勇気

「……という話があってだね、半神というのが人間界にも現れて、勇気と徳で偉業を為すのだよ。その王女様もきっと天界のお方だよ。普通は知らないようなものを知っていて、それを結婚の条件にするんだから。君もそうだ。何しろここまで来るような勇気を持っているんだ」


 旅先で出会った従兄弟、【陽授】は勇気ある英雄の物語を聞かせてくれた。少年期に弟が羅刹に落ちたが、再会してそれを救い、天女の化身と結婚する英雄だ。

 俺は勇士なんかじゃない。嘘つきで、偶然に恵まれて目的に近づいただけだ。優しくしてくれた人も、亡くしてしまった。


 翌朝、【真戒王】がやってきて言った。


「君の夢のため方策を考えておいたぜ。宝島という島があるんだ。そこでは間も無く夏祭りが開かれる。あらゆる島の人々がやってくる。誰か黄金城のことも知っているだろう」


 そうだ。夢の成就には近づくことができている。【海授】さんのためにも、ここで諦めはしない。気を取り直し、出発することにした。


 海は驚きに満ちている。島と見まごうような鰐などがいる。向こうに見える大樹のようなものは何だろうか。


「あれは神々しい聖樹だな。下には渦があり、地底に繋がっているそうだ。そこに入って出てきた者はないから、あの海域は避けるんだ」


 海神がそれを聞いて悪戯心を起こしたか、海流で船はその方向に進んで行った。


「ハハッ。おしまいかな。船が制御できねえ。渦は深い死神の口のようだ。引き摺り込まれちまう」


「【真戒王】さん、俺のために」


「そこは構わねえ。誰も永遠に生きられはしねえんだ。船乗りは死と隣り合わせだからな。覚悟はある。ただ」


 頭領の言葉は強がりではないようだった。彼はその後に付け加えた。


「苦労してきたお前さんの願望が成就しないのが残念だ」


 この人は、この土壇場にあって他人のことを考えている。本当に勇気ある人というのは、こういう人なんじゃないのか。


「俺が、船を一瞬だけ止める。そのうちに樹に飛びつけ」


「いや、それなら【真戒王】さんが」


「お前に舵が取れるか? まだお前は生きていける。運命の遊びと海の波は、誰にも分かんねえもんなんだ」


 俺は、また失うのか。また俺のせいで、親切な、勇気ある、よくできた人間が海の藻屑となるのか。


「そらっ! 飛べ!」


 ともかく頭領の言うようにはする。二人とも海に投げ出されてはたまらない。樹に飛びつくことに成功した。問題はここからだ。先にある枝を力任せに折り、船に向かって差し出す。【真戒王】さんが飛びつけば、拾い上げることができる。船を見ると、まだ間に合う距離だった。

 【真戒王】さんは、船の上で首を横に振った。


「そんな……」


 船は瞬く間に遠ざかり、見えなくなった。


「【真戒王】さん」


 渦があり、地底に繋がっているそうだ。そこに入って出てきた者はない。


「【真戒王】さん……!」


 もうダメだ。黄金城の手がかりもない。こうして人のいない樹の上で死ぬのだ。漁夫の頭領も死なせてしまった。実に、運命の女神は誰の願いも聞かないものだ。


 途方に暮れているうちに日も暮れ、多くの巨大な鳥が聖樹に寄ってきた。その声が四方に響き渡る。

 諦めたと思っても命は惜しいもので、人ぐらい食べられそうな鳥から隠れて枝の中で鳥たちが人語を話すのを聞いた。

 ある鳥は他の島を、ある鳥は山を、ある鳥は遠くの土地をと、その日行った場所のことを述べていた。

 その中に、聞き捨てならないことがあった。


「私は気晴らしのため黄金城へ行ったよ。明日も行くんだ。はるか遠くに行って疲れても、何にもならないからね」


 もう何もできないと思った状況が、変わっていく。全てを失った今、誰かを失う心配もないのだった。

 その後眠った鳥の羽の中に入り込んだ。

 どうか気づかれませんように。


 朝が来る。

 果たして鳥は翼の中に隠れた者に気づくことなく、飛び去るのだった。

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