第3話 圧倒的な力

 よし、いける!

 そう判断した僕は回転を止める。

 獣にもっと効果的な攻撃を浴びせるべき時だと思ったから。


「あ、あれ?」


 目が回らないように気を付けたつもりだったのに回っていたらしい。

 ヨタヨタっとよろけてしまい、おまけに運悪く、瓦礫が顔を覗かせていたもんだから、僕はそれに突っかかって、それはもう見事に盛大なこけ方をした。

 顔から、ダイビングするような傍目にも痛そうなこけ方だ。

 しかし、全然、痛くも痒くもないんだな、これが。

 ただ、ひたすらにカッコ悪いだけ。


「お?」


 回転攻撃で出鼻を挫かれた獣は僕がこけるのを見て、好機と見たんだろう。

 獣は体の大きさの割に意外と俊敏な動きを見せ、後ろ足で床を蹴って、大きく跳躍する。

 その右前足から伸びる鋭い爪で僕の後頭部を貫こうと繰り出してくるがお生憎さま。

 僕はちょっと目が回って、こけただけ。

 うつ伏せで床に伏せた状態から、手に思い切り力を入れて、素早く体を反転させると向かってくる獣の右腕に向かって、右足を蹴り上げる。


「あっ!」


 ゴキャという何かが折れるような嫌な音がして、獣の右腕が曲がってはいけない方に折れ曲がった。

 僕の足は何ともない。

 何ともないのにエリーが声を上げたのは爪が当たったのか、ボトムスのパンツが大きく裂けてしまい、右足だけ何も履いていないように見えるいかがわしい姿になったからだ。

 でも、僕は気にしない。

 僕は別に裸になろうが大して、気にしない。


「駄目だよ、ファルコ! 乙女の肌は大事だよ」

「うん。あとでどうにかする」


 どうにかすると言っておけば、エリーは納得してくれるはず。

 それより、まずは目の前の獣をどうにかすべきだろう。

 右の腕は運良く、カウンターで圧し折ることが出来た。

 そのせいで僕たちを見逃してくれそうな気配がない。

 むしろ、手負いになったから、余計まずいことになった?


「首を落とす? 心臓を潰す? どうすればいい?」

「ファールコー、無理に倒さなくてもいいんだよ? 帰ってもらってもいいんだよ? 聞こえてるー?」


 それは分かる。

 分かってもどうすれば、そう出来るのかという経験から導き出されるものが僕には無理。

 そもそも、その経験自体が不足しているのだから。

 それなのになぜか、身体が勝手に動くようだ。

 何という不思議!


「よし、殺ろう」


 僕の殺意を感じたのか、獣も咆哮をあげ、威嚇するが三本しかまともに動かない足では何も出来ないはず。

 右足で床を大きく蹴ると一瞬で獣の直上へと跳んでしまい、ちょっと焦るが身体を回転させることで勢いを抑え、そのまま落ちていくついでに手刀で左後ろ足を貰っておく。

 本当、自分でも驚くくらいに切れ味が良すぎて、引く。

 だから、僕は武器を使えなかったということなのか。

 武器がいらないから、使えなかったってこと?

 おかしいよね。

 ああ、おかしい。


「まぁ、いい」


 床に落ちる瞬間にまた大きく蹴り、今度は跳躍ではなく、勢いを増す為にやっただけ。

 加速したせいか、自分がもう一人増えたような錯覚に陥るが多分、気のせい。

 気にせず、両手で手刀を構えて、今度は前足を二本とも貰っておく。

 こうなるともう動けないだろうし、このまま置いていけば、戦わなくて済むかな?


義姉ねえさん、もう大丈夫」

「そう……みたいね。ファルコ、無茶苦茶やったわね。あなたの身体どうなっているの?」


 結界を解き、僕の側に駆け寄ってきたエリーは僕の顔をぺたぺたと何かを確認するように触ってくる。

 ちょっとこそばゆいけど、エリーにそうされるの……嫌いじゃない。


「自分でも分からない」

「そうだよね。分からないよね。ファルコの動き速すぎて、見えなかったし」

「そうなんだ? 自分では分からない」


 エリーはヒーラーだから、そこまで動体視力が優れてないはず。

 だから、偶々見えなかっただけだろう。


「あの獣はどうするの? あのままにしておいて、平気かな」

「止めを刺した方がいい? それなら、殺るけど」

「スタンピード発生しているし、しょうがないと思う……」


 相手が殺意を抱いている凶悪な魔物であろうとその命を奪うのに躊躇ってしまうのがエリーのいいところであり、悪いところでもあると思う。

 その優しさが命取りになるかもしれないから。

 だけど彼女が優しいままでいられるのなら、僕が守ってあげればいいだけのこと。

 今の僕にはその力があるかもしれないのだから。


「ちょっと待っていて」

「うん」


 身動きが出来ない状態になった獣に止めを刺そうとその前に立って、目を見てしまった。

 命を奪われるという怯えと憐れみを乞うようなその目に気を削がれてしまう。

 本当に止めを刺さないといけないんだろうか?


「ねぇ、ファルコ。無理しなくてもいいんだよ。その子、もう戦う意思ないみたいだし……」

「だけど、このまま置いていっても死ぬだけ。それなら、僕が止めを刺してあげるべきだと思う」

「ううん、大丈夫。私が……この子の傷治してあげる」


 エリーが変なことを言い始めて、僕は少し、混乱している。

 魔物を治すって?

 いくらエリーが聖女でもそれはどうなんだろう。

 いいんだろうか?

 僕たちの罪悪感はなくなるかもしれない。

 だけど、傷が癒えた獣がまた、襲ってくる可能性は?


 僕が逡巡している間にエリーは獣に近寄って、止める間もなく、光の癒しの力を行使し始めるのだった。

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