第2話 あんこさんの件について

 私は、花という名前で、猫家族にとってはお母さんになる。出来れば、『花さん』って呼んでほしいわ。敬称って大事じゃない?

 

 私は、基本的には人間はあまり好きではないの。それには、いろいろ理由があるんだけど…。

 まず、私が生まれた家は、パパが立派なチャンピオンを取ったことがあるってだけでママを猫づくりマシーンのように扱ってどんどん生ませてペットショップに売るような所だったわ。私達を世話する人間は、もちろん優しく扱ってはくれたけど、ママに十分に甘えることなく私は売られてしまった。


 ママを想って毎日泣いたわ。離れてしまってとっても悲しかったのよ。

 そして、ペットショップに半月ほどいたけど、私を抱っこする人間には二種類いるってことが分かったわ。そう、購入希望か否かのどちらかよ。購入希望者は、他の猫と私を比べて目が大きいとか毛並みがいいとか…。私がその家に行きたいかなんて考えてはくれない。購入しないって決めながら抱っこする人間は、ただただぐりぐり撫でるだけで、私が気持ちいいと思う部分には触れてくれなかったわ。ゲージの中は、狭くてやたらと明るくて、落ち着かなかったし、近くの扉の他の猫たちは買われていくのに私は取り残されて…。みじめだったわ。


 その点、あんこさんは私の扱いが違ったわ。

「うちに来てくれるかな?同じアメショの男の子がいるんだけど、お嫁さんになってくれないかな?」

 優しく抱っこしながら、私の好きな場所を撫でながら、本当にそう私に尋ねたのよ。それも真面目な顔でね。

 私は「にゃー」って答えてあげたわ。そう、つまりYESってことよ。


 私が答えたら、あんこさんの行動は早かったわよ。すぐに購入手続きをしてくれて、数時間後はあんこさんの自宅に行けたわ。私嬉しかったのよ、とってもね。


 でも、ハッピー(パパ)さんを見た時、どうしよう…って思っちゃった。

だって、あんまりにも体格が良くて、のほほんとした性格で、苦労したことがありませんって感じで、普通の猫だったんですもの。


 あんこさんは気遣いがとても上手だったわ。

 家に行ってからは、私が嫌って思うことはできるだけしないよう、気を使ってくれたわ。最初は、ハッピーさんとは部屋を分けてくれて、私があんこさんに慣れるまでは、抱っこしたり撫でたりしないで、探検も自由にさせてくれたわ。

 ハッピーさんも、急に近づかないよう距離を保ってくれて、優しく優しくしてくれたのよ。ま、絆されたって感じね。大丈夫よ、好きになったわよ。ほんとよ。


 あんこさんは、本名は『平澤杏子』っていうんだけど、お付き合いしている人が『あんこ』って呼ぶから皆がそう呼ぶようになっているのよね。

 あんこさんは、実は不倫なのよね。お付き合いしている『省吾』さんにはご家庭があるようよ。ハッピーさんと私の間に子どもが欲しくなったのも、自分は省吾さんの子どもが生めないからだって、一度泣きながら私に話してくれたの。だから、二人が不倫関係っていうのも、本当ははっきり言って倫理的に私には受け入れられないのだけど、泣いているあんこさんを見たら、何も言えなくなっちゃってね。

 私、あんこさんの涙ってあんまり見たことがないから、辛いんだなって思ったわ。だから、あんこさんの代わりに子どもを作ってあげようって思ったのよ。

 でもでもね。あんこさんと省吾さんの二人を見ていると、何だか不倫って言うのもおかしな感じじゃないか?って気がするのよ。

 省吾さんがこの家に来たことって数回あるかどうかだし、リビングの奥の寝室には一度も入った形跡がない…。実は寝室には私達猫がいつもお邪魔しているから、知っているのよ。省吾さんの匂いなんか、一度だって嗅いだことはないわ。

 二人がベタベタと仲良くしている様子も見たことが無い…。可笑しいくらい、清廉潔白って感じでね。二人の会話なんてまるで上司と部下だし…。


 何と言ってもあんこさんには、その年代特有の女性ホルモンの香りがしないわ。男性を惹きつける、香しい匂いをさせない女性を男性は本当に手に入れたいって思うのかしら?

 あんこさん自身も気付いていない、何かしらの心の壁を省吾さんは壊そうとしていない。逆に守ろうとしているようにも見えるわ。

 何を守ろうとしているのかしら?

 あんこさんはとっても優しい女性だけど、女としての魅力は…。こんなこと言ったらとっても失礼だと思うけど、無いように見える。

 家族を頑なに作りたいって思うのに、あんこさんは自分の家族を作ることに執着していないようにも見える。

 複雑な事情ってものがあるのだろうけど、今はまだ分からないのよね…。


◇◇◇


 そうそう、私の家族の事の続きよね…。 

ハッピーさんとの最初の子どもは4人だったのだけど、2人は何処かに貰われて行ってしまったわ。あんこさんは人がいいから断りきれなかったのよね。

 でも、私はショックだったわ。何度も何度も子どもを探して、人数を何度も数えて、居ない居ないって泣いたわ。今思い出しても涙が出る…。

 あんこさんを恨んだわ。

 そしたら、あんこさんはもう一回子どもを作る機会をくれてね。

「もう二度と花さんの子どもをどこかにやるなんてしないから、安心して生んでね」

 って言ってくれたのよ。


 うふふふ。ハッピーさんと頑張っちゃいましたわ。

 二回目に生まれた子どもは7人よ。お産が大変であんこさんが居なかったら多分無事に生めなかったんじゃないかって今でも思うわ。

 2匹の子どもとは離れてしまったけど、9匹の子どもと優しい旦那様に囲まれて、私は今とっても幸せだと思うわ。


◇◇◇


 この猫カフェ「11Cats」は、2階なんですけど、1階部分にはワークスペースというか学習エリアというか、貸出用の会議のできるスペースや一人学習ができるエリアに区切られてレンタルできるシステムになっているのよ。駅から近いし、中小企業や個人事業主、学生の方が結構レンタルしてくれているから収益もいいみたい。2階の猫カフェには、1階のレンタルのあとに憩いとして来れられる人間や猫目当てにくる人間が来て、まあまあ繁盛しているわ。


 あ、そうそう、この家はね不倫相手からの貢ぎ物らしいわよ。

 あんこさんもやるじゃない?って思ったのだけど、本当はかなりお断りしたようで、『省吾』さんは半ば強引にあんこさん名義にしたようよ。不倫って後ろめたい関係でしょう?若いあんこさんの将来とか考えて?とも思うわ。まあ不動産はあって困るものじゃないから、いいんじゃないのって私は思うわ。


 そう、省吾さんは、あんこさんの壁を守りたい。それが形になっただけかもしれない…。そう言えば、城に閉じ込められたお姫様の昔話があったわよね?

あの話は、王子様が助けに来てくれたんじゃなかったかしら?


でも、この時代の女性は、自立も必要なのよね。

どちらが幸せなのかしら?どっちも手に入れることが出来たら…。

こんな風に欲張っちゃだめなのかしら?


『求めよ!さらば与えられん!』


私の好きな言葉よ!

本気で求めないと、幸せなんて来ない…。


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