第19話 ガールズトーク
Webデザインを担当している中原さんはかなり太っている。
誰と比較すればいいんだろう?
僕はあんこちゃんの姿と比較するか、お店の中に入って来てくれる人とだけしか、比較対象がないからよく分からないけど、かなり身体が大きいってことは分かる。
だってあんこちゃんの姿がまるっきり隠れちゃうんだよ?すごいよね?
その人と比較しても仕方ないんだどね…。
そうそう、僕たちのお店を紹介するためのホームページを作ってくれる予定の中原さんの彼女がこのごろ、よく遊びにくる。中原さんは太っていて、身体がとても大きい人なのだけど、その彼女は、木戸美優さんと言って、とっても可愛いくて、ちょっと小さな女性だ。看護師さんをやっているらしく、昼間のクリニックでのお仕事を終えた夕方や水曜日の休診日にここに遊びに来ている。
最初は、恐る恐るあんこちゃんに話しかけていたようだけど、段々遠慮が無くなってきていて、ズバズバ核心をつく言葉も多い。
こういう関係になったのは、背の低い神原さんっていうカメラマンのせいでもある。神原さんは優しいけど、相手を乗せるのが上手というか、本音を引き出すのが得意というか、素を引き出す能力に長けている…と思う。
この神原さんは、『僕』って自分事を言うけど、女性にも男性にも見える人で、話し方も時々で変わるし、ちょっと変わった人なんだけど…、僕たち猫家族の中では『性別を超えた素敵な人』って感じで形が出来ている。
僕は、三男ちょび髭。白黒のツートンカラーだけど、黒が強く両鼻の横に小さくて黒い毛が生えているから、この名前になったんだ。毛並みは11匹の中でも上位に来るくらい、艶々でしっとりふわふわだ。よく「ベルベットみたい」って言われる。誰よりも鼻が高いのだけど、アニメのトムとジェリーの『トム』に似ているらしく、おっちょこちょいってイメージが強いらしい。ま、女性には人気かな…。
でもって、木戸美優ちゃんは、僕のことが気に入っているらしい。良く触りに来てくれる。顎や背中、しっぽの生え際をゆっくり丁寧に撫でてくれるので、常連さんになってもらえて、僕的にはラッキーって感じだよ。
僕たち猫家族にとって今一番注目している人は市井さんって人で、この間あんこちゃんに告白した人なんだけど、この人も最近はよく来てくれている。四男の小夏君が吐いちゃって、そのゲロまみれの手を自分の頭に乗せちゃったときは、僕も吹き出しちゃったんだけどね。そのせいで、僕たちの家でシャワーを浴びることになり、何故か小夏君が彼の背中を文字通り押して告白させちゃった…。猫に後押しされる男ってさあーどう思う?って感じだけどね。
でもって僕たち猫家族としては、市井さんがあんこちゃんのお相手というのはウェルカムなんだけど、肝心のあんこちゃんの気持ちが今一つ僕たちにも分からないんだ。ここんところを美優さんが聞きだしてくれると有難いんだけどね。
あー。ガールズトークが始まったようだ。今日は、あんこちゃんが不倫しかけた省吾さんの奥さんも来ている。神原さんは、この人と仲良しなんだよね。気が合うみたいだ。
◇◇◇
「で?ここのところ、毎日のように市井さんはこのお店に通っているんですって?彼、カッコいい男性だと思うわ。告白してからも、変に迫ったりもしないようだし…。」
省吾さんの奥様である聖子さんが妖しく微笑んで言った。
今日の聖子さんの服は、ラフだけど恰好がいい。
ブラックジーンズに柔らかい皮で出来たクリーム色のジャケットを羽織り、インナーはレースのブラックニットという出で立ちで、ブラックのショートブーツで決めている。軽いウェーブのかかった髪は、肩の処で揃えてあり、とっても若々しい。化粧は濃くないのに目鼻立ちがくっきりしているせいか、濃いめのピンクのルージュが似合っている。
砂糖抜きのカフェオレを一口含むと、にっこり笑って続けた。
「で?あんこちゃん的にはどうなの?」
「もしかして、毎日のように市井さんが来ることが、負担になってる?」
美優さんがさらさらのショートボブの髪をかき上げて、こちらを覗くように見つめた。淡いグリーンの長袖シャツに、深い紺色のジーンズという出で立ち…。
瞳はとっても大きくて、じっと見つめられると何だかドキドキしちゃう…。
私の心の中を覗いたら、美優さんはなんて言うんだろう。
「嫌なら嫌って言ってもいいのよ?それとも、言いにくい雰囲気が出来ちゃってるの?」
「何だか、否定形でばっかり聞いているのな。それって市井が可哀想じゃん。彼奴は真面目でいい奴だよ。実際…。仕事とか一緒にやりやすいし。さりげなく人に気を遣うのが上手なんだよな。本人は気付いていないようだけどさ…。」
間で口を挟むのは、神原誠という私の幼馴染とも言えるまこくんだ。
彼も気遣いが上手だと私は思っている。
私は、あんこと呼ばれることが多いが、本当は平澤杏子という名前だ。
杏子という漢字が『あんこ』とも呼べるせいで、小さい頃から『あんこ』と呼ばれることが多い。
先日私に告白してくださった市井さんは『杏子さん』と読んでくれるので、ものすごく新鮮で、かつ何だか恥ずかしい。
告白をしてくれた市井さんは、それからほとんど毎日のように猫カフェに仕事帰りなどに寄ってくれていて、何気ない雑談をしては帰っていく。
最初は照れくさかったけど、映画や食事、猫の話などとっても面白くて、市井さんが来ることが楽しみになってきているのだけど、結局は何で私なんだろうって考えてしまって、告白へのお返事も出来ていない。
美優さんは、市井さんの仕事仲間の中原さんの彼女だから、市井さんが私に迷惑を掛けていないかを心配されているのだろうけど、私の方は本当は迷惑じゃない。どちらかと言うと、お顔を見るだけドキドキしている自分がいる…。
でもそれを言っていいのか…。つい、うじうじ悩んでしまう。
多分、自分に自信がないんだ、きっと…。
「市井があんちゃんに惚れてしまうってのも、僕分かるんだ。あんちゃんは、可愛いし、一緒にいると何だか安らげるし、本当はとっても自分を強く持っている人だと感じるし…。」
まこくんは、私を買いかぶりすぎだ。私はそんなにいい人じゃない…。
「そうね。私もそう思うわ。芯が強い人だけど、守りたくなるよう気持ちも抱かせる女性よね?」
聖子さんは、省吾さんと私の過去を知っていても、こんな風に言って下さる心の広い女性だ。
「私もね、初めてお会いした時に、こんな心が綺麗でピュアな人って居ないって感じたの。これは、私の直観だけど、外れたことないし…。だから、何だか市井君にはもったいなくて…。」
美優さん、こんな風に言ってもらえて光栄です。
自分の自信の無さが、市井さんに向いている気持ちが恋なのか何なのかを気づかせる枷になっているってことは分かっているんだけど、自分でももどかしいほど恋愛に前向きになれない…。
自分のことをさらけ出すことが、何となく気恥しい感じがして、一歩前に出ることを躊躇してしまう。
「私、皆さんにいろいろ言って頂いて有難いんですけど、恋愛とか自信がなくて…。何で市井さんが私を好きになってくれたのか、分からなくて、不安で…。
市井さんとお話出来ることは、本当は楽しみになってきているんですけど、どうお伝えしていいか…。」
美優さんと聖子さん、まこくんの3人はそれぞれ顔を見合わせて笑った。
「良かった。」と美優さん。
「やっと自分の気持ちが言えたわね。」と聖子さん。
「そりゃ、急に告白されたら誰だって戸惑うよ。」とまこくん。
「いっぱい悩んだらいいのよ。だって、聞いてくれる人がここに3人もいるんだから…。」聖子さんが笑って言ってくれた。
私、自分の気持ちを誰かに話していいんだって思ったら涙が出てきた。
◇◇◇
あんこちゃんは自分の気持ちを溜め込みすぎなんだよね。
僕たちは猫だから、聞いてあげることしか出来ない。
でもね、話してくれなきゃ、聞いてもあげられないんだよ?
あんこちゃん、もっといっぱい不安とか自信ないとか話してね。
いつだって僕たちは聞いてあげるからね。
僕は今日あんこちゃんの気持ちを引き出してくれた3人に本当に感謝したんだ。
だから、しっぽを追いかけて何回もぐるぐる回る、僕だけができる芸を披露してあげたんだ。
結構うけてた。3人とも爆笑だったよ。
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