第5話
「これは・・・」
「悲惨ですね。」
シルクの安全を守る為、執事見習いとメイド見習いが船から先に降りて町を見に来ていた。
船が沈んで欲しくない為、窓は全てカーテンで外の景色を遮っていた。
トロの町は悲惨そのものであり、まるで中世に戻ったような街並みをしていた。
農耕には牛を使って耕し、ひどい場合は広い農地を鍬による手作業をしている人もいる。
糞尿の処理もちゃんと出来ていないのか、街は、酷い臭いが包んでいた。
それが華やかである筈の中心部でこれだ。
町外れはスラム化していた。病気と腐敗が進みこの街の癌として機能していた。
「これは予想を超えていますね。」
「あぁ、さっき買った野菜とパンがこれだぜ。」
執事見習いは半笑いの表情で店で買った物を見せていた。
そこには干からびた野菜に、干からびれてなくても一目で質が悪いと分かる野菜、カビかけのパンである。
こんな粗悪品が普通に売っているのが信じられなかった。
「それだけこの領地、いえこの国の食糧事情はこれが標準、もしくは良いレベルなんでしょう。」
グッテン連合王国の食糧庫として機能していたトロ領がこの食糧事情なら他の領はこれより下だとメイド見習いは予想していた。
「港に並んでいた船も木製が殆どだった。明らかに漁船レベルだろう。商船が一つもなかった。輸出は勿論輸入も出来ていないのも確定だな。」
執事見習いはこの現状を嘆くなんて事はなくシルクがこの国の商業を牛耳りやすいと考えていた。
年若い世代はシルク黒幕説を本気にしているものも多く、この執事見習いもその一人だった。
大半が張り切って良い成果を上げる為、態々訂正する大人がいない事もこの勘違いを助長させていた。
「アンタ達、何処から来た?」
二人がそろそろ船に戻るかと話していると背後から話しかけられた。
そこには妙齢な女騎士がいた。
明らかに二人のことを警戒していた。
それもその筈二人の服装は貧困で苦しんでいるこの国に似つかわしくない質の良い使用人服である。
それに二人の足元に老若男女問わず蹲って倒れている人達がいた。
「ホーフェン商国からです。」
「何?!」
ホーフェン商国とはホーフェン商会初代会長が国を買い取って建国した商人の国である。
そんな国から来たと言う二人を女騎士は訝しんだ。
明らかに二人が商人には見えなかった。
「勿論、私達は使用人です。私はルティー、こっちは弟のロイアです。私達の目的はこれから入港してくる主人の安全の確保と情報収集の為にこの街に来ました。」
「・・・・・・・」
二人は別に隠す程の情報も得られなかったとして正直に話す事にした。それでも未だに二人のことを女騎士は疑っていた。
「・・・・今日、他国から入港して来た船はない。なのに、お前達は他国から来たと言うどういう事だ。」
女騎士は巡回中に怪しい二人を見つけて職質していた訳ではない。部下から明らかに地元の人間ではない二人組からいると言う情報を得て来た。
だから、先に港で他国からの船がないか調査してから来ているため、二人が何処から入港して来たのかが知りたいのだ。
「当たり前です。私達は此処まで遠洋に停めている船から泳いで来ました。」
「ふざけているのか?」
潮の香りもしない服で海を泳いで来たなどと嘯く二人により一層女騎士は警戒して今にも取り押さえようと構えていた。
「それに足元で倒れている人たちはなんだ?」
「スリにあいそうになったから、先に倒した。殺してはない。」
悶絶どころか一瞬にして失神した事が分かる人達に殺してないだけ感謝しろと言いたげなロイアに取り押さえる事も可能だっただろうと二人の実力を警戒し始めていた。
「汚い手で主人から支給された服を触られたくなかったんです。」
ルティーが言う通り倒れている人達には等しく足形が付いていた。
そこから蹴り一発で沈めていった事が想像できた。
「それより貴方は誰なんですか?」
「アタシはトロ領主サーモ様に仕える近衛兵隊隊長のマシル・シルビアだ。」
サーモとは二人が仕える主人シルクの幼馴染の一人の名前だった。
これは良い情報を持って帰れると二人は内心喜んでいた。
「そうですか、ならサーモ様に伝えて下さい。明日の明朝にシルク様が入港します。」
「シルク・・・その名前、何処かで・・」
「じゃあ、ちゃんと伝えて下さいね。」
「まっ!待て!!」
二人を中心にした竜巻が起きた。
シルビアは巻き起こる砂埃に目を開ける事も出来ずにいた。
そして、竜巻が収まった頃には二人の姿は何処にもなかった。
「ちっ!逃した!」
シルビアの直感が言っていた。
この街に自分の主人にとって最悪の人物が現れると・・・
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