Day 4「琴」 心の琴線に触れるもの

日暮れが随分早くなり、木々が緑から紅や黄、橙などに葉の色を変える頃になると、決まって懐かしい音が耳に流れて来るのです。



まだ私が小さかった頃の事です。

古い神社秋祭りは、今と比べる事もできぬくらい、それはそれは大層素晴らしい物でした。


沢山の出店に、神様の無聊をお慰めするために呼ばれた大勢の大道芸人たち。この日ばかりは、大人たちも随分甘くて、お小遣いを多めに握らせてくれたものでした。


特に私たち子供が楽しみにしていたのは、旅人さんの音楽です。

町から町へ、山を越えて川を渡り、時には国すらもなく旅をする彼らの一座は、決まって秋の大祭りにやってきました。

そうして、異国の笛だの伝統の太鼓だのを披露してくれるのです。

中でもその年の目玉は、素晴らしい手風琴だったと今でも私はしみじみ思い返します。

蛇腹のついたような箱を左右から潰すようにしたり、時には引き伸ばしたりしながら、器用に指先で鍵盤を弾くのです。

音と音の間を繋ぐような、蛇腹の吐息のような音が、秋の色合いによく似合っていました。


それはとても素敵な音色でした。

目の奥がぎゅっとして、心がふわりと切なくなって、何故だか泣きたくなるものでした。


「何か魔法でもかかっているのですか」


演奏を終え、仕舞われる手風琴を見に行く時に雀色をしたコートを羽織る背の高い男の人は穏やかに笑うと言いました。


「それはこの音楽が君の心に触れた、という事だよ」


また来年、と冬になる前に大道芸人たちは去って行きました。

けれども、手風琴の彼が村の秋祭りにやってきたのは、どう考えても、その年一度きりだったのです。



秋の風が髪をいたずらに髪を掻き揚げ、葉を吹き飛ばす頃合いになると、決まってあの素晴らしい音色が心の中で響きます。


ふとした時に、アコーディオンの音色とを思い出すのです。

あの時の激しい感情は、あれからどんな音楽を聞いても心に芽生えて来ません。

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