第9話 聖女は撲殺がお好き

「え? ファルコ、本当にそれで出かけるつもり?」

「本当も嘘もこれしか、着る物がない」


 嘘偽りなく、僕は服を持っていない。

 そんなに驚かなくてもいいのに。

 エリーはそれでなくても大きな目から、瞳が零れ落ちそうなくらいに目を見開いた。

 そこまでびっくりすることかな?

 服なんて、着なくても平気じゃないか。

 僕は武器も防具も無い方がかえって、強いくらいだし。


「アノデスネ、まずはお買い物をサレテカラがよろしいデスヨ。レディは身だしなみ重要ナノデス。これ人の常識ネ」


 ドヤ顔だけではなく、したり顔も出来る。

 なんとも器用な猫だ。

 だが余計なことを言わなくてもいいのに。


「それはいいアイデアね、パリュちゃん。まずは洋品店でファルコの服を見繕いましょ」

「えー」

「えーもだってもありませんっ。お姉ちゃんの言うこと聞けないの?」

「服とかいらないし」

「いりますぅぅぅ! つべこべ言わず、行くんですぅぅぅ!」

「はい……」


 語尾を伸ばすエリーはかなり危険。

 僕はこれまでの経験で身をもって学んでいる。

 下手に逆らわない方がいい。

 逆らうと命の保証は無くなるだろう。


 冒険者ギルドに行く前にエリーの馴染の洋品店に寄って、店主とエリーの着せ替え人形にさせられること一時間。

 もしも、ライフポイントが目に見えるものであったら、こう言われてる。

 『もう、やめて。ファルコのライフポイントは0よ』ってね。


 そして、色々な服を着せられて、時間がかかった割に選んだの黒いジャケットとミニスカートだ。

 ミニスカートはホットパンツの上に履いて、少しでも肌の露出を下げたいらしい。

 タンクトップも肌が見えすぎるという理由で上に羽織って、隠せるジャケットだったのだ。


 もちろん、淡い色合いを着せようとするエリーと無言の攻防を続けた。

 これだけは譲れないので上から下まで黒尽くめだ。

 理由は特に無い。

 出来るだけ、忍べるように黒くなければいけないと心の中で何かが囁いているだけだ。


 その後、このままでもいいと言うのに伸ばしっぱなしで無造作に整えられた髪にも駄目出しされた。

 これまた、エリーの馴染の美容師さんのところでカットしてもらうことに決まった。

 僕よりも何もしてないパリュの方がぐったりしている。

 ともあれ、どうにか、人前に出てもましな格好になったらしい。


 冒険者ギルドに着くと人だかりが出来て、騒然としている。

 一体、どうしたんだろう?


「何か、あったのかな? 魔物の異常発生は収まったんだよね?」

「さあ? どうなんだろ」


 パリュは我関せずとばかりにエリーに抱かれながら、生あくびをしていた。

 さては無関係で無害な猫の振りをするつもりだね。

 まぁ、いいか。

 パリュの正体をいちいち説明するのも面倒だ。

 怪しいところはあるが悪いやつではない気がする。


「とりあえず、入ろう」

「うん、報告はしておかないと行方不明扱いされてるかもしれないわね」




 エリーの言っていたことは杞憂じゃなかった。

 受付嬢にギルドカードを提示するとミッシング扱いされていたことを知らされた。

 どうやら、犯人は僕を穴に落としたあいつらしい。


 僕とエリーが落ちてから、パリュが現れたようだから、十階層は恐らく、酷い有様になっていただろう。

 むしろ無事だったんだ?

 その方が驚きが大きい。

 まぁ、Bランクなんだから、実力はあるんだろうし、おかしくはないんだろうか?

 しかし、自分が落としたのに行方不明と報告するなんて、おかしいね。


 そう思っても仕方ないとは思うんだ。

 あの高さを落下して、おまけに黒い獣が暴れてたんだから。

 そりゃ、行方不明扱いでもしょうがないと思う。

 僕たちは特に抗議することもなく、行方不明を取り消してもらうだけに留めておいた。

 怒りを感じていない訳ではないがエリーが無事なんだから、それでいいということにしようと決めた。

 グーフォさんなら、きっとそうしただろう。


義姉ねえさん、何かのクエストを受けておこうよ」

「え? クエストって何?」

「は?」

「ん?」


 エリーって、その辺りの話も知らないでCランクまで上がったんだ……。

 ある意味、びっくりだよ。

 聖女だから特殊なんだろうか。

 とりあえず、エリーに冒険者としてのABCを簡単に説明した。

 ギルドからのクエストをこなすことで報酬を得ることも理解してくれた。

 さぁ、クエストを選ぼうということに決まったのだが……


「討伐、採集、護衛、雑用と色々、あるんだよ」

「ふぅ~ん、討伐でいいんじゃない?」

「え? 義姉さん、大丈夫?」

「任せて。お姉ちゃんはこう見えて、光魔法だけじゃないんだから」


 そう言うとエリーは純白のローブのどこから取り出しのか、物騒な見た目の武器を手にした。

 トゲトゲが生えた殴打部分を備えたエリーにはあまり似合わない見た目の武器だ。

 棍棒系統のモルゲンシュテルン……撲殺に最適な危険な武器だったか。


「そ、そうなんだ?」


 意外と討伐クエストでいけるのかもしれない。

 そうだ!

 パリュもいるんだし、僕が露払いで掃除すれば、いいだけじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る