第5話 黒猫特急

 思った以上に早く、着いた。

 十階層から五階層までと五階層から地上までは構造自体にも違いがあるのかもしれない。

 出現する魔物の強さが違うだけかと思っていたがその辺りが初心者の冒険者でも踏破可能なエリアと熟練者でなければ、足を踏み入れることすら許されないエリアの違いというものなんだろう。


「大丈夫?」


 ダンジョンを脱出して、降ろした途端に草むらに駆け込んでいった一人と一匹。

 声を掛けるが返答はない。

 手持ち無沙汰でしょうがないので自分の姿を確認してみることにした。

 エリーが乙女の嗜みがどうのと言っていた気がするし。


「あっ」


 思っていた以上に酷かった。

 上着のチュニックはボロボロになっていて、辛うじて身に纏ったボロキレという状態だ。

 元から、肩まで露出するデザインだったのかというくらいに出ている。

 袖? そんなものは最初から、なかったのだというくらい潔く、無い。

 この上着、タンクトップだったか?

 胸を押さえる為に巻いていたさらしもなくなったのでいかがわしく見える恰好とも言える。

 履いていた茶色の革のパンツもパリュの爪が当たって裂けていた。

 まるでアシンメトリーのそういう際どいデザインのパンツかっていうくらい大胆なになっている。

 普段、ガチガチに着込んでいたものだから、日に当たっていないせいだろう。

 やや不健康にも見える透き通るような白い太股と脛が見えていた。


「まぁ、見えても減るものじゃないし、町に戻ってか……」

「な、何を言ってるの、ファルコ。そんな恰好で歩いちゃ駄目よ、駄目」

「もう大丈夫?」

「吐いたから、大丈夫よ? じゃないでしょ! そんな恰好、駄目! 絶対!」


 吐いたから、気持ち悪いのが少しは収まったのか、戻ってきたエリーだが顔色は青白く、少々やつれてしまったように見える。


「これだけでもましだから、着けなさい」

「はい」


 これは言うこと聞かないと本気で怒る前の顔。

 いつも優しく、笑顔を絶やさないエリーだが、怒るとあのグーフォさんの娘だっていうことが良く分かるくらい危険なのだ。

 以前、家の中を暴風雨が吹き抜けていった有様になった記憶がまざまざと蘇り、素直に言うことを聞くことにした。

 手渡された彼女の羽織っていた白いマントを露出した肌を隠すように身に纏う。

 この白いマントは聖女を象徴する非常に大事な物のはずなんだが……。


「うむ。素直でよろしい。ファルコは普段、隠してるけどその、駄目なのよ? 世の中の男の人は全部、狼だから、危ないの。父さんがそう言ってたもの」


 胸に手を当てながら、熱弁を振るうエリーだがグーフォさんの受け売りを披露しているだけのようだ。

 それが合っているのか、僕には良く分からない。


「ふぃ、酷い目に遭いましたぁ。あぁ、コホン。お嬢さま方、その考えは概ね合っておりますが、間違ってもおりますよ?」


 草むらから、これまたゲッソリとした表情で遅れて出てきた二足歩行型黒猫もといパリュが芝居がかった動きをしながら、したり顔でそう言う。

 だが猫に言われても『はい、そうですね』とは言い難い。


「大丈夫。問題ない。絡まれたら、排除する」

「ファルコ…それ、違うと思うよ? 排除は駄目よ」


 さて、戻ってこれたのだし、町に戻らないといけないが馬でもおよそ一日はかかる距離だから、どうしようか。

 僕はともかくとして、エリーは休みを取らずに歩き続けるの辛いだろう。


「お困りのようデスネ。そこはこの私、パリュにお任せクダサイ」


 猫でもドヤ顔はあるのだと変な意味で関心してしまう。

 とにかく、ちょっとイラっとくる顔のまま、パリュは胸を張って、そう切り出した。

 再び、跳躍して空中で一回転したパリュは四足の猫型の生物に変身する。

 今度は黒猫サイズではない。

 馬くらいの大きさがある猫型の生物だから、大型の肉食獣くらいは軽くあるだろう。

 人が乗ることは出来るだろう。

 乗ることが出来ると乗って快適なのか、は別問題ということだ。


「さぁ、どうぞお乗りくださいマセ」


 ウネウネと蠢く二本の触手が気になるが馬に乗り慣れていないエリーを手伝って、まず彼女を先にパリュの背に乗せる。

 僕はそのまま、走った方が速い気がする。

 だが、好意で乗せてくれるというのを断るのも人として、どうだろうか?

 ここは人ではないが猫の厚意に甘えるとしよう。


「それでは黒猫特急マイリマース」


 パリュはとても速かった。

 それはもう風のように舞う。

 風と同化するとはああいうものだろうというくらいにね。

 問題は乗り心地の悪さで僕の腰にしがみつくエリーの力の強いこと。

 また、気分が悪くなってきて、必死なんだろう。

 僕も正直、目が回るとは言わないけど、二度と乗りたいと思えないのは確かだ。

 鞍の無い裸馬でも辛いのに猫だからね。

 乗り心地なんていうものを期待するのが悪かったんだ。


 一日かかるどころか、ほんの数時間で町に戻れたのが唯一の救いかな?

 町の外れで目立たないように再び、黒猫サイズに戻ったパリュとともに草むらにお花を摘みに行ったエリーを待つ。

 今日のエリーは吐いてばかりだから、夕食は栄養がありそうなものと水分を多く取るべきだな、と思いながら。

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