信頼
「あなたの妻【雫有】が妊娠して九ヶ月経った時、腹を割いて胎児を取り出してください」
【光滴】姫は笑顔で恐ろしいことを言うのだった。
「こんなことを言われて、はいわかりましたと答えられるようなあなたではありませんよね。それはいいのです。私をあなたの家に、【雫有】のいるところに連れて行って住まわせてもらえますか? しばらくこの話はしないようにしますので」
連れて行く分には構わなかった。住まわせるかどうかはわからないが、先ほど宝石を出したのを見れば、自身の食い扶持などなんとでもしそうだ。
「あれ、【光滴】じゃないの。そう、もうそんな段階に来たのね」
連れて帰ると、【雫有】まで意味深なことを言う。神話で神だの半神だのが、物語の都合としか言いようのないような情報の出し惜しみをするが、あれは本当にあるらしい。
「【光滴】のお父さんの【憤武王】の所に行けば? 多分会っておくのがいいと思うの」
【雫有】は俺を【光滴】とも結ばせたいのか。正直【光滴】のことは異質に見えて、美しいとは思うけれども恐ろしさの方が勝る。
それでも、強く進められて、南の国へ赴くことにした。
その結果、危うい状況に陥ってしまう。
「どっちだ! 手分けして探せ!」
「高貴そうな女と手負いの男だ! うまい獲物だぞ」
森の中、盗賊が追ってくる。左足に傷を負ってうまく走れない。【光滴】はそんな俺に歩調を合わせている。
「ここは先に行け、二人でいるより別々になった方が見つかりづらいんじゃないのか。それにどちらかだけでも生き残れるかも」
【光滴】は首を横に振る。
「いいえ。あなたが死んで私だけ生き残るなどありえません。それに、私は二人でいた方が安心です」
「
「私の土の力はいつでも使えるものではありません。石を出すぐらいならできますが、地面を出っ張らせるなどは、その地面と自分を馴染ませなければなりません。そうでなければ、火か水の力と組み合わせるか」
「俺には水の力があるようだが」
「姉上の力ですね。でも、悔しいけど今の私とあなたでは明呪を組み合わせることができません。私はあなたに拒絶させてしまった」
つまり何か。俺は【光滴】を信じなければ死ぬということか。そんなバカな話があるものか。しかしもう一つ選択肢が提示される。
「信じてくれなくても構いません。私が全力を出せば、あなただけでも助けることはできます」
それは、どこかで見たような構図だった。信じるか、死ぬかという二択に犠牲の上に生きるかというものが増える。
「手を、とってもらえますか? これが終わりだとすれば、あなたの温みを感じたい」
「なんで、そこまでするんだ。俺はお前を信じていないというのに」
【光滴】は微笑んで見せた。
「あなたが好きだから」
答えになっていない答えだった。
しょうもないことに、俺の心は「信じてもいい」と訴えていた。
危機の中での判断なんて、普通ではないものだ。
死にたくも殺したくもないから信じてみせるなんて、本当に信じたとは言えない。
なのに、「それでもいい」という気がした。
【光滴】と手を取り合う。
「今なら使えるように思えるのですよね」
ここまで【光滴】の計算のうちかもしれない。そうだったら恐ろしい。
だが、そうではないと感じた。
「
二人で叫ぶ。傍に漠然とした輪郭の貴婦人が現れる。
最も近い追っ手たちの足を止めるように、地面を隆起させる。
できるだけ局地的に、できるだけ鋭く、できるだけ硬く、そのように念じたのを受けて二人の貴婦人が地面を操作する。
果たして、地面の一部は槍となり追っ手の足を貫いた。
転ばす程度と見積もった以上の結果だ。
「やった……!」
なんとか、盗賊から逃げ切ることができた。
「私の【光滴】よ、無事だったか! そちらの勇士が救ってくれたと。素晴らしい!」
【憤武王】は俺に好印象を抱いているようだった。姫の思惑通り、結婚という話になるのだろうか。俺にとってそれは望ましいのか。望ましい、ようには思える。
「……そういう訳で、勇士に解いてもらいたい謎がある。それが解けるなら娘をやろう」
「きっと解けますよ」
話は進んでいく。
王が謎をかける。大臣や賢者にもわからないという問いを出す。
「市で売られる死んだ魚が、笑うのだ」
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