〇九、天幕

 頬に感じる陽の光に目を覚す。重い瞼を薄っすらと上げる。顔に差し込む陽の光で辺りはよく見えない。目を慣らすために暫く暗がり目を向ける。覚醒する意識とともに背中に痛みを覚える。見知らぬ天井が目に入る。天井、いや違うな。天幕の様だ。

 右腕が何かに挟まれて痺れている。胸が重い、目を向ける。柄を握る手を目にする。その柄を握る手の主へ首を振る。ボーイッシュな青鬼の顔がある。たしかミュゥランと言ったか。飲み比べで最後まで対抗心を露わにしていたな。それにしても、ちっ、近い。寝息を感じる。と、そこで焦る、やっちまった?、やらかしちまったのか?、俺。自由になる左腕を腰に当てる。服は着ている。セーフ。

 躰を右に傾け、右腕をそっと引き抜く。その弾みで、胸にあった柄ごと握る手が滑る。すると、ミュゥランが瞳を開く。



「おはよう。朝、だよな?」

「…ヒトロク殿…」と、ミュゥラン。彼女は低血圧なのか?、また瞼を閉じる。



 いい加減、背中の痛みに耐え切れず上半身を起こす。すると、重みが腰に伝わる。視線を落とすと、そこには彼女が握る太刀が横たわっている。何だ、この太刀。彼女が熱く語っていた印象があるが、良く憶えていない。


 目が慣れた視界に天幕内の様子が目に入る。辺りには転がる鬼ども飲み比べの敗者たち。俺は起き上がり、天幕の外に出る。



 外は旭に包まれ、清々しい大気に満たされている。辺りを見回すと、いくつもの天幕が張られている。天幕の一角の向こうから煙が上がるのが見える。其方へ歩み出す。

 野営で嗅ぐ、朝の薪の焚けるいい香りが漂う。赤鬼クル族の男女たちが炊事を始めている。



「おはよう」と、俺は眠たげな声を掛ける。

「「良い朝を!」」と、一同大きな声で応えてくる。赤鬼クル族は元気いいなぁ。と、考えいるとひとりが声を掛けてくる。


「誠に良い朝ですなぁ。焙煎豆茶は如何ですか?」と、年長と思われる赤鬼が発すと、若い赤鬼に向け顎を上げる。

「頂きます。有難う御座います」



 年長の赤鬼に案内されて、席に着く。すると、シェラカップの様な薄い金属の器に黒い湯が注がれる。香ばしい良い香りが漂う。



「さぁ、召し上がれ」

「いただきます」と、俺は器を手に取りその黒い湯をすする。口内に拡がる香ばしい少々酸味のある苦み。舌の上で味わう。



 その焙煎豆茶クル族珈琲を味わいながら、辺りに立ち並ぶ天幕を眺める。しばらく、その珈琲を堪能していると背後から野太い声が掛かる。声に顔を向けると、厳ついクゥィングォが歩み寄てくる。



「良い朝を!、ヒトロク殿」

「オハヨ」と、ついつい飲み比べの事を思い出して食傷気味に応える。

「その様子では問題ないようだな」

「酔いも残っていない。この焙煎豆茶で朝を満喫してるところだ」


「時に」と、クゥィングォが焙煎豆茶の器を啜り、一呼吸置く。

「どうかしのか?」と、俺はクゥィングォに目を向ける。

「あの盗賊どもを倒した得物は何だ?」

「あれは銃だ」

「ジュウ?、ヨウジュツの類か何かなのか?」

「ヨウジュツ?、なんだそれ。ヨウジュツというのは知らんが、ある種の技術の集大成だな」

「ギジュツ?、シュウタイセイ? よう分からぬ」

「百聞は一見に如かず、だなっ。何処か広くて誰も来ない場所はあるか? 理想を言えば土手か何かに囲まれいるような場所」と、俺が訊く。クゥィングォは暫く黙考する。


「弓や弩といった得物は?」と、俺は問う。

「ああ、用いる」

「そういった得物の試し射ちができる場所だな。それよりは広い方が良いが」

「辺りを探させよう」

「了解。オレは準備をすすめる。ところで、…」と、俺が言いよどむ。

「ドゥランの館へ送らせよう」

「たすかる」



 そこまで話を済ませて、残りの焙煎豆茶を飲み干し席を立つ。

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