一五、転進

 天を仰ぐ俺は、心を落ち着けギャラリーへ向く。厳つい面々のギャラリーは律義に規制線の向こうで歓声を上げている。



「実演終了っ!」と、声を張ってギャラリーに向かって大きく手招きする。



 近付くクゥィングォを視認する。俺は急ぎ足で彼に向かう。



「クゥィングォっ!、何だあれはっ」と、俺はクゥィングォに向け声を張り上げる。

「使徒殿の言う『予め判れば…』だ」と、冷静なクゥィングォ。

「それでは説明にもならん!」

「北洲の民のテンセイだ」

「天性? 何の事だ、意味が分からん」


 俺の思考に疑問符が満たされる。俺の魂が確かに脅威・・と囁き、それを肯定し引き金を絞る。その指の感触・・を、俺は思い起こす。

 そして、俺はクゥィングォに再び問う。


「標的は俺が排除した盗賊だよな?」

「そう、使徒殿が屠った盗賊どもだ」

「死んだ盗賊だよな?」と、繰り返す俺。

「奴らは屍となった。しかし、あのような者たちだと知っておけ」

「死んでいるのに動き出すのか?」

「そう申しておる。北洲の民は頭が残っておれば、時が過ぎれば黄泉から帰ってくるのだ」

「黄泉から帰る? 死んでも転生**するというのか?」


 漸く俺は状況に合点がゆく。って言うと、やっぱりあれなのかぁ? そのゾンビ的な何かになるってことかぁ? って、またお決まりの認識の乖離に襲われる。なんだよ、それっ。


「その転生? すると、どうなるのか?」

「生きるもの全てを誰彼構わず襲うようになるのだ」

「だから、とどめは頭と?」

「その通りだ。首を刎ねる。頭を割る、潰す。さすれば二度と動かぬものとなる」


 それを聴き、俺は考える。生者を襲う。


「襲われて噛まれたり、傷つけれると感染して死んだり、転生するのか?」

「カンセン? 何を申しておる。傷を負うくらいで死んだりはせぬ。最も命に係わる傷ならば死に至るかもしれぬが」

「お前も死ぬとああなる、転生するのか?」

「使徒殿、先ほどから何を申す。我らは死ねば黄泉の宮様の許に召されるだけだ」

「感染しない? 盗賊だけ? どうゆう理屈なんだ」

「理は判らぬ。ただ、黄泉から帰るのは奴らだけだ」

「よくわからない生態系だな、襲って増殖するわけではないのか。少し拍子抜けだな」

「使徒殿、あまり侮るなかれ。数が増えれば、それなりに手を焼かされる事になるやも知れぬ」

「盗賊たちは頭を残して死ぬと、どれくらいで動き出す?」

「遅くとも二晩過ぎれば動き出す、幾晩も過ぎると生ける時よりさらに強くなる」

「それはやっかいだな。これからは注意しよう」


 倒した数を確認、その後の死体の確認しないといけないとか。手間がかかるな。などと考えていると、ルォゥミュが何やらクゥィングォに耳打ちしている。



 そこに、キュハァスもやってくる。笑顔を浮かべている。先ほどの彼女の耳を塞ぐ仕草を思い出し、俺も顔を綻ばせる。


「ヒトロク様。随分と大きな音が響くのですね」

「ああ。キュハァスは耳大丈夫?」

「ええ、耳を塞ぎましたから。ヒトロク様の耳は大丈夫なのですか?」

「少し、耳鳴りが残っているが問題はない」



 俺はそう応えて、言うほど聴覚に問題ないことを確認する。そう考えていると、ルォゥミュが近付いてくる。クゥィングォとの話は終わったようだ。クゥィングォは他のギャラリーへ向かう背が見える。それから、オンナ青鬼ミュゥランも一緒だ。



「使徒殿、先に申された通りになり申した」と、ルォゥミュ。

「なんの話だ」

「此方に向かうと思われた盗賊どもに動きがあり申す」

「転進したと?」

「左様でごわす。東に向かっており申す」


 少し、ルォミュの語尾が気になる俺。そう思いながら思案。


「その先は何があるとぉ?」と、俺まで語尾が変わる。

「北洲の開拓時代の人気の無い街があり申す」

「送った追撃の者たちは何処におる?」

「その街を越えた辺りにおり申す」

「人攫いは?」

「我らセイカイドウエカイフノヒガシノツイブシュウが追う盗賊どもは、ホクシテツロ沿いを進み北へ向け…」


 説明を続けるルォゥミュには悪いが、分からない単語、おそらく地名などの固有名詞?が頻出してよくわからない。段々ともどかしく成り、次第に表情が険しくなのが自分で分る。


「ルォゥミュ殿、その説明ではヒトロク様へ伝わりませんわ」と、キュハァスが助け舟を漕ぎ出す。

「「…」」と、目を合わせる俺とルォゥミュ。


「確かに言葉では伝わらんなぁ。位置関係とか、方角とか、相対的な距離とか」と、俺が促す。

「…」


 硬直するルォゥミュ。俺、なんか難しい事いったのか? キュハァス、ミュゥランをへ目配せする。


「「…」」

「あれっ、キュハァスまで黙るのかぁ? さっきの舟は考えナシかよぉ」


 一旦、天を仰いで深呼吸する俺。胸の衣嚢ポッケから鉛筆を取り出す。それから、しゃがみ込んで鉛筆の尻で地面に×印を書く。そして、皆を見上げる。


「ここがオレ達がいるこの場所なぁ」と、×印を指す。


「そんでぇ、いまは正午位の陽の高さだよなぁ。そうすっと、北はこっちだよな。あってる?」と、土手の方向を向く。


「そうですわ。間違いありません」と、キュハァス。


 なぜ、オマエが率先して答えんだ。ルォゥミュを見ると首肯している。間違いない様だ。


「さしあたっては、北の境界はこのあたりのに引いとこうか」と、俺は陽の光を背にして地面に長い一直線を横に引く。


「これが、今オレが理解している土地勘だな。ついでに記すと、ドゥランの街はこの辺りかぁ?」


 俺は境界線と現在地点の印を勘案して、地面に◎印を書き加える。そして、腰を上げて皆に向き直る。


「ヒトロク様。流石ですわぁ。まるで空から見下ろした様ですわ」と、キュハァスが褒める。

「キュハァス。褒めても何も出んぞぉ」


「ほぉ、キュハァス殿は違いますね。そういうことですのね」と、口を開くミュゥラン。

「…」


 沈黙するルォゥミュが痛々しい。まだ、合点がいっていない様だ。


「なぁ、ルォゥミュ。これな鳥瞰図ともいえるかな。空飛ぶ鳥が見た地面だ。まぁ、正確な形ではないがな、雰囲気だ。わかるだろぉ?」

「雰囲気。お、おぅ。分かりましたぞ。使徒殿」と、笑みが零れだすルォゥミュ。


 これで、俺の嫌な汗が止まる。ほかの面子も息を止めていたのか、静かに息を吐く。ルォゥミュよ、多くは語らん。「学べ! そして自分のものにしろ!」と、俺は心の中でエールを送っておく。


「いいかぁ? 皆の認識が揃ったとこで話を進めるぞ」

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