一六、地図

 俺は、理解している事柄を地面に描く。地面にここ即席射撃場現在位置を記し、続いて最寄りの北洲との境界線を引く。そこで、皆と認識を合わせる。『地面に描いた簡易的な地図』。それをルォゥミュ、ミュゥラン、キュハァスの皆に理解させる。その地図●●を理解させ、次に認識を合わせる。ここを表す地面の×印即席の射撃場と北洲と接する境界を表す直線の間隔の広さ、すなわち時間的距離だ。騎馬での日中の移動を前提におおよそ二日程とのこと。キュハァスは『わたくしの全能で掛かれば、一日も掛からない距離ですわ』と。ただ一人意味の分からない事を言っている、そのキュハァスは無視だ。

 地面の地図の縮尺を共有し、次の情報に進める。第一の情報、二十騎の越境盗賊の位置、ならびに進行方向。それをルォゥミュに確認する。ドゥランの街、ミュゥから約一日という。ルォゥミュに確認しながら二十騎の盗賊の位置を定め、その位置に▲印を書き込む。東に寄りながら南下しているという、その方向を→印を書き加える。その進行方向にある開拓時代の棄て去られた街、その位置を確認しながら無人街ゴーストタウンを凸印で記す。

 キュハァスやミュゥランは黙って地面の地図を見入っている。気が付くとクゥィングォや他の者たちも俺が描く地図に目を向けている。何やらひそひそと話しているのが分る。皆を見渡してから俺は先を続ける。


「ルォゥミュ、人攫いの位置はこの地図で示すと、どの辺りだぁ?」と、ルォゥミュを見上げる。すると、クゥィングォが割って入る。


「何やら、面白そうだ」と、クゥィングォが歩み出る。そして、地面へ視線を落とす。


「そうかぁ? オレは自分の理解を確認するために、オレの認識を共有しているだけだが」

「ほぉ、それは益々興味をそそられる。流石にアァマの使徒と言うだけはあるのだな」

「オマエも何をいっている。オレの認識を図解して共有する、これしき当たり前の進め方だろぉ?」

「皆にも、見せてやってもらえぬか」と、クゥィングォがほかの者たちへ向き直る。クゥィングォの視線の先の者たちは、それぞれ首肯して答える。


 俺は腰を上げ、クル族やロム族のつわもの衆を見渡す。皆の眼には知識を欲するとでもいうのか、瞳の輝きがより一層強く見える。

 俺は踵を返し立ち位置を変える。土手の方向を背に、皆へ向き直る。


「さっきからこのルォゥミュと、二十騎の盗賊や人攫いの盗賊について話している。

オレはこの土地をよう知らん。そう、土地勘が無い。

だから、ルォゥミュと盗賊どもの動向を聴いたところで理解できん。

それで、この地面に描いたもの、地図という」と、俺は足元に描いた地図に目を落とす。


 俺は額の前に両腕を伸ばし、その両人差し指を交差させる仕草をとる。そして、俺は続ける。


「この形の印、地面に見えるかぁ?」と、俺はさらに仕草を交えて説明する。少々行儀が悪いが爪先を伸ばして、この射撃場を表す×印を指し示す。


「そして、この左右に伸びる線が北に接する境界だ」と、両腕の人差し指を動かしながら指し示す。


 そうやって、足元の地図を説明し、続いて位置関係と境界と此処までの距離、すなわち地図の縮尺を後から来た者たちと共有を進める。それから、▲印二十騎→印進行方向凸印無人街の表す意味を説明する。皆、一様に頷いて理解を示す。



「では、次は人攫いの盗賊だな」と、俺はルォゥミュを見る。

「ああ、…」と、答えるルォゥミュをクゥィングォが遮る。

「それについては、ワシが送った追捕衆に係わる事だ。ワシが答えよう。」


 クゥィングォは足元の地図を見下ろし、印の位置関係を確認している様子。自分の中で理解が進んだのろう。クゥィングォが顔を上げる。


「使徒殿、先ずは襲われた街、ウァニだ。無人街がこの印だったか?」と、クゥィングォは地面を指す。


 次にクゥィングォはそこから南東の方向へ一歩半下り、地面を指さす。俺は、凸印を二つ並べた凸凸印を地面に書き込む。更にクゥィングォは、そのウァニの街から一歩半北上した辺りの地面を指し示す。


「人攫いどもは、今頃この辺りを境界に向けて進んでおるだろう」と、俺を見る。


 俺は地面に△印を書き込み、クゥィングォを見上げる。


「そういえば『何とかテツロ沿いを』とか、ルォゥミュがいっていたな」

「そうであったな。この辺りは北への境界へ至る北至鉄路が通っておる。それに沿って逃げておるのだろう」

「テツロとは? 鉄の道でもあるのかぁ? 何だそれ」

「使徒殿は知らぬか。かつてはその鉄の道を荷を運ぶ車が煙に引かれて走っていたそうだ」

「はぁ? 鉄の道を煙に引かれる車ぁ?」と、俺は考え込む。


「あっ、鉄道があるのか。蒸気機関車かぁ。俺も子供のころ走っている蒸気機関車を見たことはある」

「ジョウキキカンシャ、使徒殿はそう申されるか。かつての使徒殿たちも汽動車と呼んでおったな」

「今は使われていないのか?」と、俺がクゥィングォに尋ねるとキュハァスが答える。

「境界の見回りの衛士えじ衆が使っております」

「おぉ、そうであったな衛堺えかい士たちが巡っておるな。何を守っておるのやら。やすやすと越境などさせて、我ら追捕衆の働きが一向に減らぬ」

「まぁ、それは置いといて使える鉄道があると…。その鉄路、何処から境界へ向かっているのか?」

「ウァニの街から北洲へ至っておる」

「まだ、北洲と繋がっているのか? その鉄路」

「いいえ、境界を越えた鉄路は、荷を運ぶ必要がなくなったときに北洲に打ち壊されました」

「ああ、そうなのか。とりあえず、わかった…」


 俺は一抹の不安を覚えながら、地面の地図へ眼を落とす。クゥィングォに位置関係を確認しながら、その北至鉄路を+線で線を引き、人攫いの←印北上方向を鉄路沿いに書き加える。人攫いを追うウァニの追捕衆は◇印で示し、←印北上方向を鉄路沿いに記す。人攫いを半日遅れで追い、一日で追いつくとの事だ。

 それから、クゥィングォが送った増援の追捕衆の現在位置を確認する。増援の追捕衆は◆印で無人街凸印のやや北東に所に置く。


「そういえばこの見渡す限りの平地、どうやってクゥィングォが送った増援は人攫いの盗賊に向かってるんだぁ?」

「なに、簡単なことだ。そこのかつての北洲の開拓水道は北至鉄路に向かって進んでおる」

「あぁ、やはり用水路かなんかかぁ。今は水は通っていないだろう?」

「もちろん、水の源は北洲にあるので、今はこちらに水は流れてこぬ」

「なるほど、さしあたっては道だな」と、俺はまた地面に目を向ける。


 俺はクゥィングォに開拓水道の通る筋を確認する。どうやらここ即席射撃場から無人街の南側を抜けて北至鉄路と交差しているとの事。俺は再び地図に屈み込む。地面のここ即席射撃場×印の北側から無人街凸印の南側を抜けて北至鉄路+++++++線と交差するほぼ北東に向かう=線開拓水道を引く。更に増援追捕衆◆印の進行方向を開拓水道沿いに北東に向けて←印を書き添える。

 それから俺は腰をあげて、もう一度地図の全容を見渡す。二十騎▲印と、その向かう先無人街凸印の位置。無人街の北東の増援追捕衆◆印、その先の開拓水道=線鉄路+線の交点。鉄路+線沿いを北上する人攫い△印と、それを追うウァニの追捕衆◇印。それぞれの印の位置関係を確かめる。

 俺は目線を上げて、クゥィングォやルォゥミュの皆に向き直る。


「一通りの位置関係は地図に示した。位置関係は問題ないかぁ?」と、皆の顔を見渡す。

「おお、これは…」「なるほど…」と、皆一様に頷いている。


「次は今後の展開についてだ。東の追捕衆、増援追捕衆はどの様に人攫いを追うつもりなんだぁ?」

「人攫いどもは明日の夕刻には、開拓水道を越えるとこまで進む。よってその水道の手前で東の追捕衆と我が追捕衆で、明日の午後の夕方の前には南と北から挟み撃ちをする手はずになっておる」と、クゥィングォが答える。

「クゥィングォの送った追捕衆は、無人街を越えた辺りを進んでいるのだな?」

「ああ、間違いない」

「なぁ、ルォゥミュ。二十騎は今も無人街へ向かっているのだな」

「先に進んだ我らの追捕衆を追うとなれば、そこへ向かう道理があり申す」

「道理? 足跡で追うってこと?」

「そうでごわす」

「無人街を経由してこっちの追捕衆を追うと…。その二十騎はいつ、こっちの追捕衆に追いつく?」

「早くとも、昼過ぎになり申す」

「オレらが無人街にはどれくらいかからるかなぁ?」

「大方の備えは終わり申すが、着くのは夕闇の頃合いになり申す」と、ルォゥミュ。

「ところで、使徒殿は馬は扱えるのか?」と、クゥィングォが尋ねる。

「どゆこと?」

「ヒトロク様、馬車ではその棄て去られた北洲の街に馬車で向かうには時が遅いのです」と、キュハァスが付け加える。

「おお、そうか失念していた移動の足。馬ねぇ。鉄馬ってちょっと違うが、それくらいしかライドしとこねぇなぁ…」と、俺は考え込む。



 そう考えている俺は、ふと反射的に懐の物を思い出す。俺はそれを首の鎖を引き、取り出しそれを手に取る。持ち手に空と雲を表す色の意匠。あれっ! そうだ二輪の馬。何かが違うように感じるが…。俺の乖離する意識が、それを明確に認識する。

 すると、俺の掌のそれが眩い光を放つ。えっ! ナニコレ! と思う刹那、その眩い光から一条の蒼い光が伸びる。その一条の蒼い光が地面を射す。そして、蒼い光が前後左右に激しく振れ始める。皆一同、驚きの声を上げ、後退りする。一方、俺は驚きが固まり、激しく振れる光に視線が釘付けになる。

 俺が激しく振れる光の先を見つめていると、やがて像を浮かびあがらせる。その像は光の動きに沿って下から上へと実体を伴い始める。その実体は陽を受けて影を落とし、実体の成長に合わせて影が伸びる。激しく振れる蒼い光が実体の最上部へ向かうと、光がまばらに、まるで実体をなぞる様に振れる。振れが小さくなると、忽然と一条の蒼い光がむ。俺の眼前で実体化したもの、それは。



「「使徒殿これは!」」

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