第三

 【先端の街】までやって来た。【立ち上がりの島】に向かう船もいくつかあったが、乗れずにいた。

 恐ろしいのだ。また同乗者を死に追いやってしまうのではないか。

 【海授】のように。【真戒王】のように。


 そんなことを思っていたからだろうか。

 いるはずのない【海授】が街を歩いているように見える。


「おう! 兄弟じゃないか! 生きていたか!」


 というか【海授】だった。


「海に落ちて三日の間、板切れにしがみついて漂ったんだな。そしたら俺の親父の商船が通りがかってさ、助かったよ本当」


 なんだ、それは。俺も助かった経緯を話し、酒を交わした。

 しょうもない話だ。

 彼が助かったところで、死なせた人数が一人減ったにすぎない。

 そして、もっとしょうもない話だ。

 こんなことで、海に出る気力が戻っているというのは。




 そして立派な商人の船に乗って、【立ち上がりの島】に着いた。

 宿としていとこである【陽授】を頼りたいところだ。


「……おい! お前、父上と黄金城を探しに海に出たやつだな!?」


 五、六人の集団に声をかけられる。【真戒王】の息子だろうか。


「父と共に船出して、お前が一人でここにいるというのはどういうことだ?」


「あなた方の父は海に落ちました。力及ばず、聖樹の下の渦へと」


 正直に答える他ない。息子たちは怒り出した。


「お前が、お前が父を殺したんだな。さもなくば、二人で一つの船に乗って片方が地底に落ち片方が戻ってくるわけがない」


 確かにその通りだった。俺だけが生きたのはお父上の勇気のおかげなのだが、ここで言っても怒りをより燃え立たせそうだ。


 そうして屋敷に連行された。


「あんたが父の下手人?」


 苛烈そうな若い、少女と言ってもいいような女の人が出てきた。


「言っても信じないだろうが、積極的に殺したわけじゃない。だが俺だけが生き残ったのは事実だ」


「別にいいわ。あいつ、最低だったし。酒飲んで子供に暴力ふるってさ」


 あまりにも意外な一面だった。勇敢な外面を保つため、どこかに歪みが生じたのか。


「どうせ、あいつに殺されそうになって身を護ったとかじゃないの?」


 ただ、それだけは否定しなければならなかった。


「お父上は、勇敢でした。死に瀕しても私を生かすことを優先して考えていました」


 それを聞いて娘は驚き目を見張った。そして眉間にしわを寄せて考え、言った。


「いいわ、いいわ。……いいわ。まあ、ともかく私は恨みに思ってないの」


「それじゃあ無罪放免となるわけですか」


「でも組織としてそれでは示しがつかない」


 そううまくは行かないようだった。しかし、こちらもここでは死ねない。


「許すわ」


 と思ったら許してくれるらしい。あまり上下に揺さぶらないでもらいたい。


「あなたが消し炭となる裁きで丸く収めてあげる。死ね! 明呪ヴィディヤー!」


「ええ!?」


 娘が叫ぶと、漠然とした貴婦人がその傍に現れ、振りかぶって炎の球をこちらへ投擲する。物理的な暴力でないだけに抵抗することもできず、宣言通り消し炭となる、かと思われた。


 目を閉じたが、いつまでたっても火球が俺に到達することはない。気がつけば、俺のそばにも不明瞭な貴婦人が立っていた。背丈は随分小さいが、水で火球を弾き消したようだった。


 それを見て少女はまたしても驚きを見せた。


「それは、お姉さまの!? そういうこと、そういうことね……」


「いいわ。いいわよ。父上は生きている。大抵あんな憎たらしいやつって簡単には死なないじゃない? この男は無罪放免。それから」


 少女はつかつかと俺に歩み寄り、顔を近づける。彼女の手で俺の目が覆われた。

 そして、唇が柔らかい感触を覚える。


「私こと【雫有】はあんたのものだから」

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