第24話 LOVEとLIKEの違い
手に持っていたマグカップを両手で包み込むように握りしめてから、私は
立ち上がった。
「美優さん、カフェラテ飲まれますか?」
ゆっくり豆を挽いて、大きなマグカップをお湯で温めておいて、鍋に入れた牛乳を弱火で温める。サイフォンに豆を入れて沸騰したお湯を注ぐ。部屋中にコーヒーのいい香りが充満していく…。
ダイニングテーブルに移って、私たちは向かい合う様に座った。泣いた顔を見られるのは、ちょっと気恥しいけど、ちゃんと聞いてもらわないといけない気がする。
「向かい合うより横に座ってもいい?」
美優さんが、隣の席に移った。私の左側だった。気遣いが有難かった。
「何から話していいのか…。
小学生の頃、両親が離婚したんです。私ってまこくんと同じ小学校に居た頃は、とっても気の強い子だったんですけど、両親の離婚で、全てが変わってしまったような気がします。
父が大好きだったんです。
父には何でも話しが出来たんです。いたずらだって…。
だから、私は父についていきたかったんですけど、何か大人の事情ですかね、母と暮らすことになってしまって。私は自分の母なのに小さい頃から何となく気が合わないって感じていたせいか、殻に閉じこもるような生活をするようになり…。
友だちを作るのも苦手になってしまって…。片親って言うのが嫌で。
それでも世話好きな兄がいたから、不登校にはならず、家も何故かお金とかあったようで生活に困ることはなかったのですけどね…。
父と離れてからは、男性に対する不信感だけが残って、恋愛も上手く出来なくて…。
大学を出て、就職した先が聖子さんのご主人の会社だったんです。
中々仕事に慣れない私を大きなプロジェクトチームに抜擢してくれて、サポートしてくれた社長に憧れを抱いて…。だから付き合ってほしいと言われて、私本当に嬉しかった…。
やっと自分の居場所が出来たって…。
でも、ご結婚されているってあとからお聞きして…。
私、知らなかったんです。指輪もされてなかったから…。言い訳ですよね。
会社で一緒にいるのが辛いって相談したら、このお店をくれたんです。
父がコーヒー好きだったこともあって、豆とかには詳しかったので、カフェ経営を勉強して…。社長は、あくまでも個人的な出資という形ですけど、私の人生を変えてしまったお詫びに居場所を提供したいんだ…とも言って下さって猫カフェを始めたんです。
社長とは家族を作ることは出来ないけど、猫ちゃんの家族は作りたいって思って…。
聖子さんは、社長と私の関係をご存じです。それでも許して下さった、心の広い方だと思います。
今日、お二人の馴れ初めお聞きして、そしてお二人を目の当たりにして、聖子さんを傷つけていたんだって改めて思って、申し訳なくなってしまって…。
あんな素敵な家族を壊そうとしていたなんて…。」
涙が止まらない…。
何も言わずに私の話しを聞いてくれていた美優さんが、初めて言葉を繋いだ。
「えー?でも、聖子さんのご主人が一番悪いんじゃない?最初に既婚者って言っとけば良かったじゃん?
あんこちゃんは、既婚者だと知っていたら付き合っていなかったんでしょ?」
「…うん」
物凄い勢いで怒ってくれる美優さんに圧倒されてしまった。
「あんなに素敵な聖子さんが奥様なのに、なんでこんな純真無垢なあんこちゃんに手を出すかなぁ…。ダメじゃん。」
ふふふ、省吾さんが一刀両断されてる。ちょっと笑ってしまった。
「あ!でも手は出されてないですよ?私たち、プラトニックでしたから…。」
「うっそだー!」
「いえ、本当です。というか、そういう行為に至る状況に社長の身体がならなかったというか…」
「はー。なるほど…。男性は精神的な何かがあると駄目になるっていう典型だ。
うんうん。そっかー。あるあるだね。
きっとね、その社長さんの心にもブレーキがかかる何かがあったんだろうね。
でさ、失礼ついでに質問しちゃうけど…あんこちゃん、社長さんのこと本気で好きだった?誰にも盗られたくないって思ってた?」
この点は、聖子さんのお話を聞いて、私自身引っかかるものがあった。
「実は、思わなかったって感じです。社長も誰か好きな人が出来たら、俺の事は気にしないでいいっていつも言ってたし…。」
「もしかすると、社長さんには恋人とは違う何かを求めていたのかもしれないね。
例えば父親に憧れる気持ちとか…さ?
LOVEとLIKEを間違えたんじゃないかなぁ、二人とも…。
好きな人が自分とは違う人を好きになるなんて、絶対嫌じゃない?普通はさ…。
何かのきっかけがあれば崩れる関係…。それをお互いに意識した状態って精神的にも負担がかかるよね?
社長さんの身体が反応しなかった理由も何となく分かるな…。
本当はとっても真面目な人だったのかもしれないね。」
「そっかぁ…。父を求めていた…。何か腑に落ちたって感じです。
今日、お二人を見て、すっごくモヤモヤして動揺しちゃったけど…。
でも、今は心からホッとしているんです。
あのご夫婦には、これからも仲良く輝いていてほしいって、思えたんです…。」
何だかすごくスッキリした。いや違う、目が覚めたって感じがした。
美優さんが微笑んでくれていたから、私も笑うことが出来た。
◇◇◇
「このまま。どこかでご飯を食べて帰ろう。」
珍しく省吾さんがお食事に誘ってくれた。先程の慌てぶりはどこに行ったのだろう。
「おやじさぁー。あのお店で階段を登って行った人って、従妹かなんかだっけ?」
不意に涼平が言った。
「え?なんで?」
少し狼狽した声で省吾さんが涼平に聞き返している。
「だってさ、なんか具合悪そうなあの人を見る目がさ。
あずさとか見る目だったから。ほら、この前熱を出した時、凄く心配して部屋まで覗きに行ってたじゃん?あん時も、あんな感じの顔してたよ?」
涼平、我が子ながら鋭いって思うわ。私も実はそう感じていたのよね。
あんこちゃんの事を話す省吾さんの顔って、自分の子どもに向けるような眼差しだなって…。
信号で止まった省吾さんは私の方に顔を向けた。目から鱗が落ちったって顔だった。
やっと気づいてくれたんだって思うと、ちょっと安心したわ。
私は本当は心が狭いんだと思う。やっぱりあんこちゃんのことが好きなのかもしれないってどこかで思っていたのだから…。
「今日は回らないお寿司に行きましょう。もちろん省吾さんのおごりよ!」
涼平には感謝しなくちゃね。
ついでに、伝えておこう。
「カフェで名刺をくれた神原さんはね、とっても素敵な写真を撮る方なのよ。
涼平も気になるなら、連絡してみたら?
私よりも若い子とかの方が話が合うと思うのよ。」
◇◇◇
中原にメールをした。
「もうすぐ駅に着くよ。お迎えは大丈夫だよ!」
「気を付けてね。早く帰っておいで!」
相変わらずレスが早い。ちょっと嬉しくなってしまった。
あんこちゃんの話しを聞きながら、自分の境遇と少し似ているって思っていた。
両親の不和は、子どもの心を蝕むものなのだ、そうじわじわと…。
私は高校生の頃に中原に出会い、それこそ無償の愛って呼べるほどの大きな愛情を抱えきれない程、もういいよって思うくらいに与えてもらい、大切に大切にしてもらってきた。
それが時には重いって感じたこともあったけど、今から思うと肉親の愛にも似たものもあったかもしれない。
でも、だからこそ私は自分の考え方とか生き方とかを曲げずにいられたのかもしれない。
中原に出会えたことを感謝しよう。
「今晩のご飯はなあに?」
「すき焼きだよ。高いお肉を買ってきたから、乞うご期待!」
料理を嫌がらない中原は、きっといいパパにもなるだろう。
私はスキップしながら家路を急いだ。
◇◇◇
「あんこさんは、やっと自分の気持ちの整理が出来たようだわ。
誰かに話すって勇気がいったと思うけど、頑張ったと思うわ。」
キャットタワーの一番上にいた花ママが呟いた。
「猫じゃない、本当の家族をあんこさんには作って欲しいものだわ。
市井さん、もう少し積極的になってもいいのに…。」
優雅に自分のお腹を舐めながら、花ママは独り言を言った。
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