第6話 最近の猫は料理が出来るらしい

 吐きすぎたせいか、やや頬がこけて見えるエリーの様子が心配なのでおんぶして、家まで帰ることにした。

 もう走ったりしないのにというとやや怯えた表情を見せるのはやめて欲しい。

 パリュは猫なのに空気を読むのがうまい。

 何も言わず黙ってついて来てくれる。

 

 僕らの家はいわゆる山の手にある。

 いわゆる高級住宅街の一角にあるちょっと古ぼけた屋敷だ。

 年代を感じさせる木造住宅が僕らの家。

 正確にはエリーの父親であるグーフォさんが冒険者時代に稼ぎ、購入したものだ。

 元は貴族の別荘だった邸宅で幽霊屋敷という噂が立っていた曰く付きの物件。

 かなり昔の建物だからというせいか、夜な夜な幽霊が出るとか、買い手が付かなかったらしい。

 とても安く買えたのだとグーフォさんが笑って言っていたが幽霊らしきものは未だ、一度も見たことがない。

 たまに誰かが歩くような足音がするくらいか?


「疲れた」

「ココが主のお家ですか。いいお家デスネ」


 本当はエリーを着替えさせてから、ベッドにちゃんと寝かせてあげたいんだが、僕ももう体力が限界らしい。

 エリーをどうにか、ベッドに寝かせ終わると体を引きずるように自分の部屋に戻った。

 ベッドに倒れ伏し、そのまま、僕は意識を手放すのだった。




 吹き抜けていく風が心地よく、わたしは深緑の生い茂った草原に仰向けに寝転ぶ。

 女なのにこんな姿を晒すとまた、どやされる気がするが気にしない。


「十五番、こんなところにいたのか?」


 やや低い声色はわたしを咎めるでもなく、聞こえてきた。

 視線を向けるとこちらを見つめる吊り目気味のやや目つきが悪い黒曜石を思わせる瞳と目が合った。


「十三番も暇だね。こんなところに来ちゃって」


 わたしの嫌味にも何ら、反応を見せず、ふっと軽く笑い飛ばすだけで彼はわたしの隣に同じように仰向けになると空を眺め始めた。

 一体、何がしたいんだろう。


「お前はもっと自信を持っていい」

「また、それ? わたしはあなたみたいに何でも出来る人間じゃないんだ」


 これはわたしの僻みだろうか。

 彼は学問においても体術においても何をやらせても出来る男だ。

 わたしはどの分野においても彼には遠く及ばない。


「お前の長所は何だ?」

「わたしの長所? そんなものないよ」


 彼はまた、ふっと軽く笑い飛ばすと勢いよく、立ち上がってから、言った。


「お前の強さはその身体だ。その身体を磨くといい」


 それだけ言うと片手を軽く上げ、去っていった。


「何だ、あいつ……何がしたかったんだろう? でも、身体が強さか」


 右手を上げ、拳を握り締めて、独り言つ。




 何だか、変な夢を見た気がする。

 いや、それ以前に僕は寝ちゃったのか。

 今、何時なんだろう?

 まだ、はっきりしない頭に気合を入れようと軽く頭を振ってみる。

 居間に行くとパリュのやつがちゃっかり、ソファの上に丸まって、寝ているのに気付いた。

 中々に根性が据わっているというか、要領のいいやつ。


 カーテンを閉めていなかったから、窓から外の様子が窺い知れた。

 既に夜の帳が下りていて、ランプも灯していない室内は静寂と闇に支配されている。

 エリーは起きてないようだ。

 無理もないと思う。

 あれだけ、嘔吐していたら、身体は相当、消耗しているだろう。


 夕食の準備をするべく、ランプに火を灯した。

 食事の支度は僕がやらなくちゃ、いけない。

 これはエリーが疲れているから、代わりにやらなくちゃいけないって訳じゃない。

 僕がやらなくちゃ、いけないのだ。

 エリーには変な才能がある。

 それも危険な才能だ。

 作った料理が殺人級の味になってしまうのだ。

 いくら練習を積んでもレシピ通りに作ってもそうなってしまう。

 彼女には料理を諦めてもらうしか、なかった。

 だから、グーフォさんが生きていた頃は彼が料理を担当していて、今は僕が担当している訳だ。


「消化が良さそうなものって何だろ」

「ライスを煮たら、ドウデショウ?」

「あれ、君は猫なのに料理が分かるの?」

「エエ、多少の知識はアリマスヨ。猫じゃネーデスシ」


 いつの間にか、起きて側に来ていたパリュが食卓に上がっていた。


「リゾットはあまり、消化よくないか」

「デスカラ、お粥がイイデスヨ。病人はお粥。昔カラ、そう相場決まっているノデス」

「そういうもんなのか」


 昨日、炊いたお米が残っていたから、あれを使うかな。

 それだけだと味気無さそうだな。


「卵でとじたらドウデショウ」

「あ、それいいね」


 保冷庫に残っていた卵を煮えてきたお粥に加え、出来上がり。

 味見をしてみる。

 うん、ちょっと味薄いな。

 吐いた後だから、これくらいの方がいっか。


「フムフム、お粥デスネ。テキスト通りって感じデスヨ」


 パリュが器用に触手でスプーンを使って、味見をしている。

 味見をする猫……新しい。


「最近の猫って、料理出来るんだ?」

「コホン、私は猫じゃネーンデスヨ。私、パリュは聞いて驚くがいいデスヨ。クァールという由緒正しき種族ナンデスヨ」

「くぁーる?」


 ドヤ顔をしているパリュには悪いがそんなの聞いたことない。


「知らないんデスカ? 知らざあ言って聞かせヤショウ」


 パリュ、もしかして、面倒なヤツか?

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