第8話

「乾杯。」


「乾杯。」


 墓参りを終えた二人は屋敷に戻って夕食を摂ることにした。

 今日の食事はシルクが持ってきた食材で料理を作った為、いつもより量も質も圧倒的上だった。


「っ!・・・美味しいわね。このワイン。」


「そうだろう。世界でも一番と名高いワイン好きな種族であるヴァンプが作ったイリスロサイト地方最高級ワインだからね。」


 サーモはワイングラス(これもシルクが用意した物)からワインの香りを一嗅ぎしただけこのワインが今まで飲んできたものとは格が違う事を理解させられた。

 一口飲んだだけで広がる葡萄の絶妙な酸味と甘味、そして、舌触りからして何もかもが違った。

 まるで血液がワインに変わっていく様に感じるそんなワインだった。


「ヴァンプって確か血液を栄養にしている種族よね。人類とは敵対関係になっていなかった?」


「何年前の話をしてるんだ、サーモ。そんな問題はとっくに解決済みだ。ヴァンプだけじゃない。フィクサー大陸に住む全ての魔族とは和解済みだ。全ての問題人種差別などが完全に無くなったわけではないが、それでも世界は着々と平和になっている。」


 魔族達との抗争は長年の人類の歴史から続いてきた問題だった。

 その中で人類と共生してきたのはフィクサー大陸の人種だった。

 他の大陸で争い疲弊しフィクサー大陸に逃れていった過去から今では魔族と分類される人種はフィクサー大陸にしか現存していなかった。

 それでも種族と特性上人類と共生が不可能でフィクサー大陸でも細々と人間を襲っては問題になっている種もいた。

 ヴァンプもその一種だった。

 生物の血液を主食にするヴァンプは特に強者の血液を美味しいと感じる味覚であった。

 強者ほど血液が円熟して美味しいんだそうだ。

 ヴァンプにとっての強者とはただ戦いに強いものだけではなく、頭の良い賢者も、良きものを作る鍛治師も等しく強者認定となっている。

 つまり、何か突出した才能の持ち主こそ美味な血の持ち主なのである。


「確かワインも元々はヴァンプが血液の代替品として生み出した酒なのよね。」


「そうだ。だから、アイツらとワインに対する思いは血液に対する思いと変わらん。」


 ワインはヴァンプの飢餓を救った救世主の飲み物として長年研究と改良を続けてきた歴史がある。

 だからこそのこの味である。


「私達の領もワインが名産だけど、これには勝てないわ。」


 トロ領のワインの栄光は今や落ちてきていた。

 戦争による農地が荒らされて葡萄が栽培不可能になった土地も多い。

 その上、ワインの技術者も死に技術がちゃんと受け継がれていない酒造家も多くなっている。

 現状、昔より質も量も落ちているのである。

 例え、全盛期のワインだったとしてもシルクが持ってきたワインには勝てないと断言出来るほどのレベルの違いもあった。


「そんな事は百も承知だ。それでも俺が目指すトロにはワインが必要だ。それも全盛期を超える最高のワインだ。」


「でも・・・・それにはお金が・・・」


 トロ領が、いやこの国全体が落ちてきているのは圧倒的に復興の金がないのである。

 その中でもトロは良質なワインとそれに合うパンで生計を立てていた。

 それなのに肝心な農地が荒れてしまったがために貧困が国の中でもトップクラスになってしまったのである。


「そこは問題ない。俺が出す。」


「親友だとしても、それは・・・」


「勿論、借金だ。俺も商人だからな。無償という訳にはいかない。ただ無期限無利子だ。」


 それはシルクにとって一切儲からない契約であった。

 サーモとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「この領に返済能力がない事は理解している。だからこその名産だ。ホーフェン商会でも売れる程の名産を創り出す。」


「そんな事が出来るのか?」


 世界一の商会に売りに出せる程の名産が生み出せるのかサーモは未だ半信半疑だった。


「詳しい話は明日するとして復興と同時に人材の教育も並行して行っていく。」


「人員の教育か。今のトロは子供の教育も滞っている状況だ。」


 元々、トロは識字率も高い方だった。それなのに戦争の影響で学校が焼失し、教師も減った。

 子供達も学校に行かせれる余裕のある家が激減したことによって学校自体が縮小したのである。


「それについても考えている。部下に教育者がいる。必ずこの領の教育レベルを格段に上げてくれる。」


 シルクは部下を信頼していた。正確には部下の能力を信頼していた。

 歪な信頼感がシルク派の特徴の一つだった。

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