第四

「暴れ猪だ! 暴れ猪が出たぞ!!」


 巨大な猪が牙を血塗れにし、家々を破壊し走る。【雫有】の明呪ヴィディヤーでも歯が立たない。


「俺は勇敢、俺は戦士、俺は無敵……」


 俺は、自分におまじない程度の暗示をかけながら槍を手に猪に対峙する。相手はまっすぐやってくるだけだ。槍の長さも十分だ。タイミングを合わせれば難なく倒せる。


 猪が来る。あと五拍。あと四拍。あと……


「喰らえっ!」


 槍をつき入れる。突進の勢いを殺しきることはできない。槍を深々と食い込ませつつ、猪の牙がこちらへ迫る。槍を捨て逃げようかと思ったところで、猪は止まった。気づいて見ればその牙はまさに俺の目と鼻の先だった。


「危なかった……」


 ほっと息をつく。


「終わってないわ! 気をつけて!」


 【雫有】の言葉で我に帰る。猪はまだ生きている。猛り狂い、槍が抜け落ちて血が溢れるが、構わず動く。手負いの獣は危うい。警戒を高める。


 と、猪は背を向けて逃げていった。それでも追撃をしなければ、どこで被害が出るかわからない。槍を手に追いかける。


 猪は街から郊外へ、森へ、洞窟の中へと駆けて行った。

 暗い洞窟に入ると、庭園だった。

 空には太陽が輝き、青々として林を優しく照らしている。


「なんだ、これ?」


 不可思議な体験は何度もしてきたが、慣れることはない。

 傍に、鬼のような人型の死体があった。まだ温い。


 一人の女の人が走り寄った。ひどく慌てた様子だ。


「美しい方、なぜ取り乱しているのか」


 娘は息を切らして答えた。


「私は南方の【憤武王】の娘で、【光滴】といいます。突然、悪鬼が父の家から私をさらい、ここに連れてきたのです。彼は食べ物を求め、猪の姿で外に出ました。ああ、ここに倒れたこの悪鬼です。あなたが刺したのですか?」


「そうです」


「勇気あるお方ですね!」


 少し前なら、そんなことはないと言うところだが、このところ自信が付いてきた。すぐさま否定しないでいることはできた。


「お礼と言ってはなんですが……明呪ヴィディヤー


 彼女の傍に揺らめく貴婦人が現れ、その足元の地面から宝石が生えた。


「この宝石をお納めください。おや? もしかして明呪が見えるのですか? ああなるほど、お姉さまの……」


 【光滴】姫は一人で何か納得したように思案し、そして提案した。


「お願いがあります。あなたのためにもなることです」


「あなたの妻【雫有】が妊娠して九ヶ月経った時、腹を割いて胎児を取り出してください」

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