第13話 従兄

 エメリック兄様と手紙でやり取りをして、学園の休日である今日、お家に伺う事になった。


 お母様と一緒にヘリオストロープ公爵家の町屋敷を訪ねる。

 伯母様は全くお茶会を開かないので、ここへ来たのは久しぶりだ。


 馬車を降り、大きなコリント式ポルチコを抜けた先の玄関で、伯母様とエメリック兄様が出迎えてくれた。

 なんと、エメリック兄様はミスルト学園の制服を着ている。

 休みの日なのにわざわざ着てくれたのね!


「エメリック兄様! 格好良い!」

「こらキャロル、ご挨拶なさい」


 お母様に怒られたあたしを見て、伯母様とエメリック兄様は笑っている。

 カーテシーできちんと挨拶をする。


「伯母様、エメリック兄様、ごきげんよう」

「キャロルいらっしゃい」

「いらっしゃいキャロルちゃん」


「ごきげんよう、お義姉様、エメリックさん」

「いらっしゃいませ叔母様」

「ごきげんようマルティーヌさん。さあさあ中へどうぞ」


 あたしはエメリック兄様の全身をくまなく観察する。ミスルト学園の男子の制服は上下共に濃紺の詰襟で、白のトリミングが施されている。フロントと左右のパッチアンドフラップポケット及びエポーレットのボタンは金色で、全てゲームのまんまだ。

 はぁ~やっぱりここってキスどきゅの世界なのね。


「気に入ってもらえたみたいだね」


 エメリック兄様はくすぐったそうな顔で困っている。

 はっ! ガン見し過ぎた。


「行こう」

「はい」


 笑顔のエメリック兄様に手を差し出され、その手を握ってお母様達の後に続いた。



 応接間に通されて、お茶を頂く。


「エメリックさん、こちらでの暮らしはどう?」


 お母様がエメリック兄様に問いかけた。


「すっかり慣れましたが、未だに朝目覚めてヘリオストロープの部屋じゃない事に驚いたりはしますね」

「ずっとあちらでしたものね」


 あたしは以前から疑問に思っていた事を聞いてみる。


「どうしてエメリック兄様は私達みたいにラプソンとヘリオストロープを行き来しなかったんですか?」

「僕とジスランはヘリオストロープでお爺様に守られていたんだよ」


 やっぱり、伯父様が出張で留守がちだし伯母様も毎回一緒に行くみたいだから保護者変わりって事かしら?


「キャロルちゃん、お菓子はいかが? 旦那様が異国の大使に頂いたのよ」

「いただきます」


 伯母様に勧められたお菓子を手に取り半分に割ってみると、中に黒い物が詰まっていた。食べてみたらなんと! 餡子だった。


「月餅!」


 うわ~懐かしい。


「そうそう。そんな名前だったわ。よく知ってたわねぇ」

「本で……読みました」


 危ない。


「キャロルちゃんは本が好きなのよね?」


 お茶会で読んでいるふりをしているアレの事を言っているのかしら。


「はい」


 という事にしておこう。


「へぇ知らなかった」


 エメリック兄様は驚いている。

 そりゃそうだろう。エメリック兄様の前で本を読んだ事がない。


「エメリック、何か面白そうな本を貸してあげたら?」

「女の子が好きそうな本はあったかな……。キャロル、後で部屋に見においで」

「はい!」


 本はどうでもいいけどエメリック兄様の部屋には行きたい。



 しばらくお茶とお菓子を楽しんだ後、エメリック兄様の部屋へお邪魔する事になった。

 エメリック兄様と手を繋いで半円形のらせん階段を上る。


「キャロルはどんな本が好きなの?」

「チェスの本はありますか? ジスラン兄様に勝ちたいんです」

「あはは。あいつも手加減してあげればいいのに」

「いいんです。いつか実力で勝ちます」

「成長したねぇ」


 感心されてしまった……



 到着したエメリック兄様の部屋は、壁も天蓋も椅子の張地もライトブルーで統一され、白い家具で揃えられた爽やかなインテリアだ。そして大きな本棚には本がたくさん並んでいる。


「ん~チェスの本はないなぁ、ヘリオストロープに置いてきちゃったみたい」

「じゃあ来年の夏に見せて貰いますね」


「キャロルは普段どんな本を読んでいるの?」

「歴史とか政治が多いです……」


 子供が興味なさそうなやつ。


「ええ!? すごいな」


 読んでいるというより見ているだけだからあまり突っ込まれたくない……話題を変えよう。

 本棚から離れ、ソファに座る。


「そういえば、お爺様が山にガゼボを作ってくれたんですよ!」

「うん、夏に見て来たよ」

「エメリック兄様も一緒に紅葉狩りに行けたら良かったのに」

「そうだね。でも学園に通っている間は無理だな」


 エメリック兄様もソファに腰掛けた。


「学園は楽しいですか?」

「うん。楽しいよ」


 いいなぁ。早く通いたい。


「そういえば、男の人はみんな学園に通うんですよね?」

「男子の場合は学園での成績が卒業後の官位や進学に影響するから、婚約者がいてもいなくても通うね」


「エメリック兄様とジスラン兄様には婚約者はいないんですか?」

「うん。いないよ」

「じゃあ学園でお相手が見付かるかも知れませんね! エメリック兄様はどんなタイプの女性がお好きなんですか?」

「頭の良い人かなぁ」


 へぇ、ジスラン兄様と同じだ。キスどきゅのジスランルートの攻略の鍵は〝知力〟だった。


「エメリック兄様はモテるでしょうからすぐに良い人ができそうですね」

「どうかなぁ」


 あら、ボルテージ低いわね。好みのタイプの令嬢にはまだ出会えていないのかしらね。


「それよりも、キャロルがお嫁に来てくれたらいいのにな」

「まぁ!」


 きゃー! 嬉しい!


「キャロルに婚約者がいるのが残念だよ」


 フィルとは結婚しないけどね。


「まぁキャロルが幸せなのが1番だからね。みんなそう思ってるよ」


 そう言ってエメリック兄様は優しい眼差しであたしの頭を撫でた。


「私だってエメリック兄様に幸せになって貰いたいですよ」

「ありがとう。ジスランも幸せになれるといいな……」

「そうですね」


 エメリック兄様ってば本当にジスラン兄様の事が好きよね。



「そろそろ下に戻ろうか」

「はい」

「歴史や政治が好きならこれなんか面白いよ」


 そう言ってエメリック兄様は本を2冊貸してくれた。

 そっか、本を借りに来たんだった。忘れてた。


「ありがとうございます」



 部屋を出る時ふと聞いてみた。


「ジスラン兄様のお部屋はあるんですか?」

「僕の隣の部屋になると思うよ」


 あたしは奥の扉を指差した。


「こちら?」

「ううん。そっちは両親の寝室」

「え? 伯父様と伯母様は同じお部屋なんですか?」

「うん」


 うちの両親は別の寝室を使っている。部屋が沢山あるとそういうものかと思っていたら違うらしい。伯父様と伯母様が特別仲が良いからなのか、うちの両親の仲が悪いせいなのか……



 帰ってからエメリック兄様に借りた本を読んでみたところ、本当に面白かった。貴族名鑑と照らし合わせて、ここのご先祖の話なのね~と考えると尚おもしろい。結構ハマりそうだ。

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