第14話 愛人
今日はお母様のサロンの日なのでしっかりお昼寝をしようと思っていたのに、午後からフィルが遊びに来る事になってしまった。こうなったらフィルを寝かしつけるしかない。
「フィル、今日は久しぶりにベッドでお話ししよう」
「いいよ」
2人でベッドに乗って天蓋を閉める。
ピンクの布が外からの日の光で透けて、ベッドの上の空間をピンク色に染めた。
「やっぱり綺麗だね~」
フィルは喜び、にこにこしている。
「ね~」
あたしがごろんと横になると、つられてフィルも横になった。
「そういえば、フィルのご両親て同じ寝室で寝てる?」
「お父様とお母様は別々の部屋だよ」
「そうなんだ」
それが普通なのかな。
「キャロルのお父様とお母様は?」
「うちも別々だけど、エメリック兄様のところは一緒なんだって」
「へ~。じゃあ僕達が結婚したら一緒に寝ようね」
意味分かって言ってんのかな……分かってないだろうな。
「天蓋の色はフィルが決めていいよ」
「じゃあピンクね!」
「うん。ふふ」
思った通りの答えが返って来て笑ってしまう。
しばらく黙った後フィルの手を握ってみると、あったかい。
よしよし、いいぞ。子供の手は眠くなると温かくなるからね。このまま黙っていれば寝てくれるはず。
フィルが目を瞑ったのを確認して、あたしも眠りに落ちた。
「お嬢様……あら可愛いらしい」
アメリーに起こされて目が覚めた。
いや~良く寝た~。
横を見ると、あたしとフィルはまだ手を繋いでいて、お互い微動だにしないで寝ていたらしい。
「殿下、お帰りのお時間だそうです」
アメリーに声を掛けられたフィルは寝ぼけ眼を手でこすっている。
「あ……寝ちゃった」
「ね~」
こうしてフィルは昼寝をしただけで帰って行った。
あの子、あんなに爆睡して夜眠れるかな。
最近、サロンの日には応接間に大きなオットマンが入れられるようになったのだが、これが使える。布張りのソファの下に足が付いているという形状で、座枠の下から床までの隙間をぐるっとフリンジで目隠ししてくれているのだ。
こんなのもう、入ってくれと言われているとしか思えない。
難点は、高さがあまりない為1度入ったら寝返りが打てないという事だけど、立ちっぱなしよりはマシだ。
あたしは自動車の点検をする整備作業員の如く、オットマンの下に潜り込んだ。
しばらく待つと、招待客たちが部屋に入って来た。そしてみんな一様にモハメドの描いたお母様の絵を褒め称えている。
「素晴らしい質感だ。噂通りの腕前ですな」
「本当にお美しいですわ」
「この立体感、触れられそうなくらいですね」
「私も早く順番が回って来ないかしら」
その後、あたしの隠れているオットマンに人が座った。
「そういえば陛下がアリアンヌ様をお召しになったそうよ」
この声は社交界1の情報通、ネトルパ伯爵夫人だな。
「セルシスカナ侯爵夫人ですか?」
こっちは誰だろう。フロロックス伯爵夫人ぽい。
「ええ」
「あら、ヘメカリス伯爵夫人はどうなさるのかしら」
「ヘメカリス伯爵夫人とは1晩だけだったみたいなのよ」
まさかお召しって……夜伽ってこと?? 人妻を!? 旦那に怒られないの!?
「伯爵はあちこちで触れ回っていましたのに残念ですわね」
旦那も知ってるの? 奥さんの不倫を旦那が言い触らすの?? しかもこの言い方、喜んでない!?
「貞淑な方だからそれがお嫌だったのかも知れないわねぇ」
本人の方が嫌がってるって……でも一応、嫌なら断れるという事なのか?
「アリアンヌ様とは続かれるのかしら?」
「どうかしらね。でもアリアンヌ様の方は調子付いていらっしゃるわ」
「ではセルシスカナ侯爵も?」
「侯爵は静観されている様よ」
こっちも旦那公認!?
「ヘメカリス伯爵夫人の様になるかも知れませんしねぇ」
その後もしばらくそういった噂話が続いた。
要約すると、国王は貴族の夫人を好きに選べて、旦那は喜んで差し出しているという内容だった。
なんだこの国! 狂ってる……!
デエスリープ王国は一夫一妻制で、国王であっても例外ではない。でも貴族だけでなく国王も愛人作り放題って事らしい。
子供が出来たらどうすんのかしら。いや、国王に奥さんを差し出す貴族はそれが狙いなのかも。
フィルって実は兄弟が沢山いるのかも知れない……
詳しく知りたいけど、さすがのスチュアートも教えてくれなさそう。こういう話は侍女の方がいいのかな。……駄目元で聞いてみるか。
数日後、あたしはお母様の侍女ドミニクに突撃した。
とりあえず鎌を掛けてみよう。
「ねぇドミニク、フィルには兄弟がいっぱいいるって聞いたけど本当?」
「まぁお嬢様、どなたからお聞きになられたのですか?」
「ないしょ」
「普通はあまり口外される事ではありませんが……可能性はあると思います」
口外しないの? ヘメカリス伯爵はアピールしまくってたみたいだったけど? 単にあたしがまだ子供だから知らされないって事かしら。
「フィルの兄弟はどこにいるの?」
王城にいるのはフィルとサラ姫だけなのだ。
「それは……」
「お母さんのところ?」
「そうですね」
やっぱりそうか。国王の子供を貴族が自分達の子供として育てるんだ。子供に責任を取らない国王ってどうかと思うわ。
……いや、むしろ逆なのかも。子供ができても責任を取って貰えないなんてマイナスにしかならない事を、貴族が喜んでやるとは思えない。国王の子供ができようとできまいと、奥さんがお手つきになるだけで旦那が出世できるのかも知れない。そう考えるとヘメカリス伯爵が浮かれて触れ回ったのにも納得がいく。政略結婚の延長みたいなものなんだな。
でも、自分の奥さんを手駒にするなんて愛がないわねぇ。それに国王は、お母様との政略結婚を蹴って王妃と結婚したくせにお召しまくりってどうかと思うわ。親族の公爵令嬢を袖にしてまで押し通したのは、内面重視というか恋愛感情で妃を選んだからなんじゃないの?
「あ、瞳が紫色の場合は王城でお育ちになりますが」
「そっか。ありがとう」
「いえ、失礼致します」
なるほどねぇ。瞳の色が紫なら国王の子供である事は明確だもんね。旦那の子供である可能性のある子だけそこの貴族が育てるという訳ね。
けどそれって大丈夫なのかな。もしアリアンヌ様が国王の子供を授かったとして、アリアンヌ様と同じ色の瞳の女の子だったらセルシスカナ侯爵家の令嬢として育てられるのよね。将来フィルが兄と妹の関係であると知らずにその子を好きになったりしたらどうするんだろ。まぁ貴族同士の不倫でも起こり得る話だけどね……
……そういえばお爺様も国王の息子だ。お爺様にも母親の違う兄弟がいたりするのかしら。
部屋に戻って貴族名鑑を開いてみる。すると、お爺様と前国王の生まれた年が……同じだった。
お爺様って不倫の子だったの!?
逆、もしくは両方ともかも知れないけど、王位に就いた前国王が王妃の子供である可能性が高い。お爺様はご自身の母親が誰なのか知っているのかな。
それからしばらくして、遊びに来たフィルが嬉しそうに言う。
「まだ内緒なんだけどね、僕、弟か妹ができるんだ」
「へぇ良かったね」
お召しまくりを思うと気分はちょっと複雑だ。でも……内緒って言った?
「あのねフィル、フィルは王太子なんだから内緒って言われたならしゃべっちゃ駄目だよ」
今回はおめでたい事だからまだいいけど、この調子で軍事機密なんかもぺろっとしゃべりそうで怖い。
「え? キャロルにも?」
「うん」
むしろ1番やめて欲しいやつだ。いずれ婚約者じゃなくなるのに、婚約期間中に知った秘密が重要な事だったりしたら、婚約破棄できなくなってしまう。できたとしても口封じに消されかねない。修道院に幽閉より怖い……
「そっか……」
「それで、フィルは弟と妹どっちがいいの?」
元気をなくしてしまったフィルを慰める為に話を続けると、フィルは喜びを思い出した様でにこにこしながら答える。
「弟がいいなぁ」
「フィルにそっくりの弟って可愛いだろうね~」
フィルにそっくりの妹でも可愛いだろうけどね。
あれ、そう言えばフィルが女の子の恰好をしても姉のサラ姫とはあんまり似てないな。フィルは父親似でサラ姫は母親似だからタイプが違うのもあるけど、ぶっちゃけフィルの方が可愛い。
サラ姫は王妃と同じ色の瞳だから王妃の娘である事は間違いないけど……いかんいかん、これ以上考えるのはよそう。
それから1ヶ月程経ち、いつもの様にフィルが遊びに来たものの何だか元気がない。
「フィルどうしたの?」
「……お母様のお腹の赤ちゃんがね、死んじゃったんだって」
あらら……流産しちゃったのか。
「残念だったね……」
「うん。だから内緒って言われたのかな……」
「そうだねぇ。みんなに喜んで貰ったりお祝いムードになっちゃうと駄目だった時につらくなるからね」
フィルは肩を落として、更にしゅんとしてしまった。
「そうなんだ……僕すごく喜んじゃった。どうすればいい?」
「何もしなくていいんじゃない? 傍にいてあげるだけでいいと思う」
「でもあんまり居て欲しくないみたいなんだ……」
「ん~同情とか心配ってする方は思いやりや労わりの気持ちからでも、される方は放っておいて欲しいと思う場合があるから難しいね。悲しんでいる時に気を使われるのが嫌だっていう人もいるから、そっとしておくしかないのかな……」
「そっか……」
自分以上に悲しんでたり悔しがっている人を見ると気が晴れたりもするけど、わざとらしくやられると逆効果だもんね……
「もしキャロルが落ち込んでたらどうして欲しい?」
そう聞かれてふと、転生前にホストの彼氏に自分のお店を持つ為の資金を全部持ち逃げされたのを思い出した。あの時、滅茶苦茶落ち込んだけど、ゆうこママが傍にいてくれて、1人じゃなくて助かったな。
「私は好きな人だったら傍にいて欲しいかな。フィルはどうして欲しい?」
「僕も一緒にいて欲しいなぁ」
じゃあフィルがつらい時は一緒にいてあげよう。
……まずは今か。
「フィル、ドレス着る?」
「うん」
フィルは表情を緩めて頷いた。
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