苦難

 俺は傷ついていた。

 麗しい【黄金の月】姫に蔑まれ、辱められ、国を追われた。

 確かに嘘はついた。偽りで姫を手に入れようとはした。

 その報いが、これか。


「俺の欲望のように深い森だ」


 洒落たセリフを聞くものは誰もいない。

 俺は森の中で蒸し焼きになりそうになっていた。

 どうせ行くあてなどないのだ。あの時ついた嘘を本当にしてやろうと思い、黄金城を目指して南に出発した。そうして深い深い森に差し掛かり、今力尽きようとしていた。

 どこかで獣の叫びが聞こえる。獅子に食われているのだ。

 木の葉が風に煽られ、太陽の熱をわずかに和らげてくれる。

 喉が乾いた。水は手に入らない。道はどこだ。

 道も何も、最初からどこを進むべきかすら明確にしていなかったのだが。


 突然、視界が開けた。

 大きな澄んだ湖が輝いていた。

 王は傘蓋を掲げ払子を振らせる。この湖はさしずめハスの葉を傘にし、白鳥を払子とする、湖の中の王と言ったところだろう。


 水を飲み、体を洗ってあたりを見回すと、山のある方、つまり北に仙人の庵があった。

 そこには聖なる樹が生え、根元に行者が集まっていた。その中に、一目見て「格が違う」とわかる老人がいた。耳に数珠をかけている。その珠の数の百倍は生きていると見えた。

 行って挨拶しないわけにはいかなかった。何しろ、長寿なら黄金城のことを知っているかもしれない。




「お前さんはどこから来たのかね。またどこを目指すのか。お話なさい」


 仙人は親切にも果物などを分けてくれた。飢えた腹に、非常に甘美な味わいをもたらした。


「【施しの王】の街から来ました。黄金城を目指しています。それがどこかは知りません。仙人様、何かご存知でしょうか」


「これほど長生きしてきたが、そのような都城のことは初めて聞いた。年をとっても新たに知ることはあるものだ」


 落胆するような答えだった。


「外国から来る人々とも会うことがあるが、誰からも聞かない。ただ、島々の中にあると思われる。方針を与えよう。海の真ん中に【立ち上がりの島】という島がある。そこに、漁夫の頭領である【真戒王】という者がいる。彼はあらゆる島を行き来する。あるいは、知っているかもしれない」


 それでも方針をくれた。不確かな情報だが、他に手がかりもないのだった。




「これが【先端の街】の食か」


 言われたことにしたがって、非常に長い道のりを経て、【立ち上がりの島】へと行くため港町に至った。


「どうだ兄弟! この焼き魚は」


 そして運よく、【立ち上がりの島】に寄るという商人と親しくなれた。名を【海授】という。厚意により食料ももらえ、船に乗せてもらえたのだ。

 幸先のいいことだ。

 そう思った。


 船が大きく揺れる。


「嵐か!」


「【海授】さん、くじを引きましょう。誰かを海神に捧げてそれで残りを活かすんです」


「ダメだダメだ! そんなのは迷信だ。どうしてもお前たちが安心したければ俺を捧げろ!」


 船乗りが提案し、商人が反対する。


「待ってください!」


 考えるより先に声が出た。


「主人である【海授】さんを犠牲になんてできないでしょう。ここは私が死にましょう」


 何を言っているんだ、俺は。自ら死ぬのか。黄金城を見て、姫を得るまで死ねない。いや……黄金城など見ることはできない。だったらこんな遊びはやめた方がいいんじゃないか。今ここで死んだっていい。それとも、死ぬでも夢を見るでもなく、もっとまともな道があるか。

 いや。黄金城はある。どうして? 手がかりもないのに。

 しっかりしろ! とにかく、黄金城はある。そこへ着くまでに【海授】さんを死なせもしない。何も本当に死のうという訳ではない。こう言えば【海授】さんは反論する。時間稼ぎができる。その間に嵐が過ぎればいい。


 果たして狙い通り、意見は割れに割れた。内心誰も死なせたくないと思う船乗りもいたはずだ。早く、嵐が過ぎないか。


 そうしていると、船が割れた。乗った人間の考えがではない。雨風に耐えかね、船が損壊したのだ。

 全員が海に投げ出される。


「【海授】さん! みなさん!」


 判断を誤ったか。あるいは誰かを犠牲にすれば、本当に海神の怒りが収まったかもしれない。結局、全員死ぬというのか。


「兄弟! 後ろに」


 え? 

 振り向くと、巨大な穴があった。あまりにも巨大なので何かわからなかったが、考えが落ち着くと魚の口だと分かった。


 そうして俺は魚に呑まれ、視界は闇に包まれる。


 前途のように。

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