第6話 王子

 今日はまたしても宮廷でのお茶会だ。前回王妃が病欠となった為、仕切り直しとなったらしい。


 あたしはいつもの様に本を読んでいるふりをしながら御婦人達の話を盗み聞いている。

 すると、フィリベール王子の視線が1人の女の子に釘付けになっている事に気付いた。

 恋か?


 しばらく観察していたら、今度は別の女の子を目で追っている。

 あんなにじっくり見たら見られている子と目が合いそうなものだし、見られている子も何かしら反応するはずだけど、特に反応はない。


 ……なるほど。女の子を見ているのではなく、ドレスを見ているのか。目が合わない訳だ。

 確かめてみよう。


 フィリベールの横に座っていた男の子に席を譲ってもらい、こそっと話し掛けた。


「ナディアさんのドレス、可愛いですわね」


 突然話し掛けられたフィリベールはびくっとした後、目をうろうろさせている。

 彼が今見ている女の子の名前を出したのに、ナディアが誰だか分かっていないらしい。予想通りだ。


 キスどきゅのフィリベールルートはドレスが重要なアイテムで、彼の好みのドレスを着ると好感度が上がる。今フィリベールが見ていた女の子が着ているのは、水色でフリルやリボンが付いている可愛いらしいデザインのドレスだ。そしてさっきまで見ていた女の子が着ているのはピンク色のふわふわしたドレス。ゲームでフィリベールの好感度が上がるドレスの色やデザインに近い。

 でも……あたしの中のセンサーがそれだけじゃないと言っている。


「ロザリー様のピンクのドレスも可愛らしいわ」


 今度は指で差して示した。


「うん。そうだね」


 フィリベールはそう言った後、しまった! という反応をした。

 うっかり返事をしてしまった様だ。


「あのドレス、殿下が着たらきっと似合うでしょうね」


 あたしの言葉にフィリベールが固まった。

 高校の同級生に『なんかお前カマっぽいよな』って言われた時、あたしもこんな顔をしたのかしら。経験のある人間じゃないと分からない様な僅かなリアクションだけど、これは間違いない。

 この子、ドレスが着たいんだな。


「何で……僕が?」


 隠したい気持ちはよく分かるから、気付いていないふりをしてあげよう。


「そう思っただけですわ」

「男の僕はドレスは着ないよ」

「普通はそうですけど、着たい人は着てもいいんじゃないですか?」


 別に悪い事じゃないんだよ。


「僕が着たがっていると思ったの?」


 何でバレたの? って思っているんだろうねぇ。


「私が着て欲しいと思っただけですよ。そうだ! 私の家にいらっしゃいませんか? 殿下に私のドレスを着てみて欲しいのです。絶対に似合いますよ」

「ドレスを……?」

「1回だけで構いませんから! ね! 明日のご予定は?」

「午前中は家庭教師と勉強だけど、午後は何もない――」

「では明日お越しください。お待ちしておりますね」


 あたしは無理矢理約束を取り付けて、席を立った。



 翌日、フィリベールはちゃんと我が家へ来た。


「2人だけで遊びたいから誰も入って来ないで!」とお母様やアメリーに念押して自室に案内する。


 大丈夫、君の秘密は守るよ!


 部屋に入ったフィリベールは、ピンクの天蓋に目をキラキラさせている。


「早速お着換えしましょう!」


 フィリベールの手を引いてあたしのウォークインクローゼットに案内する。


「どれにしますか?」


 フィリベールは真剣にドレスを選び始めた。

 確実に彼好みのドレスはないだろうけど仕方ない。


「これにする」


 彼は最終的にショッキングピンクとワインレッドの間くらいの色のドレスを選んだ。

 やっぱりピンクが好きなんだねぇ。


 でも、ドレスの下に着る肌着を貸して、いざ着せようと思ったところで動けなくなった。

 ……あたし、ドレスの着せ方知らないわ。


 この世界のドレスにはファスナーなんてなく、背中でひもを編み上げる為1人で着る事ができない。それらは侍女が全部やってくれるから、ドレスを着る時は立っているだけなのだ。


「侍女のアメリーを呼んでも良いでしょうか? 私ドレスの着せ方が分かりません……」

「……うん」


 人に知られるのを嫌がるかと思ったけど、フィリベールも他人に服を着せてもらうのが当然の生活だろうから、そこまで抵抗はないらしい。

 一旦部屋を出て、部屋の外で待機していたアメリーに耳打ちをする。


「今から見るものとする事は絶対に人に話しては駄目よ。驚いても駄目。いい?」


 アメリーは神妙に頷いた。


「フィリベール殿下にドレスを着せて欲しいの」


 そして部屋に入ったアメリーは何も言わず淡々と着付け作業をこなす。さすが侯爵家の侍女。

 アメリーはお母様と同じ位の年齢で、元々あたしの乳母だった女性だ。あたしにとってはもう1人のお母さんの様な存在でもある。気が利く上に、控え目な性格で余計な事は一切言わないという優秀さを両親に買われて、今は侍女として仕えてもらっている。


 全てのパーツが付け終わると……そこには天使がいた。


「いや~ん。かーわーいーいー! すっごく可愛い! その辺の令嬢よりずっと可愛い! 福眼~!」


 興奮してついホゲてしまい、あわてて口を手で塞ぐ。

 それにしても、この世界にカメラがないのが本当に悔しい。

 フィリベールは照れながらも、全身鏡に映る自分の姿に見入っている。


 アメリーに目配せすると、心得たとばかりに頷いてお茶を用意し、スッと部屋を出て行った。ほんと優秀。


 2人でソファに座り、お茶を飲む。


「サイズぴったりですね」

「そうだね」

「殿下はピンクがお好きですか?」

「……うん。でもベッドの天蓋を変える時に何色がいいか聞かれて、お姉様みたいなピンク色って答えたけど、男の子だから違う色にしましょうって言われたんだ。他の物も何色がいいか聞かれてピンクって言うと、やっぱり駄目だって……」


 あらあら、可哀想に。


「私以前、大好きな人に好きだって伝えたら気持ち悪いって言われたんです。その時は凄くショックでしたけど、今はただ好きなだけなら悪い事ではないと思えるんですよ。他人に迷惑さえかけなければ」


 幼稚園時代……初恋の思い出。


「そう……」

「後でドレスを脱いだら私のベッドで寝てみますか?」


 フィリベールは嬉しそうに目を輝かせた。


「いいの?」

「ええ」


 お茶を飲みながら他愛のない会話をする。


「殿下の好きな食べ物は何ですか?」

「ん~、ダリオルが好きだよ」


 ダリオルとはエッグタルトみたいなものだ。昨日のお茶会でも出されていた。


「宮廷のダリオルはとっても美味しいですものね」

「そうなの? 僕は宮廷でしか食べた事がないからなぁ」

「きっといい材料を使っているんだと思いますよ」

「そうなんだ?」


 取り留めもなくお互いの事を話し、気付くと随分時間が経っていた。


「そろそろベッドに横になってみますか?」

「うん!」


 フィリベールのドレスをぱぱっと脱がしてあげる。

 さっき着せるのを見ていたから脱がすだけならあたしでもできるし、男の子の服なら着せるのもそんなに難しくない。


「さあどうぞ」


 フィリベールをベッドに上がらせて天蓋を閉めた後、自分もベッドに上がって2人で寝転ぶと、外からの日の光で透けた布が、ベッドの上の空間をピンク色に染めている。


「綺麗だね!」

「でも夜は閉めてしまうと真っ暗になって、色はほとんど見えないんですよ」

「そういえばそうかぁ。昼間ベッドで寝る事はあんまりないから何色でも変わらないね」

「はい」



「お嬢様、お嬢様」


 アメリーに起こされて目が覚めた。

 フィリベールとベッドでごろごろしながら話していたら寝てしまったらしい。


「殿下、お帰りのお時間だそうです」


 アメリーに声を掛けられたフィリベールも寝ぼけ眼で目をこすっている。


「あ……寝ちゃった」



 お母様と一緒にフィリベールを玄関で見送る。


「また遊びに来てもいい?」

「もちろんです」


 ドレスを着て、ピンクの天蓋付きベッドでお昼寝をしたフィリベールはすっきりとした顔をして帰っていった。



 翌日、執事のスチュアートが部屋を訪れた。


「お嬢様、殿下からお手紙が届いております」


 封蝋で閉じられた仰々しい手紙だけど、内容は〝とても楽しかったからまた遊びに行きたい。3日後の午後に行っても良いですか〟というものだった。

 可愛いな。

 〝大丈夫ですよ〟という返事を認めてスチュアートに預ける。


 3日後、フィリベールは手土産にダリオルを持って我が家に遊びに来た。

 あらぁ、気が利くわね。



 それからちょくちょく、フィリベールは我が家に遊びに来る様になった。

 フィリベールは美形だし、可愛くて良い子だから彼と遊ぶのは嫌いじゃない。

 中身が30歳でお母様より年上のあたしにしてみたらフィリベールは子供みたいな年齢だけど、子供がいた事がないからあまり我が子というもののイメージは湧かない。だから感覚的には年の離れた弟か従弟みたいな感じだ。

 そして、フィリベールが来てくれると楽器の練習が免除される。これが本当に有難い。この身体にはピアノやヴァイオリンを演奏するセンスがないらしく、練習が苦痛でしかないのだ。


 今日もアメリーによるドレスの着付けが終わり、フィリベールと2人でお茶を飲んでいる。

 着せ替えごっこをしているとついついオネエ言葉が出てしまうので、もう取り繕う事もやめた。凄いラク。


「殿下、次のお茶何にする~?」

「殿下って何か嫌だなぁ。フィルって呼んで」

「じゃあ私もキャロルで」

「うん」


 すっかり仲良しだ。


「キャロルもうすぐ誕生日だよね。プレゼント何がいい?」

「欲しい物ないから別にいいよ」


 それにあたしあげてないし……。フィルの誕生日はたしか夏で、もう終わった気がするけど、日付すら覚えていない。……後で調べておこう。


「え~駄目だよ」

「あ、じゃあさ、今度誕生会で着るドレスを作るの手伝って!」

「良いけど裁縫はできないよ?」


 そりゃそうだ。


「デザイナーのマダムが来るからデザインを一緒に考えて欲しいの」


 あたしのドレスはどうせフィルも着るんだから、もういっそ自分の好きな様に作ったらいいと思う。あたしはこの世界に来る前も女装には興味なかったし、今もドレスにこだわりはないからフィルが楽しいならそれでいい。

 本当はフィルにドレスをプレゼントしてあげられるのが1番いいんだけど、そういう訳にはいかないからねぇ。


「そんなのお安い御用だけど……」


 何かあげたいと言ってくれたフィルは納得していない様だけど、了承してくれた。



 数日後、邸に来たマダムをフィルと共に迎えた。

 彼女と一緒にデザインを考えるフィルはとても楽しそうだ。「ここをふわっと」とか「ここにリボンを」というフィルのオーダーにプロが応えて紙に書いていく。

 想いが形になるのは嬉しいよね。

 あたしは口を挟まず、お茶をすすりながらその様子を見守っている。


 するとフィルがあたしを振り返った。


「キャロルはどうしたい?」

「フィルに任せるよ~期待してるね」

「分かった!」


 フィルは与えられた任務を遂行すべく、やる気満々だ。


 デザインが決まり、マダムが帰る時にはフィルが耳元で内緒話をして、彼女はにっこりとほほ笑んで頷いた。

 随分仲良くなったわねぇ。




 出来上がり、我が家に届けられたドレスは、なぜか〝王太子殿下からの誕生日プレゼント〟になっていた。どうも、あの時の内緒話は、支払いは僕に回してくれといった話だったらしい。

 若いのに紳士ね……

 お母様は「ドレスのプレゼントなんて素敵」と、とても喜んでいる。

 うん、まぁ半分はフィルのだけどね。


 ドレスはフィルのこだわりがつまった、彼らしい一品だった。袖やスカートの裾がバルーンになり、生地と同色のフリルリボンがネックラインから縦に足元まで伸びて裾にもぐるっと使用されている。もちろん色はピンク。

 任せると言ったのだから、たとえ酷い仕上がりでも受け入れようと思っていたけど、とても可愛く出来上がっていた。



 10歳の誕生日当日、我が家で開いたパーティにはフィルも来てくれた。


「誕生日おめでとう!」

「可愛いドレスありがとう」


 絶対あたしよりフィルの方が似合うんだけど、この場では言わないでおこう。



 後日、遊びに来たフィルに、ドレスを着せてあげた。

 フリルリボンがとても似合っていて可愛いんだけど……短髪なのがどうにも残念だ。


 ……そうだ! フィルの誕生日にはウィッグをプレゼントしよう!

 この世界にもカツラはあるんだけど、アフロが伸びた様なやつとか、パンチが伸びた様なやつしかないのよね。しかもおじさん用。

 フィルの誕生日までまだ半年くらいあるけど、フィルの髪と同じプラチナブロンドのウィッグがうまく手に入るか分からないから今のうちに注文しておかなきゃ。



 その後、ドレスのデザイン作業が気に入ったフィルは仕立て屋のマダムを王城に招き、勝手にドレスを作って持って来る様になった。

 楽しそうで何よりだ。

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