第28話 兄貴の本音

 小綺麗なバーのカウンター席で歯科医の美知を待つ俺は、少しむしゃくしゃしていた。あんこに彼氏が出来たって事が気に入らないのだ。

 あんこは、父親は違う異父兄妹だけど、本当に大事にしてきたんだ、俺は…。

ついこの間には不倫騒動があって…。何をやっているのかと不安にもなったけど、実は何もなかったって分かってホッとした所だったのに…。



カラン…。バーの扉が開いた

美知がやってきた。


美知は同じ高校の先輩後輩の仲だ。

昔から世話になっている歯科医の娘さんだったということや生徒会で一緒だったこともあり、こうやってたまに飲む飲み友達でもある。

いや…。たまに寝る関係でもある…。俺だって男だからな…。


美知は25歳で結婚し、子どもも4歳になる女の子がいるが、今はシングルマザーで実家の歯科医を継いでいる。

元旦那も歯科医だったと聞いているが、美知の親父さんとの仲が悪くて出産後すぐに離婚になってしまった。女性関係も良くなかったらしい…。

離婚訴訟には友人を紹介してやったから、上手く慰謝料や養育費も分捕ったはずだ。

美知にはその後彼氏が出来たとは聞いていない。


俺は職業が弁護士だから、女性には不自由しない。

でも、俺の周りに来る女性は、俺ではなく弁護士という職業に惹かれてくる人が多くて辟易しているんだ、実は…。

専業主婦になりたいって気持ちも分かるけど、高給取りの旦那を捕まえて好き勝手にお金を使いたいって思う女性にとっては、俺の中身よりも年収の方が気になるらしい…。

必ず聞かれるもんね。

その点、美知は自分が稼いでいるからか、そんな質問もしないし、何よりも重度のシスコンである俺を否定するような言動はしない。揶揄うけど…。


今夜もニヤニヤしながら俺に近づいて来た。


「あら?早いのね?もう出来上がっているの?」

「ダメか?」

「いいのよ。今日は愚痴をいっぱい聞いてあげるつもりで来たから…。

でも吃驚よ?あんこちゃんがお兄ちゃん抜きで来るなんて…。

彼氏も違和感なくアイマスク着けちゃうし…。

診察中もずっと手を離さなかったわよ。あんこちゃんよりも緊張していたかも…。」

「俺が手を離すなって言ったんだ。」

「やっとシスコン卒業ですかね?」

「俺さ…。本当に大事にしてたんだぜ?あんこのこと…。」

「知ってる」

「あーぁ。兄妹じゃなかったらな…。」

「でも、小さくて可愛い頃のあんこちゃんには会えなかったじゃない?」

「俺はさ、あんこのオムツも変えたんだぜ?よちよち歩きのあんこを抱っこしたりさ…。熱を出した時だって、運動会で転んで泣いたときだって、文化祭で研究会の資料作りだって寝ずに付き合ってやってさ…。

それを彼奴が横から搔っ攫っていきやがってさ…。」

「やけ酒しよう…。」

「うん…。」



◇◇◇



しこたま飲んで、いつもの通りホテルへと向かう。

いつからこんな関係になったのだろう。そう、美知が離婚して1年が過ぎた頃だったろうか…。

俺はろくでもない女性との付き合いに嫌気がさしていて、美知は仕事で嫌なことがあって…、あの時も二人で愚痴の言い合いをしたっけ…。

美知はこんな関係をどう感じているいるんだろう。


「あゆみちゃんは、今夜はどうしてるんだ?」

「いつもの如く、母にお願いして来たわ。

あんこちゃんの受診のあとは、貴方が荒れるってみんなもう知っているし…。」

「え?こんな関係も?」

「それは知らないと思うけど…。夜通し飲んでるって思っているみたい。

重度のシスコンって有名だしね、父も母も笑っているわ…。」

「あゆみちゃん、もうすぐ5歳だよな?元旦那とは、その後どうなの?」

「あー…。あの人再婚するみたいよ。お相手も妊娠されたようだし…。」

「ふーん」


この後は、お互いの仕事の話などでお茶を濁し…。


◇◇◇


俺たちは朝チュンって奴をいつも通り迎えた。

そう、いつも通り…。


でも、今日の俺は違う…。

あんこの事を本当に守ってくれる奴が出来たら…元旦那のことが完全に過去になってしまったら…言うって、決めていたことがあった。

鞄から、小さな箱を取り出す…。


「美知、お前今付き合っている奴いるか?」

「えー?いるわけないじゃん。だったらこんなことしてないわよ…。」

「じゃぁ…。俺たち結婚しないか?」

「え?え?え?え?」



俺はおもむろにベットの上で正座をし、美知の左手を取った。

美知は俺のされるがままになっている。

小さい箱から綺麗なダイヤモンドが輝く指輪を取り出し、美知の薬指にはめた。


「俺と結婚してください。お願いします。」


俺は深々と頭を下げた。こんな曖昧な関係を許してくれていた美知に心から謝罪したい気持ちと好きだという気持ちを受け止めて欲しくて必死だった。


「俺は婿入りでも大丈夫だし、あゆみちゃんのいいパパになりたいって思ってる。

親父さん達とも気が合うし、絶対上手くいくと思う。」


「なんで?どうして…?急にどうしたの?」


「本当は、美知が独身の頃から気になっていたんだ。でもお前、突然結婚するし…。でもって離婚するし…。

あんこのことも気にしてたけど、やっぱり結婚するなら美知がいいってずっと考えてたんだ。元旦那のことが気になっていたから、中々言い出せなくて…。

こんな場所で、こんな風に突然でごめん。

それとも、重度のシスコンの俺じゃダメかい?お願いだよ。うんって言って?」


「…。うん。うん。うん…。父も母も喜ぶわ。もちろんあゆみもね。」

「ありがとう…。幸せになろう。」


ブルルル。ブルルル。マナーモードの携帯電話が揺れている。

発信元を確認して、俺は舌打ちをしてしまった。

くそ!こんな時にこいつから電話とは…。

バスルームの扉を開いて中に入り、電話相手に向かって折り返す旨を伝えると直ぐに切ってやった。

何で今頃帰国してきたんだ、こいつは…。

晴れやかな気持ちに水を刺されたようで、気分が悪かったが、ここは気を取り直し、洗面台の鏡で顔をほぐしてから扉を出て、美知に向かって笑顔を作った。


「入籍は早めにしよう。結婚式は後でもいいだろう?俺は盛大にしたいけど、美知の両親とかの意見も聞かないとな…。

俺は美知のドレスが見たいよ?あゆみにもドレス着せてさ…。」

「重度のシスコンは、重度の娘バカになるつもり?」

「嫌。違うね。重度の嫁バカになるつもりだよ…。覚悟しとけよ?」


俺たちは笑いながらシャワーを浴びた。

久し振りに心から笑えた気がする。

美知の瞳からは、シャワーではない雫がこぼれていたようだったけど、俺は見逃すことにした。

きっと、幸せにするよ。違うな、みんなで一緒に幸せになっていこうな。


◇◇◇



久し振りの日本…。

昔よりも空気が爽やかに感じるのは気のせいだろうか。

あれから20年…。俺のアンは元気にいるのだろうか?



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