第4章 心の在処 ④
「さっきも言いましたけど、私にとってアタルさんはヒーローです」
そんな言葉を皮切りに、栞ちゃんは語り始めた。
「そしてアタルさんや夏姫さんは、私を友人として迎えてくれました。
「……俺たちにとっても光栄なことだよ。裏社会の住人に関わろうとする
「そんなこと――……それで、私はアタルさんが日本を出るまでアタルさんを見てました。正直に言います。知り合った頃のアタルさんは、その」
「言葉を選ばなくていいよ」
「その――心のどこかが欠けている、そう思いました」
――だろうな。自覚がある。彼女の言葉に納得していると、栞ちゃんは言葉を続けた。
「ところでアタルさん、心ってどこにあるんでしょう?」
「頭蓋骨の中だ。心ってのはつまり、脳の生理活動の一種だ」
「科学的にはそうかも知れません。だけど私はそう思いません」
栞ちゃんは俺の返答にきっぱりと否と言った。
「私、ココロはその人そのものだと思います。肩、手、腰――髪の毛からだって
「
「能力を使わなくても、アタルさんに悪意がないのはわかってます――そして、誤解ですアタルさん」
栞ちゃんが笑う。
「心は陶器やガラスじゃありません。生きています――一年前、アタルさんが日本を出る少し前……あの頃は初めて会った頃とは別人のようでした。そして、今日はもっとそう思えます」
「……別人?」
「はい。初めて会った時から、アタルさんは会うたびに欠けていたものを――失ったものを取り戻しているような、そんな風に見えました。さっきのアタルさんの話を聞いて納得しました。きっと私を助けてくれた頃のアタルさんなら、日本を出ずに、あの公安の捜査官を殺していたと思います」
「……そんなに出会った頃の俺は分別がなかったか?」
「というより、孤高というか、排他的というか――……でも、アタルさんは夏姫さんの安全を優先して捜査官の追跡を躱すために国外へ出ました」
「理性的な判断のつもりだったんだけどな」
「欠けたように見えていた心が成長したから――だから、夏姫さんを思いやった判断ができたんじゃないでしょうか」
それは俺にとっては意外な言葉だった。俺の心が、成長してる――……?
「アタルさんは、何が間違っていて、何が正しいのか――そんなことを考えなくていいと思います。ご自分で思うやり方で夏姫さんを大事にして、そのついでで私やカズマさんを守って下さい。そうしたら、きっと――……少なくともこの街は、一般人と善良な異能犯罪者が住みやすい街になります」
「善良な犯罪者ね」
「たとえば、アタルさんです――私はアタルさんを絶対悪だと思いません。環境のせいでそうせざるを得なかっただけで、性質は悪じゃないですもん」
「や、そうは言うけど栞ちゃん――期待に応えられなくて悪いけど、俺はそこまでいい奴じゃないよ」
「人を見る目はあるつもりです」
きっぱりと、栞ちゃん――
「好き勝手にやってるだけさ」
「それで一般人には決して手を出さない――それどころか敵以外には善良的でさえあるんだから、やっぱりアタルさんはヒーローです」
そう言って栞ちゃんは笑った。
「アタルさん。今のアタルさんに
「……けどさ」
言いかけた俺を、栞ちゃんが視線で止める。
「
「……聞いておこうかな。念のために」
俺がそう言うと、栞ちゃんは可笑しそうに笑った。
そして――
「夏姫さんの一番の望みは、アタルさんとの結婚じゃないですよ。それはわかりやすいカタチってだけで、一番はアタルさんと一緒にいること――アタルさんに愛されて、アタルさんを愛することです」
「……かもな」
「
「ああ、言われたよ」
栞ちゃんの言葉に頷く。まだ、涙で頬を濡らし、泣き叫ぶ夏姫の顔を憶えている。
「それが全てです。アタルさんは思うまま自由にすればいいと思います。ただ、一つ――今度は夏姫さんを連れてってあげてください。それが何より夏姫さんが望むことだと――私はそう思います」
栞ちゃんはそう言って、話は終わりだとばかりにフォークをチーズケーキに刺した。一口サイズに切り取ったそれを口に運び――
「――美味しいです」
「そりゃよかった」
メロンクリームソーダに口をつけて答える。
「今度、学校の友達を連れてきてもいいですか?」
「もちろん。マスターに栞ちゃんが来たときはドリンクをサービスするように言っておくよ。全部無料だとかえって来づらくなるだろ?」
「いいんですか?」
「今日のアドバイスと――去年の一件で助けてもらった礼としちゃ安いくらいだよ。ところで次の春には卒業だろ? 本気で《スカム》に?」
「もちろんです」
にこやかに頷く栞ちゃん。
「まあ、《スカム》――っつかカズマくんは大喜びだろうけどな。今の情報部は以前に比べて穴だらけでな。
「……夏姫さんに相談して、表向きは《スカム》のフロント企業……病院や飲食店の事務として就職するカタチをとればいいんじゃないかって。私が本気ならお爺さんやカズマさんに話してくれるって。母には進学はせず、地元で就職をしたいって話してます」
まるで迷わずに栞ちゃんが言う。
「言いたかないが、
尋ねると、栞ちゃんは首を横に振った。
「ああいうことがあったので、母は私に異能には関わらないでいて欲しいみたいです」
「そいつは――……親不孝な選択をしたな。お父さんには?」
「本当の事を話してあります。私を助けてくれたアタルさんやカズマさんの組織で働いて、この街の異能犯罪の抑制に努めたいって」
「……それで?」
「アタルさんは信じられるから、彼の組織なら心配ないって。その代わり、母に心配かけないようにシフトは普通のサラリーマンと同様にしてもらって、仕事も普通の仕事を装いなさいと」
「……なるほどね」
公認かよ。まあ、相馬氏ならそう言うかもな……
「正確にはアタルさんは先代ですけど、今のボスはカズマさんですから大丈夫ですよね?」
「ついでに言うと初代会長がまだ組織に残ってるからな。《スカム》は多分日本一健全な異能犯罪組織だぜ」
「安心して就職できますね」
顔を綻ばせる彼女――彼女もきっと、正しく壊れてる。
――さて。
「出ようか」
「はい」
彼女がケーキを食べ終わった頃を見計らって声をかける。そして二人で並んで店を出たところで――
「悪いんだけど、その――……」
俺が歯切れ悪く言いかけたところを、栞ちゃんは満足そうに頷いて遮る。
「ええ、わかってます。一人で帰れます。アタルさんは早く夏姫さんのところへ行ってあげてください」
「――ありがとう。今日は本当に――今は俺、スマホ持ってないけどカズマくんか夏姫ちゃんに言えば連絡つくからさ。困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
「アタルさんにそう言ってもらえたらこの街じゃ最強ですね」
栞ちゃんはそう言って、小さく手を上げて胸元で手を振る。俺はそんな彼女の肩をたたき、駅に停めたバイクの元へと急いだ。
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