第13話 俺の友人がやばい

 俺は中原将太。29歳で大学時代にはラグビー部に所属し、大学卒業後も運動はしないのに食欲だけは止まらず、目下丸々と太ってきたマッチョな男だ。大学時代からコンピューターには興味があって、就職もIT企業に決め、今はWebデザイナーをやっている。クリエイティブな職業で才能を必要とする仕事…。

今では名指しで指名を受けるほどになってきた…。

俺はお客様が満足する商品を作るために、出来るだけ話を聞いて、寄り添ってコツコツと実績を上げただけ…。

誠意を持ってやってきたからこその結果だと、ちょっと心の中では自慢している。


 東京の中堅規模の企業だから、Webデザインといってもホームページの作成もやるし、広告も作成することがある。今回の案件も、知り合いのIT企業の社長からのお声が掛かりで安パイ事案のはずだった。見積もりだって結構な金額まで大丈夫だったし、難しく考えなければ1週間もあれば完成…ってなるはずだった。なのに…。


 俺の相棒は、市井守。同じく29歳で、この仕事についてからそこそこの案件を一緒に作って来た奴だ。俺は、ホームページとかのデザインは考えられるけど、格好がいい文章が苦手なんだ。だから、斬新でクリエイティブな文章をお客様の要望に沿って作り出す市井を尊敬の眼差しで見つめてきたと思う。そう、今日までは…。

 市井って奴は、かなりストイックな奴で、どんな美人がすり寄ってきても袖にするという、一種奇特な男だった。彼のお姉さんの事件もあって、自分の恋愛に向き合えなかったとも言えるが。ま、この点は個人情報だから機密事案だし?自主規制しますけど…。


 そんな彼奴が、打ち合わせをしていたお客様に惚れるなんて、どうしたら信じられる?俺は初めて見たよ、男が恋に落ちる瞬間を…。


 市井は、今日の帰り道でもすごかった。

「やばい…。やばい…。どうしよう…。」

って多分こればっかりだったよな。そう言って舞い上がっているかと思えば…。

「今度、いつ猫カフェに行こうか…。あ、でも口実が…。あ、ホームページって手があった。いや、でも…。あー。マジ可愛かった…。やばい…。これって運命だと思う…。いや、駄目かもしれん。くそ!あー。俺もっと格好良いスーツ着てけばよかった。いやー、ほんと可愛かったー!…。やばい…。」

結局無限ループに入り込んでいたっけ。俺の方がまじやばいって思ったよ。


 確かに、今日お会いした平澤さんは魅力的な女性だと思ったよ。清楚な感じで守ってあげたくなるような儚さを持っていて、それでいてどこか強いって雰囲気で、一言で言うなら『高嶺の花』って感じだな。俺なら絶対手を出さない。ま、俺には高校の時から付き合っている彼女もいるし?彼女ラブだから、他の女なんてどうでもいいって思っているからかもしれないけど…。友人のためにも、ここは俺が人肌脱いで、仲を取り持とうって感じですかね。


 俺の彼女は、木戸美優って言って同じ29歳だ。あと半年もしないうちに結婚する予定で、高校のときから付き合っているから、もうかれこれ10年以上一緒にいる。今は同棲生活5年目に入ったところだ。高校の時に委員会が一緒になって、真面目で正論を推してくる彼女に腹立ちを覚え、突っ込みを入れているうちに本音を一生懸命に吐く強さと、時折見せるお茶目な一面に惚れて手放せなくなった…。

 いつも考える。もし、委員会が一緒じゃなかったら、俺以外の男が美優の彼氏になっていたかもって。いや、多分俺はどこで会っても美優に恋したと思う。運命って本当にあると思う。だから、今日出会えた市井の運命の人を応援したいんだ。幸いにも?美優は猫好きだし、きっと有益な情報を聞き出してくれるはずだ。ちょっと期待しよう。


◇◇◇


 あんこは、俺の腹をもふもふしながらぼんやりと考え事をしていた。パパ猫の俺は、誰よりも太っていると自慢したいが、最近は五男のロイヤルミルクティー君に負けつつある。でも、お腹のタプタプは、かなりのもんだ。あんこが俺のあごをこちょこちょするときは、遊んであげるっていうサインだが、腹のもふもふは悩んでいるサインだ。最近は、あんこの膝に四男の小夏君が乗っかり、撫でてくれってせがむから仕方なく、うん、仕方なくだと思うが撫でてあげている。俺は、あんこの右隣をゲットして、わざとへそ天をして見せて、触ってもいいよポーズで待ってあげる。この手があごか腹かで、あんこの気分を推し量っているのさ。ま、俺の心のメジャーってやつだ。

「はぁー。」

あんこが大きな溜息をついた。独り言を言う合図だ。

「お兄ちゃんに今日のこと、言わないとなぁー。また、お小言かな。」

いや、あんこ違うぞ。兄貴は心配しているんだぞ。あんこ、電話してやれよ。心で俺は呟く。我慢すんな!

あんこは、自分の携帯を取り出して兄貴の番号を表示させた。

俺は、小夏君に目配せをした。それに気づいた小夏君は、急にお尻を持ち上げ、あんこの肘を押した。あんこの指がリダイヤルのボタンに触れた。


「あ。お兄ちゃん?うん。うん。今日ね…。」

一連の顛末を兄貴に話すあんこの表情は、少し暗かった。

「私って駄目ね。もっときちんと対応できるようにならなきゃ…。」

電話を切ったあと、そう呟くあんこが不憫でならなかった。


あんこ、怖いときは、頼っていいんだよ。俺たちだけじゃダメかもしれないけど…。俺は気持ちを込めて、あんこの指を甘噛みしてあげた。そしたら、あんこに鼻をもにゅっとされてしまった。でも、笑顔はゲットしたぞ。俺って偉い!


◇◇◇


猫の緊急会議が行われた。今日のあんこの事件の振り返りだ。あの野郎を何故防げなかったのか、今度こんなことが起きたら、どうすればいいか?が論点だ。

「でもさ、難しくない?相手は人間だよ?」

「猫カフェエリアだったら、攻撃もできるけど、それ以外だと…。」

「あんこに護身術でも身に付けさせるか?」

「そもそも、あんな輩が存在するのがダメなんじゃない?」

「猫にはいないよね?」

「人間は、お金が絡むと卑しくなる。」

「猫だってマタタビが絡むと卑しくなるわよ。」

「問題はー。あんこちゃんの身の安全が僕たちでは守れないってことだよ。」

「やっぱり、人間の男が必要なのかなぁ…。」

「あんこは俺が守る!」

「どうやって?今回みたいのが1階で起きてたらどうするの?」

「いや、でも…。」

「やっぱり、あんこさんの伴侶を探すべきよ!というか、私達で選んであげるべきよ!」

最後は花ママの意見に皆が、いや俺以外が同意した。俺は一家の長として、どうしてもあんこは自分たちで守りたい。

でも、如何せん俺たちは猫なわけで…。最後は俺もしぶしぶ同意した。

「じゃあ、選んでいこう。あの、太った中原さんとか、喧嘩っ早い市井さんとか、頼りなげな小倉さんとか、小さな神原さんとか?…。」

「そうねぇ。今のところ、あんこさんの出会いが少ないってことを考えるとそんな感じだけど…。中原さんは彼女がいるから除外よね?」

「え?居るの?」

「彼女が猫好きって言ってたじゃない?女性の匂いもぷんぷんさせてたし…。

あれは、同棲してるわよ、きっと…。」

花ママは相変わらず鼻が利く。

「それに神原さんも微妙よね?男性って感じがないんだもの。ホルモンバランス?ちょっと他と違う気がしたわ。」

マジで?鋭すぎやしませんか?花ちゃん!本当に猫なの?あー、俺、する気はないけど、浮気は止めとこうって心に決めた。花ちゃん相手に騙せる気がしない。



ハッピーパパの心中は穏やかでなかったが、猫達の緊急会議は終盤になってきていた。

「一番は、あんこさんを幸せにしてくれる人がいいと思うのよ。あんこさんの気持ちを大事に、密かに応援しましょう!」


「にゃー」

俺たちは、新たな決意を持ってあんこの伴侶探しをすることに決めた。


でも、絶対俺があんこを守るけどね。

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