第4話 コンゴトモヨロシク

「触れし全てのものに等しく癒しを与えん。神聖治癒ディバインヒール


 辺り一面を眩いばかりの光が包んでいき、思わず目を瞑ってしまう。

 こんな危険極まりない場で目を瞑るとは粗忽者め! と黒髪の目が鋭い青年に叱られそうだ。

 え? 誰? 何で叱られるんだ?

 何だろう……一瞬、脳裏をかすめた青年は誰?


「あれ? 小っちゃくなった……」

「どういうこと? 義姉さん、何したの?」

「何って、回復魔法使っただけよ」


 僕たちを軽く一飲み出来る大きさを誇った体躯が縮んでしまった黒い獣がそこにいた。

 僕に切断された触手や手足も元通りになっているものの家猫くらいのサイズになっている。

 肩から、妙な触手が生えた黒猫くらいにしか、見えない。


「アリガトウ。聖女サマ。私の呪い解けた」

「し、しゃべったー!?」

「義姉さん、落ち着いて。たかが猫が喋っただけ。どうということはない」

「え? どうということあるでしょ? 猫が喋ったのよ」


 確かに猫が喋るのはおかしい。

 おかしいがこれはそもそも、猫なんだろうか?

 触手が生えた猫はいないし、元はあの凶悪な黒い獣だ。

 まともな存在であるはずない。


「私、パリュと申しまして……この姿では説得力ナイですか。では」


 黒い獣改め黒猫ぽい何かは跳躍して、くるんと一回転する。

 そこには……


「その姿だと説得力があると思ったんだ……?」


 人間のようにすくっと二本足で立ち、足には目にも映える真っ赤なブーツ。

 頭には羽飾りの付いたこれまた、真っ赤な帽子シャポーをかぶっている。

 だけど、どう見ても黒猫が二本足で器用に立っているだけにしか、見えない。


「アレ、おかしいですね。人間はこの姿に親近感を抱くハズなのに」


 やっぱり、こいつ変。

 関わらない方がいいんじゃないかと思う。


「うっわー、かっわいいー!」


 あぁ、エリーはこういう可愛い系統のものに弱いんだった。

 自称パリュと名乗る黒猫らしき何かを抱き締めて、頬を摺り寄せている。

 あちらはやや迷惑そうな顔をしているように見えるがエリーがあんなに近づいて、さらに触ってもらって、迷惑がるとは万死に値するのでは?

 三枚に下ろして、猫鍋にしてやろうか……ちょっと仄暗い考えが頭をかすめる。


「ねぇ、ファルコ。この猫ちゃん、飼ってもいい?」

「「は?」」


 僕と猫もどきの声が意図せず、ハーモニーのように木霊する。

 エリー、これは猫じゃない。

 猫もどきもそう思っているから、声をあげたんだろう。


「で、では私を仲間として認めていただいたということでヨロシイですね。光栄に存ジマス。コンゴトモヨロシク」


 シャポーを脱ぎ、優雅に一礼する猫もどきことパリュは自分が仲間と言い始めたようだ。

 仲間ね……こんな得体の知れない獣もどきが信用出来るのかな。

 まぁ、人のこと言えないか。

 僕だって、得体の知れない力が何だか、分からない怪物なのにね。


「よろしくね、パリュちゃん」


 エリーはお人好しにも程があると思う。

 あっさりと認めちゃうとはね。

 でも、それでこそ、エリーだなとも思う。

 エリーにはずっと優しいままでそのままでいて欲しい。


「義姉さん、僕が負ぶった方が早いから、それでいくよ。パリュだっけ? 君はついてこれる?」

「勿論ですとも」


 再び、くるっと跳躍し、一回転したパリュは黒猫のような姿になると…僕の頭の上に乗っかった。

 それはついては来れるね、間違ってはいない。

 僕の心に何かの袋があったとしたら、切れかかっているだけのこと。

 これくらいで怒ったりはしない。


「それじゃ、行くよ」


 あまり、急いでしまうとエリーを落としてしまうかもしれないから、ある程度力をセーブしつつ、ダンジョンを駆け抜ける。

 頭の上のやつは触手の先が吸盤状になっているらしく、それを僕にくっつけているのでびくともしない。

 不安定な頭の上だから、すぐに落ちると思ったのに残念。


 駆け抜けていく中で十階層は中々に凄惨な状況になっていることが窺い知れた。

 壁は鮮血を撒き散らしたかのように赤く染まっていて、ちょっと集中を切らしたら、足元を滑らせるくらいに床も血みどろなのだ。

 人であったと思われるものや魔物であったと思われるものも散乱していて、まともに見たら、吐き気を催すだろう。

 幸いなことに結構な速度で駆け抜けているから、エリーにはあまり、見えていないようで良かった。

 背中で吐かれるとさすがにご褒美、などと言ってられない。


 あれは多分、パリュの仕業で間違いない。

 見たことがない魔物だから、恐らく高いランク。

 十階層どころではない階層に生息するようなものがスタンピードの影響で出てきてしまったんだろうか。

 しかし、パリュは呪いと言っていた。

 分からないことだらけだ。


 考え事をしながら、走っていたせいだろう。

 いつの間にか、五階層より上まで来ていたようだ。

 急に飛び出してきたのでつい轢いてしまった。

 ゴブリンだったらしいものは見るも無残な肉塊に変わっている。

 ゴブリン系統のがいるということは五階層よりも上であることは確かだから。

 エリーもパリュも静かなのは気分が悪いだけだろう。


「もう少しで着くから」


 エリーは返事の代わりにギュッと抱き付いている手に力を込めてくる。

 僕は大地を蹴りだす足にちょっとだけ、力を込めてみる。

 まるで自分が風そのものになったような気さえ、してくる。


「ひぃやぁぁぁ」

「うにゃぁぁ」


 か細い悲鳴が頭と背中から、聞こえたが多分、気のせいだろう。

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