第12話 恋に落ちる?

あんこと神原っていうやつが手を取り合って昔話をした後、やっと仕事の方に気が向いたのか、フリーライターの小倉って奴は席を立とうとしていた。その時、口の悪い市井って奴が小倉を引き留めた。

「小倉さんって、あの小倉さん?あの某テレビ局のライター賞を受賞された小倉さんですよね?うわー!感激だな…。」

「ありがとうございます。ふふ、でも、市井さんもライター賞受賞されてますよね?僕は貴方の授賞式に出席していたんですよ。なんだか、本当に奇遇ですね。」

「いや、本当に嬉しいです。世間は狭いていうけど…。」


「にゃーん」四男の小夏な可愛く鳴いて、しっぽを二人の足に交互に巻き付けて歩いた。


「何それ。ライターってすごいよね。どんな記事書いたの?教えて教えて!」

知識欲の塊である四男の小夏は、その先を聞きたくで仕方ないようだ。

ふん、俺にはさっぱり分からない。ライターってなんだ?食えるのか?一家の大黒柱と自負している俺様(ハッピーパパ)が知らないことは、かなり多い…。

小夏は夜遅くまでググったりしていたりする位、世間への関心が高い。

また、一歩で遅れた気分で胸くそ悪い。もっと話を聞いていたい気もするが、俺はキャットタワーの柱にある爪とぎでもう1回バリバリと盛大な音を出して爪を研いでやった。

別に…誰にも迷惑はかけていないだろ?


「お二人とも凄いんですね。」あんこがにっこりと笑った。


すると、さっきまで大人の顔で話していた二人の野郎どもは顔を赤くして、あんこから目を逸らした。


「あら、恋に落ちたわね、二人とも…。ふふふ」花ちゃんが呟いた。俺たち猫は一斉に花ママこと花ちゃんの方に目を向けた。花ちゃんは、優雅にキャットタワーのてっぺんの台に寝そべり、ゆっくり自分の手を舐めた後、綺麗に耳から顔にかけて手で拭きながら、もう一度言った。

「多分、二人ともあんこさんに恋しちゃったわよ。」


信じられない。どういうことなんだ?俺は、勢いをつけてキャットタワーの上にまで登り、花ちゃんを問いただした。

「どういうこと?}(byハッピーパパ)

「だからね…。あんこさんは、ちょっと危機的状況になって、いつも作っていた心の壁を少し開いたのだと思うわ。そして、素のあんこさんが現れた。

あんこさんはとっても素敵な女性よ。でも、いつもは隙を作らないようにしているから、壁に守られて誰もその魅力に気付けないって訳…。

でも、今回の事件は、あんこさんにとっても凄いことだったのよ。

相手から付け込まれないように、自分の意見を真っ直ぐに言って、戦おうとしたのよね…。そして、暴力に負けそうになった時に、助けられた…。

ホッとして、いつになく心の壁が薄くなった…。

私達猫が心配する姿に応えようとする、健気な姿って、守ってあげたくなるじゃない?そして、私達猫を見つめる優しく微笑んでくれた顔は、私だって見とれちゃうくらい綺麗だったわ…。これは、一発で恋に落ちちゃうわよ。」(by花ママ)

「でも、でも、今まではこんなことなかっただろう?」(byハッピーパパ)

「あんこさんは、とても用心深い女性よね?今までは、ここまでお客様と近づくこともなかったし、特に男性には警戒していたから…。

あんこさんの『何か』がどんな心の壁になっているかなんて私には分からないけど…。」(by花ママ)

「あんこも恋に落ちるのかな…。」落ち込む俺に花ちゃんは言った。

「恋に落ちてもらわないと困るでしょう?今日みたいなときに誰があんこさんを守るの?」


◇◇◇


俺たち猫夫婦が、あんこの事を気にかけて話し合っている中、5人の会話はどんどん進んでいたようだ。太った中原って奴が、まとめ役をやっている。


「ホームページの基本形はどちらがご希望ですか?ええ、少し迷って頂いて大丈夫です。店舗の写真と猫カフェの写真は、神原が担当します。紹介文は、いくつか候補を作成して、平澤さんに選んでもらうという形になります。はい。文章内容の方向性を示して頂けるとありがたいですね…」

「今日は採光が悪いから、もう一度天気予報と相談しながら写真を撮るね?僕は猫ちゃんが大好きだから、プライベートでも通っていいかな?」


後から来た神原が、今にもあんこの手を取る勢いで、前のめりに元気な声で話している。何だか気に食わない。俺はもう一度バリバリと爪とぎをしてやった。

「ハッピーおやじ、何イライラしてんだよ?」呑気に五男のロイヤルミルクティー君が話しかけてくる。

「あんこを守るためには、知った男が居た方が得じゃん?」

「あら?男とは限らないわよ…。あの神原って人は。」花ちゃんが呟いた。

「え?」つい、俺とロイミ君は、またまた花ちゃんの方を振り向いた。花ちゃんって底が見えない猫だ。俺と違って、何が見えているんだろうか…。


ライターと言い合った二人、市井と小倉は二人でそこに口を挟んでいた。

「よかったら、俺も少しここに通っていいかな?猫ちゃん達のエピソードも聞きたいし…。」(by市井)

「これも何かの縁だから、僕もライターの端くれだし、猫ちゃん達の記事を書かせて貰えないかな?あ、お金とかじゃなくて、僕も猫ちゃん達が好きだから…」(by小倉)

言いだしてから、二人の野郎どもは目配せ?いや目で火花を散らし、あんこには優しい笑顔を作って笑いかけた。

あんこは、猫ちゃん好きと聞いただけで嬉しいのか、特上の笑顔を見せて二人に応えた。

「ありがとうございます。猫ちゃん達も喜びます!」


あーあ、喜ばないっての、俺たちは…。男はいらん…。


何故かここで太った野郎の中原まで口を挟んできた。

「あ、もしよかったら僕の彼女にもここを紹介していいですか?

彼女猫好きなんで…。きっといい口コミ源になると思うし…。」


ま、女の子ならいっかな。ちょっと心が弾んだことが悟られないように、花ちゃんの目から逃れるように急いで俺は自分のお腹を舐めた。あ、女の子が来るまでに、ちょっとだけダイエットしておこうかな…。胸がドキドキしてきた。

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