君と自転車二人乗り ~腐れ縁たちの恋愛事情~

久野真一

君と自転車二人乗り

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 夜の商店街を必死で走り抜ける。

 といっても、誰かから逃げているわけではない。

 むしろ、追いかけているのだ。


「ほらほら、祐介ゆうすけー。もっと気合い入れんとあかんよー」


 前方を電動自転車で楽しそうに走る女子の名前は前橋まえばし佳代かよ

 少しふくよかな体型で、竹を割ったような性格が特徴だ。

 茶色の長い髪に、おおらかさを象徴するような垂れ目、でかい胸。

 俺の昔からの腐れ縁でもある。 


「お前は自転車でいいだろーけど。もうちょっとペース落としてくれよ」


 前を走る佳代に悪態をつく。

 全力疾走ぜんりょくしっそう一歩手前だ。息が切れて切れて仕方ない。

 

「しゃあないなあ。じゃあ、荷物、籠に入れてえーよ」


 自転車を一時ストップさせて、少し待ってくれる。


「さすがに助かる。鞄抱えてたらめっちゃ疲れるからなー」


 前の籠に通学用の鞄をぽいっと置いて再び走り出す。


「にしても、祐介、意外と体力あるよねー。小学校の頃はひ弱やったのに」


 どこか懐かしさを感じさせる声色。

 相変わらず自転車で先行しているから、表情はわからない。


「一体いつの話してるんだか。これでも、テニスサークル所属だぞ」


 といっても、ゆるゆるとテニスをするだけのサークルなんだがな。


「祐介も成長するってことやねー。お母さん嬉しいわ―」


 ツッコミ待ちのボケ台詞を吐く佳代。


「誰がお母さんか!お前にはオバハンが相応しいっての」


 だから、きついツッコミをお見舞いしてやる。

 走りながらだから、ツッコミも結構きつい。


「誰がオバハンや、誰が!」


 相変わらず笑いながらツッコミ返す佳代。

 こいつは酔うといっつもこうだ。


「で、ちょっとたんま。さすがに息が切れた」


 ぜぇぜぇと息をしながら、ストップをかける。


「祐介、汗びっしょりやんか」


 自転車を停めて振り向いた佳代が素早くタオルを出して俺の汗を拭ってくれる。


「お前がさんざん走らせたんだろーが!どの口が言うか、どの口が!」


 言いながら、両頬を引っ張ってやる。びろーんと伸びて面白い。


「花の乙女になんてことさらしとんねん!」

「なーにが花の乙女やねん。そんな酒臭い花の乙女があるかいな」


 気がついたら、大阪弁にスイッチしていた。


「ウチのサークルだとそれはもう、ウチは大人気やで?」


 えっへんと胸を張っていう佳代だが、どうだか。


「サークルの姫って奴か。お前がそんな立ち位置想像でけへんけどなー」


 いや、ほんと。


「別にサークルの姫って程やないよ。ただ、言い寄る男が多いってだけ」

「それがサークルの姫って奴だろ。母性溢れるタイプやからなー。気持ちはわかる」

「ウチはまだ20やで。それで母性溢れる言われてもな―」


 苦々しげな顔。

 そうこうしている内に、だいぶ呼吸が落ち着いて来た。


「そろそろ再出発しよか。後ろ乗ってもええよ?」

「それなら、最初から言えっつ―の。つか、条例的に大丈夫なんか?」

「ここら辺は緩いからダイジョーブ、ダイジョーブ」

「ま、それならありがたく」


 電動自転車の後部の荷台に座って、佳代を後ろから抱きしめる体勢になる。

 そして、佳代は再び自転車を走らせ始める。


「……ひょっとして、お腹のお肉ついとるなーとか思ってへんやろね」


 またツッコミ待ちの台詞。こいつはわかってて、こういうボケをすることが多い。


「これくらい肉付きがいいくらいの方がちょうどええやろ」


 男として、多少ドキドキはするが、こうするのも慣れたもの。

 軽口で返す。


「そういうとこ、祐介はいっつも優しいなあ」

「よせやい。お前に褒められると虫唾が走る」

「せっかくウチが褒めとるのに、虫唾が走るとはなんや!」


 言葉だけを聞くと一見険悪にも聞こえるやり取り。

 ただ、俺達なりの親しみを込めたやり取りだ。


 少しの間、お互い無言になる。

 時は5月。夜も随分暖かい季節だ。


「君と自転車二人乗りってな」


 ふと、このシチュエーションにマッチする言葉を思い出す。


「何や急に。そんなロマンチックなシチュエーションやないやろ」


 笑いながら、そんな事を返す佳代。


「それもそうやな。もっとほっそりして、優しかったら違うんやろけどな」


 ほんとはこいつはとても優しい。でも、照れくさいのでそう言って誤魔化す。


「言うにことかいて……。ま、ウチも好きに生きとるから、ええけど」


 相変わらず佳代は愉快そうだ。

 酒のせいなのか、旧友である俺と一緒だからか。


 しばらく自転車を走らせて目的地に到着した。


「とうちゃくー。閉店間際で助かったわー」

「俺にしてみれば、まだ飲むんかいな!って言いたいがな」

「祐介が酒に弱すぎるんよ」

「比較対象が悪すぎる」


 いつものように軽口を叩きながら、佳代行きつけの酒屋に行く。


「で、また、度数の高いものを……」


 佳代が酒屋で買ったのは、泡盛にウィスキー、日本酒など。

 さすがに一晩で飲める……とは思いたくない。


「今日は二人で飲み明かすって決めたやろ?」

「俺は既にさんざん飲んでるんやけどな」

「細かいこといいっこなしやって」


 こんなやり取りをしている俺は、黒田祐介。大学3年生だ。

 となりで笑っているのは、腐れ縁の前橋佳代。同じく大学3年生だ。


 こいつとの付き合いは小学校に遡る。

 特に劇的な出来事があったわけじゃないんだが、不思議と馬があった。

 中学も高校も大学も違うのに、毎週のように遊ぶそんな関係。


「とうちゃーく。疲れたわー」


 そして、帰りは再び二人乗りであっという間に俺のマンションに到着。


「さんざん走らされた俺の方が疲れたんやけどな」


 言いつつ、俺の住んでいる1Kの部屋まで案内。

 座布団を用意して、ちゃぶ台で向かいあう。


「それじゃー、まあ、乾杯!」

「そこは再会を祝してーとかやな。祐介は気が効かんのやから」

「毎週のように会ってるのに、再会もクソもあるかいな」


 実際、大学に入ってから、こいつと二人で会ったのはもう何度か。

 最多の月で毎週。最小の月でも1回はこうして酒盛りをしている。

 

「祐介との付き合いももう長いもんやねー」


 泡盛をぐびぐびと飲みながら、感慨深げに言う。


「6歳からやから……15年ってとこか。ほんとよく続くもんやで」


 なんで、進路がことごとく違うのに、縁が続いてるのやら。


「やっぱり気楽やからやろな。サークルの友達とか気を遣うんよね」

「お前って文系男子に好かれる性格してるしな」


 こいつのサークルは、漫画部。

 といっても、漫画を書くわけじゃなく、単に読むだけ。


「そうそう。やったらピュアな男子に告白されるのも困るわー」


 本当に困ったような顔と声。

 一見、豪放磊落だけど、こいつは意外と繊細だ。


「お前が誰彼構わず優しくするからやって。ちゃんと距離置いてやらんと」


 昔からそうだった。こいつはほんとお世話好きだから。


「ウチはそういうのはやっぱ嫌やよ。異性の間やって友情は成立すると思わへん?」


 その言葉に少し考える。

 確かに、それはそうだと思うが、まず、こいつは容姿がいい。

 その上に親しくない相手でも優しくする上に、気さくで話しやすい。

 勘違いするなというのも無理があるだろう。


「佳代の言いたいことはわかるんやけどな……。彼氏居ることにするとかどうや?」


 さすがに彼氏が居ると公言してしまえば寄ってくる虫も減るだろう。


「偽装彼氏っちゅうやつ?さすがに、それは相手にも失礼やから、ちょっとウチは……」


 この案にも難色を示される。

 こいつは不器用っていうか、割り切りが下手なんだから。


「ほい。グラス空いとるよ」


 めざとく、俺のグラスにウイスキーを注いで、氷を放り込んでくる。


「まだ飲ます気かい……二日酔いは勘弁やけど」

「堅いこといいっこなし。明日は土曜日やろ?」

「まあ、ええか」


 と、ウイスキーをロックでちびちびと飲む。


「しっかし、佳代はやっぱ美味い酒知っとるよなー」


 今飲んでいるウィスキーも味に深みがあって、それでいて飲みやすい。


「ま、ウチは毎日飲んどるからな。自然と覚えるもんよ」

「お前が将来肝臓壊さんか心配になってきたわ。休肝日くらい作れよ」

「心配せんでもだいじょうぶ、だいじょうぶ」


 しばし、無言で酒を飲む。

 佳代はぐびぐびと。

 俺はちびちびと。


「でー。祐介は未だに彼女おらへんのー?」


 来た。絡み酒だ。


「なんべん言わすんや。居らへんって言っとるやろー」

「ほんとにかー?こんな体格ええのに」


 言いながら、俺の胸、お腹、背中とさわさわとしてくる。


「ちょ、くすぐったいっつーの。というか、セクハラやぞ」


 無理やり嫌そうな顔をつくってセクハラを訴える。


「祐介が嫌やったらセクハラやけどなー。ほんとに、嫌なんー?」


 その言葉にドキりとする。嫌かどうかって…そりゃ嫌じゃないに決まってる。

 

「……」


 どう答えればいいか少し思案する。


「ちょ、ちょい。そこは、「お前なんかごめんや!」って突っ込むところやろ!」


 酔いながらも、どこか慌てた様子の佳代。


「なあ、さっきの偽装彼氏の件やけどさ……俺がやってもええんやで?」


 それは、さっきから少し考えていたこと。


「ちょ、なんや急に?それこそ、祐介に失礼やろー」

「別に今更俺に遠慮するような仲でもないやろ」

「相手が祐介だからこそやっつうの。それやったら、彼女もでけへんやろ」


 ほんとに、律儀だ。昔から。

 こいつに惚れる男が多数いるのも本当に納得だ。

 ただ、こいつは少し勘違いしている。


「俺はまあ、偽装やなくて……佳代がほんまの彼女でもええと思っとるで」


 酒の勢いに任せて言う。言ってしまった。


「……え、ええと。冗談やろ?なんてツッコミしたらええ?」

「俺は本気やで」

「ちょ、ちょい待ち。祐介はウチに恋愛感情とかないってさんざん言っとったやないの!」


 慌て始める佳代。そんな様が少し可愛く感じる。


「まあ、ぶっちゃけ、恋愛感情かっちゅーとよーわからん」


 そんな本音をぶっちゃける。


「何やそれ!そこは、実はウチのこと前から好きやったんやーとか言う場面やないの?」


 怒っているのか照れているのか酔っているのか。

 しかし、混乱しているのは嫌というほど伝わってくる。


「やって、それが俺の本音やからな。お前と居ると居心地ええし、女としても魅力的やと思っとる。それに、性格もええと来てる。好いとるのはほんまやで」


 こいつの事が好きなのは事実。でも、その好きが何なのか、未だに俺は表現する言葉を持っていない。確かに、こいつの身体には何度も欲情したことはあるし、夜のオカズにしたこともある。自転車二人乗りで抱きついた時に、ドキッとする感情も有る。


 でも、一方で、友人として見ている部分もある。例えば、今日、仮にこいつに彼氏が出来たと言われても、素直に祝福してやれたという自信がある。


 だから、そんな感情にどんな名前をつければいいのか俺はわからない。


「そ、その。それは告白やと思ってええのん?」


 面白いくらいに狼狽している佳代が可愛らしい。


「どうやろな。俺は、別に告白なんて儀式が必要やって思ったことはないし。でも、お前を抱きたいと思うし、女として魅力的やと思っとる。やから、まあ、普通の恋人と違うかもしれへんけど、たぶん好きなんやと思う」


 それが俺の正直な気持ち。こんな歪な感情、他に誰にも言えない。ただ、腐れ縁のこいつだからこそ、正面から言いたいと思ったのだ。


「……祐介もほんと難儀な性格しとるね」


 佳代はため息をついた。


「そこはお互い様やろ」


 俺も負けじと言い返す。


「はぁー。もうええわ。負けたわ。ウチが先に惚れたんやしな。ウチみたいなんと一緒になってもって思ってずっと言えへんかったけどな」


 そんな言葉を吐露する。


「それでか。道理で誰とも付き合おうとせえへんなと思っとったわ」


 こいつにしてみれば、大勢の男が寄ってくる状況はよりどりみどりなのに、こうやって酒の肴にはするけど、付き合うそぶりを見せないのが疑問だったのだ。


「それで?ウチらはこれから正式なカレカノってことでええの?」


 少し自信がなさげな声。ああ、そうか。俺の告白が中途半端なものだから……。


「たぶん、お前の思ってる彼氏彼女にはなれる、と思う」

「なんで自信なさげなやねん!」

「そう言われてもな……。俺は独占欲薄いっちゅうのか。まずないと思うんやけど、お前が浮気しても許す自信があるくらいや。それって普通の彼氏彼女やとありえへんやろ?」


 こいつの事を愛しいと思う気持ちと、俺が独占出来なくても幸せになって欲しい気持ちが共存している。だから、普通の意味での彼氏彼女になれるか少し自信がないのだ。


「やったら、それでもええよ。ウチは浮気するつもりはないし、祐介も浮気するつもりはないやろ?」

「当然。他の女に目移りしたりはせえへんよ」

「やったら、もっと素直な告白してくれへん?」

「お前やから、素直な気持ちをいったんやけどな」

「はぁ。なんで、こんな変人を好きになったんやろ……」

「相手が悪かったと思って諦めろ」


 こうして、夜の酒盛りで、俺たちは恋人同士(?)になったのだった。

 翌朝。


「はぁー。にしても、長年の想いがこんな形で叶うとは思ってへんかったわ」


 酒のつまみやらグラスが置かれている部屋で、伸びをする佳代。


「長年?一体いつからなんや?」

「それこそ、中学校の頃からよ。偶然で縁が続いたとでも思っとるん?」

「言われてみれば……お前の方からいっつも誘ってきとったな……」


 なんで、ここまで縁が続いたのか不思議だったけど、なるほどそういうことか。


「ま、世の中そう都合ええことはあらへんってことやで♪」


 そう言った彼女はとても楽しそうだった。

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