第11話

「はぁ・・・暇。」


 女性が廃れた店で店番していた。

 頬杖をついて小閑古鳥が鳴くこの店を嘆いていた。

 そんな惰性的な時間を過ごしているとカランッと言う扉が開く音と共に珍しく客が来た。


「昔に比べて汚くなったな。」


「・・・誰で、しょうか?」


「良い目をしているね。」


 女性はお婆ちゃんから引き継いだお店を馬鹿にされたと感じて一瞬ムッとした。

 客の身なりが明らかにこの廃れた店の客にしては異質だった。

 ラフな格好であるが、その生地も最高級品な上に裁縫者も世界でも有数の実力者である事は一目で理解した。

 だから、態度を改めた。

 これからされる話は自分の運命を変える話である。

 それを見た客は嬉しそうに笑った。


「君はバイヤーお婆ちゃんの子・・・いや、孫かな?」


「はい。そんな老けて見えますか?」


「いえ、あのお婆ちゃんも若づくりが美味かったからね。」


 流石に女性に対して老けて見える様な言い方は不味かったのか不機嫌になっていた。

 それで面の厚い笑顔が剥がれていなかった。


「うん、笑顔も及第点。それでお婆ちゃんはいるかな?美味しい煎餅を持ってきているだけど?」


「・・・お婆ちゃんなら2年前に亡くなりました。」


「そうか・・・どいつもコイツも先に逝きやがって。」


 女性には客が自分の祖母の訃報を聞いて悲しむと同時に喜んでいる様に思えた。


「この煎餅は後で墓にお供えするとしよう。」


「それで貴方様は誰なのですか?」


「あぁ、まだ言っていなかった。俺の名はシルク・ロードだ。そちらはお孫さん。」


「私の名前はバイ・セルです。」


 シルクはうっかりしていたと思いながら名乗った。それに答えてバイも名乗ったお婆ちゃんを訪ねてきたというこの人のことを自分は知らない。


「君のお婆ちゃんは僕の師匠、いや恩人に近いかな。今の自分がいるのはあの人のおかげだ。」


「うちのお婆ちゃんが?」


 気の良い優しいがお金にはがめつく厳しいお婆ちゃんがこのお金持ちの恩人だとは思えなかった。

 シルクは優しい声で言った。


「あぁ、あの人が商売世界を教えてくれた。だから、俺はこの国から世界に旅立てた。本当に感謝しているよ。」


 シルクの秘めている感謝の思いだった。

 昔のシルクはサーモ達二人と一緒に故郷を、トロを盛り上げて行こうと考えていた。

 でも、バイヤーはシルクの才能がこの国に収まるものではないと見抜いていた。

 だから、昔の伝手を使って当時でも名が世界に広がりつつあったホーフェン商会に行かせたのである。

 それがシルクがお婆ちゃんから貰った最後のプレゼントだった。


「だから、感謝しているんだ。お婆ちゃんのおかげで俺は世界を知れた。そして・・・」


「あっ!すみません!所々、雨漏りがありまして・・・」


 シルクが話していると天井から雫が落ちてきた。

 お店にあっていけない衛生環境である。バイは慌てて謝った。


「まぁ、良い。今日、此処に来たのはお婆ちゃんに感謝と約束していた思い出話をしに来たのと此処を買い取ろうと思ってね。」


「なっ!」


 シルクから告げられた来訪目的にバイは驚き睨んでいた。

 この店はお婆ちゃんが戦争かでも守ってきた大切な場所である。そんな店を潰される訳にはいかなかった。


「勘違いしているようだけど、この店は潰さない。俺にとっても思い出の店だ。絶対に潰さない。」


「・・・・・」


 シルクの雰囲気に気圧されてバイは冷や汗を掻きながら睨み続けていた。

 シルクの言葉が本当という確信をバイは持てなかった。


「そんなに疑うなら契約書に店を潰さない事と改修にあたっても店の雰囲気を壊さない程度という文を加えるけど。」


 シルクは面倒くさそうに言った。

 元々はお婆ちゃんに持ちかける話だった為、そんなに交渉するつもりではなかった。

 この店もシルクが受け継ぐ予定だった。その思いは副会長になった後も変わっていなかった。

 だから、前々からどうやってこの店を発展させるかは考え抜いていた。

 交渉もお婆ちゃんからの信頼で進む筈だったから。こんな交渉はする・・・と思ってはいなくもなかった。

 歳が歳だから。覚悟はサーモ達より出来ていたのである。

 それでも廃れた店に愛着を持っている人なんて自分だけだと思っていた。


「安心しろ。俺がこの店をこの国一の店にする。」


「・・・分かった。この店を譲ります。どうせ、私では延命にもならない経営しか出来ませんから。」


 バイにはお婆ちゃんみたいな商才はないと分かっていた。

 戦争で破壊された取引先に、新しく開拓できない取引先、自分にはこの店と共に朽ちるしかできないと考えていた。

 お婆ちゃんの店を守ってくれるなら自分じゃなくて良いと思っていたのである。


「宝の持ち腐れとはこの事だな。君には才能がある。」


「えっ?」


 戦争で死んだ両親も、病死したお婆ちゃんも自分には才能がないから店は畳むか、新しくしろと言っていた。

 でも、諦められなかった。

 自分もお婆ちゃんの様に商売がしたかったか、お客とワイワイ交渉して常連と馬鹿騒ぎして過ごすそんな人との繋がりを大切にするお婆ちゃんの商売がしたかった。


「君には無理だ。それはお婆ちゃんの商売であって君の商売ではない。」


 バイの淡い思いと願いはシルクにバッサリと切り捨てられた。

 お婆ちゃんにはなれないという現実を自分より圧倒的に上な商人に叩きつけられたのである。


「教えてやる。君の才能と商売を。」


 シルクの差し伸べる手をバイは・・・

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