第11話 遅れてきた訪問者

 みんなが頼んだ飲み物を作ろうとカフェの厨房に入ろうとして、あんこの足元がふらついた。まだ、足ががくがくとしているようだ。あんこは誰にも悟られないように、ゆっくりとした動作で動こうとしていた。

ダメだ、あんこ無理するな!

 俺は猫家族の長として、いや、あんこを守る長として必死に叫んだ。

「にゃにゃわーん」(注:あんこー俺がついてるぞ byパパ猫ハッピー)


 その時だ。猫カフェの入り口が不意に開いた。

「遅くなってごめん!もう打ち合わせ始まってる?」


身長160㎝前後、短髪のやせ型で少し大きめのジャケットとスリムパンツがよく似合っている…。

そいつは、ドアを開けて、明るい声で挨拶をすると不穏な雰囲気になっていた全体をさっと見渡した。

そして、次に俺たち猫の様子を観察した。

大きく肥った猫が多いこの猫カフェの中でも1,2位を争うだろう白と黒とグレーのよく見るアメリカンショートヘアの毛並みをしたパパ猫である俺が大声で鳴いていた。他の猫たちもゲージの前の扉に集まってウロウロしていた。

お客が座る椅子にはもう誰も座っていなかったのに、茶色の毛並みをした、またかなり肥った猫が小さな声で見えない敵と戦うかのように、残り香をクンクンしながら威嚇しているのも見えただろう。

「シャー。シャー。」(by長男シャーアズナブル)


「ねえ?お客さんって僕たちだけだよね?このドアを開けるよ?」

誰も同意していないのに、後から来た小柄な奴がサッと扉を開けた。

この一瞬の判断をしてくれたおかげで俺猫たちは、一斉にあんこの元に走って行くことが出来たんだ。


「あんこー!だいじょうか?」

「まだ震えてる…。」

「手首!手首!痛くないの?」

「怖かったでしょう?もう大丈夫だよ!」


俺たち猫は、口々にあんこの様子を心配して自分たちの想いを告げたが、見ている人間には単なる猫の鳴き声にしか聞こえなかったと思う。


 あんこは俺たち猫に囲まれ、やっと深呼吸ができたようだった。引きつっていた表情も和らいで、いつものように俺たちに微笑んでくれた。天使のようだよ、全く…。

俺たちの頭を順番に撫でると、うん、うんと頷いてくれた。

少しすると手の震えも収まった様子で、少し次男のレパード君を抱っこすると落ち着いたのか俺たち猫を猫エリアに誘導した。

ちっ!レパード君は、こんな時だけは、僕が一番心配してたって風に見せるから嫌なんだよね。あんこが真っ直ぐに歩けない程に足に絡みついていたのは、五男のロイヤルミルクティー君だ。こんな時に足フェチを発動しなくてもいいのに…。それでも俺たち猫たちは、猫エリアまで大人しくついていった。


「猫ちゃん達は、貴方の守り神みたいだね?」呟くように後から入ってきたやつがあんこに話しかけた。あんこの目には薄っすらと涙が滲んでいたけど、それでもにっこり笑うくらいには回復したようだった。

俺はホッとしたよ。


「で?何があったの?」

見知らぬやつは、その場を取り仕切るように口を開いた。



◇◇◇



ここまでのことを大雑把に太った男が小さい奴に話をして、その場が落ち着くと改めて自己紹介をすることになったようだ。5人はそのまま猫エリアに入ってきて椅子に座った。


 図体はデカいが、話し方が優しい男は、中原将太と名乗った。身長は180㎝を越えるかどうかだろう。身体がかなり大きくて、はっきり言って太っている分類に入ると思う。ま、俺や五男のロイヤルミルクティー君のサイズだな。Webのデザインをしてくれるようだ。

 痩せ型で、あの自称元社長に殴り掛かりそうになっていた口の悪い男は、市井守だそうだ。身長は170㎝くらいだろうか。四男小夏君くらいの痩せ型だけど、運動はできるって感じの体形だな。ま、俊敏性は俺の方が上だな。多分…な。

 後から入ってきた奴は、神原誠と名乗った。カメラマンらしい。身長160㎝くらいで、身体は小さいのにやたらと気が回る奴だ。ただ、名前を聞くまでは、俺はこいつが男か女か判断出来なかった。何故だか分からんが…。

 ついでに、その場に居合わせた常連の客も名を名乗っていた。小倉蒼一朗だってさ。こいつは良く来る客で、フリーのライターと職業を晒したが、俺は胡散臭い奴ってしか思えない。

 俺が自己紹介を聞きながら、心の中で一人一人を査定しているうちに、こいつらはお互いに名刺を見合いながらいろいろ話を始めていた。


 花ちゃんは、慎重に一人ずつの匂いを嗅いで回っていた。次男のレパード君や四男の小夏君は、男たち全員の足元でしっぽによるマーキングを始め、長女の茶々ちゃんと次女のだいちゃんは、あんこの膝の取り合いをしていた。いつものゆったりとした雰囲気にやっと戻ったようだった。


あんこは何か考え事をしているようだ。

神原誠と名乗った奴もじろじろとあんこを見ている。


「もしかして…。」(注:あんこ)

「やっぱり?」(注:小倉)

「小学校で一緒だった…まこくん?」(注:あんこ)

「あんちゃんだよね?久っさし振りー!」(注:小倉)

急にテンションが上がったのか、二人は手を取り合ってぶんぶん振り回し始めた。


おいおい!何だか乗りが女子会みたいだぞ?

今日は、店を宣伝するためのWebの打ち合わせじゃなかったのかよ…。

何だか拍子抜けした感があって、思わず「ニャウンウー」って変な声が出てしまった。

5人ははっと俺を見て、笑い始めた。


ま、和やかになってくれたから、これで良しとしよう…。

照れ隠しのように、俺は床で転がって見せてやった。これが、パパ猫のへそ天だぞって感じでさ。


少し落ち着いた店内には、いつも通りのコーヒーの香りが立ち上っていた。

あんこが皆にお礼のための飲み物を入れたようだった。

先程までのギスギスした雰囲気はなくなり、人見知りでパーソナルスペースを広めに取りやすいあんこの緊張感も緩み、何となく話しやすい感じになってきた。


俺は盛大にキャットタワーの柱で爪とぎをし、体中を舐めることに専念しようと思った。

長男のシャー君も落ち着いた様子で、キャットタワーのフックの中で身体を舐めている。ついでに爪を歯でむしり、床に吐き出した。

おいおい、お客様がいるんだぞ?もっと行儀よくしろよ!


俺が小さく呟くと、花ちゃんが笑って見ていた。


◇◇◇


そうそう…。

この後、常連客だった小倉って奴は全く姿を現さなくなった。

どっかのキャバクラ嬢に貢がされていて、多額の借金を背負っているらしい…って噂を神原って奴が聞いて来たらしく、あんこに報告していた。

人は見かけによらないな…。

あいつら、グルだったのかなぁ…。

嫌な世の中だな…。

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