Day 5 「チェス」 恋の駆け引きの行方
彼女はとても聡明な女性だ。
気配りもできるし、言葉も優しいので賢い、という事が鼻につかない。
そして、美しさも兼ねた、まさしく才色兼備の女性なのだ。
そんな彼女に恋をして早一年。
会社の同僚でもある彼女と、ようやく初めてのデートにこぎ着けた。
とは言っても、デートだと思っているのはこちらの一方だろう。
勤めている会社の社員の中ではチェスが人気だ。
人気のあまり、三ヶ月に一度は同志によってトーナメント戦が行われるほど。
賢く多趣味な彼女も、よく参加していた。そして、参加すれば優勝か準優勝となってしまうので、ついに殿堂入りしてしまったのである。
「これからは将棋の勉強でもしようかしら」
嫌味ったらしくなく、屈託ない笑顔で言ったのが記憶に新しい。
そんな彼女に、時間を持て余しているなら一緒に母の誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいと誘ったのだ。
優しく聡明な彼女は、母に似合いそうでそれでいて、使いやすそうな女性用のバッグを選んでくれた。びっくりさせてあげると良い、というので母の誕生日に日付を指定して宅配の手配をした。
「お礼に映画でもどうかな?」
「あら!私それとっても観たかったの。嬉しいわ、ありがとう」
先日、休憩室で流れていたテレビを観ていた時に入ったCMで紹介されていた恋愛映画だ。近くで女性の同僚と楽しげに気になる、と語っていたのを聞いていたのである。
屈託ない笑顔に安心して、揃って映画を見る。
「あの映画、やっぱりとても面白かったわ」
「ラストが意外だったかな」
喉が渇いた、という彼女と近くのカフェに入る。テレビで紹介されていたような純愛をテーマにした映画だったが、若干のミステリが含まれていた。
特にヒロインが最後に主人公から告白させる流れは鮮やかだった。てっきり、想いを寄せていたヒロインから告白するものだと予想していたからだ。
「でも、すごく良い映画だったね」
「とっても良かったわ。私、今度は予告でやってたヒーロー映画も気になってきちゃった」
「実はあのシリーズ、凄く好きなんだ。ネタバレになっちゃうから言えないけど」
「あらそうなの?」
気になるわ、と笑いながら彼女は上品な所作でもって紅茶を飲むのを見つめてしまった。
これはその映画も一緒に観ませんか?と聞けるタイミングなのかも知れない。
「あの、良かったらまた一緒に映画、観に行かない?その、気になってる映画とか、さ」
「でも良いの?私たち付き合ってる訳でもないのに」
彼女が心配そうに言うものだから、俺は改めてその聡明さに恐れ入った。
さすがはチェスの名手。気づかないうちに攻められていたのか。
「…実はずっと好きでした。デートとして今度は一緒に映画を見に行きませんか?」
肯定をくれた彼女の笑みは、今まで見たどんな笑顔よりも美しかった。
帰り道、彼女を抱き締めて、次の約束をして別れる。
母へ買った物を宅配してはどうかと提案してくれたのは、俺の両手を空けておく為だったのだと気づいたのは家に着いてからだった。
本当に、彼女はとても聡明でいじらしい女性だ。
ますます好きになってしまうではないか。
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