第4話

「分かった。行ってこい。お前の事だ。ただ里帰りという訳でもないのだろう。」


「はい、ありがとうございます。会長」


 シルクは今、現会長ホーフェン・ブラックと電話をしていた。

 里帰りと故郷再興の為商会が全面的に使う事の許可を貰っていたところだった。

 現在、ホーフェン・ブラックも実家のゴタゴタを片付けているところなのだった。

 商会の仕事の大半はシルクに全面的に任せている為、今回のような大掛かりなものではない場合は極力連絡しない事にしていた。


「それにしてもトロね・・・・」


「何か気になることでも?」


 トロとはシルクの故郷の領の名前である。

 珍しく言うのを躊躇っているのを察して気にせず話していいとシルクは伝えたのである。

 長年の付き合いからその事が伝わったブラックは意を決して言う事にした。


「内戦でトロの領主の一族は壊滅的状態になっているらしい。覚悟はしとけ。」


「・・・・・・・・・分かりました。ありがとうございます。」


 シルクはそう言って電話を切った。

 椅子にドッカと座ると顔を手で押さえて気持ちを堪えていた。


「クソっ!」


 感情のまま机を叩き割った。

 シルクの幼馴染は二人いる。一人は領主の娘、もう一人は街の守る衛兵の隊長の息子だった。

 二人して正義感が強く、守る力も持っていた。

 今回の内戦でも領民を守る為に前線で戦った事は予想出来ていた。

 戦争だ。仲間が死ぬなんてよくある事だ。

 覚悟はしているつもりだった。でも、直接聞くとそれはシルクの心に重くのしかかった。


「まだ、直接祝えて何言ってないんだぞ・・・・」


 二人が結婚した事は手紙で知っていた。

 本当はシルクが帰ってきてから式を挙げるつもりだったらしいが、情勢不安から何があってもいいようにシルクを待たずにあげる事にしたと子供も映った結婚式写真と共に書いてあった。


「生きていろよ・・・・」


 壊れた机に二人のお祝いに取っておいた秘蔵のワインが割れてこぼれていた。

 シルクの故郷は港街だが、領としてはワインが有名だった。

 二人も無類のワイン好きになったと書いてあった。

 だから、わざわざ故郷のワインを取り寄せて、より美味しく改良する研究や新たな発酵法、最新のブドウ栽培、品種改良法を編み出していた。

 全ては二人に喜んでもらう為だったのに・・・・・


「・・・いや、まだ二人が死んだ事は確定していない・・・・俺は俺の出来る限りのことをする。」


 領主が壊滅的なら自分が予想していたより故郷は荒れ果てている可能性は高い。

 もし、二人が本当に死んでいても守った領地が荒れ果てたままなんて報われるわけが無い。

 あの二人のためにも必ず領地復興と発展させて領民が笑って過ごせる街を作らないといけないと落ち込んでいた自分に喝を入れていた。


「治りましたね。」


「それでどうなんだ?もう知っているのだろう。」


 シルクの執務室の外で幼馴染の死で暴走したシルクを止める為に常に待機していたメイド長と執事長は何もなくて安堵していた。

 シルクが暴れたら屋敷が壊滅する可能性があるのだ。机一つで治ったのは奇跡であった。

 執事長は諜報隊の隊長でもあるメイド長に本当のところシルクの二人はどうなのかと聞いたのである。

 グッテン連合王国の情勢悪化の話が流れてからシルクの業務に支障をきたさない為に会長が情報を規制させていたのである。

 その事はシルク自身も分かっていたので、黙っていた。

 何より強い二人なら大丈夫と現実逃避もしていたのだろう。強いだけで生き残れるなどこの世は甘くないことなんて一番分かっているのにな。


「お一人は確実に亡くなっています。」


「そうか、シルク様、自身を責めないといいけどな。」


 グッテン連合王国にいる諜報員から情報は入ってきているが、それはシルクが安全に渡航出来るためのものであり、最高機密情報な為メイド長が言えるのはこれだけだった。

 執事長はシルクが無理にでもグッテン連合王国の内戦に介入しなかった事を責めないかと思っていた。

 全てを投げ捨てれば向かうことも出来た。

 商人としての立場も未来も捨てれば助けれたかもしれないと自身を責めないかと思ったのである。


「シルク様は最善を尽くしました。選んだのはあの二人です。」


「そうだがな。シルク様は自身に厳しい方だ。必ず責めるだろう。そして、それをバネに更なる成長を遂げてくださる。確実にな。」


「当たり前でしょう。シルク様ですよ。」


 普段は仲の悪い二人もシルクの話になると意気投合する。たまに解釈違いを起こして他のメイド、執事達を巻き込んで暴れることもあるが、それでもお互いが笑い合うなんて珍しいことだった。


「フラン!スペン!そこにいるんだろう!お茶と菓子を持ってきてくれ!お前達も一緒に食えよ!」


「「既にご用意出来ております!!」」


 やけ食いすると予想していた二人はシルクが指示前からシルクの好物を用意していた。


「いつも息ぴったりだね。」


「「夫婦ですから。」」


 屋敷一不思議の犬猿の二人が何故か夫婦仲である。

 この二人に愛はない。

 あるのはシルクへの忠誠心と滅私の精神だった。

 その共通点が二人を結んだのである。

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