玄関の扉が勢いよく開く。僕は一週間ぶりに見る光の眩しさに一瞬目を逸らすが、目を細めて視線を向け直すと、朝日の逆光の中にひとつの人影が立っていた。そのシルエットは女性に見える。制服は妹が着ていたものと同じものだ。だがそれは、僕の妹、
「
こうして、僕と妹たちの戦いの日々が始まった。
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