第4章 心の在処 ③

「……詳しく聞かせてもらっていいですか?」


 栞ちゃんは慎重に、丁寧に――俺の真意を確かめるようにそう言った。


 どのみちこの後精神観測メトリーしてもらうならおためごかしは通用しない。俺は胸の裡を吐き出すように伝える。


「俺は夏姫ちゃんの近くに居ない方がいいんじゃないか――そう思うんだ。俺と出会ったことで、ただの軽犯罪者だった夏姫ちゃんがもう引き返せないところまで足を踏み入れかけている。T市の件は知ってる?」


「――結婚のくだりで、ある程度は」


「なら細かいところは後で精神観測メトリーで補完してくれ――俺はその件を無事遂行することで、戸籍を入手することになっている――新しい人間としてやり直せる、らしい」


「それが元で結婚の話がでたんですよね」


 ああ、と栞ちゃんの言葉に頷く。


「戸籍があれば、裏社会で犯罪に手を染めなくても普通に働ける――そこから話が広がって、夏姫ちゃんが望むなら一緒になるのもいいかなと思ったんだ――俺だって夏姫ちゃんと一緒にいられるならそれがいい。いいと思ってたんだけど」


「……何かあったんですか?」


 彼女の問いに、なるべく要点をまとめようと言葉を探しながら答える。


「……異能犯罪者狩りをしている連中に俺やカズマくんが目をつけられたんだ。そいつらの一人が昨夜襲ってきたんだけど、そいつを殺したことでいくつか問題点が出てきてね」


 伝える――殺した、というところで嫌悪感を示されるかと思ったが、栞ちゃんは眉一つ動かさなかった。《スカム》に就職しようってのは伊逹じゃないらしい。


「問題、ですか」


「ああ。夏姫ちゃんは俺に相手を殺すなと言った。異能犯罪者狩りは異能犯罪者じゃないと言うんだ。対して俺は殺せるべき時に殺すべきだと考えた。状況次第じゃ――例えば不意を突かれる、なんて状況なら俺も抵抗らしい抵抗もできないまま殺されるかも知れない――そんな相手だった」


「……夏姫さんは、どうしてその敵を殺すなと」


「俺の他人への対応に不安があるみたいだ。敵対したら殺害――そんな環境だったから、表社会でそんな調子じゃあっと言う間に手が後ろに回るって」


「実際どうなんです? アタルさんは、敵対者は必ず殺すべきだと考えているんですか?」


「まさかだろ――殺さなくてもいい相手は殺したりしないし、労力や損得だって考える。今回の場合は『損』かな――今殺しておかないと、必ず何らかの被害が出ると思った。ついでに言えば、このことで夏姫ちゃんと対立したとしても殺して良かったと思ってる」


「……アタルさんがそこまで言う相手ですか」


「色々謎も残ってるんだけど、相手の異能は能力のコピーかハックか、ともかく居合わせた対象の異能を自由に扱うものだった。カズマくんの様に消えたり、俺みたいにブーストしたり、追い詰められた状況で大したことない火力の発火能力パイロキネシスを使ったり……その辺も詳しく知りたければ後で補完してくれ――で、だ。理由がなければ殺さないと言った口で言うのもなんだけど、状況次第じゃ殺さなくていい相手も殺す。自分であんまり意識したことなかったけど、昨日思い当たった」


「……それを聞いても?」


 栞ちゃんが尋ねてくる。俺は是非の代わりにずばり答えた。フィリピンで、ゲヘナシティで――……


「一定以上思い入れのある女を踏みにじられると、俺はそいつを殺すみたいだ」


 言うまでもなく夏姫と――そして、ターニャの件だ。ターニャの件では組織を壊滅させた。夏姫は、知り合った時の夏姫を攫った連中を殺したのは兼定氏からの依頼があったからノーカンとしても、夏姫のリストチェーンを踏みにじったスクリットを殺した。


 奴との敵対は明確だったものの、荊棘おどろがスクリットの雇い主であったラビィを言外に殺すと宣言した時点でスクリットの必殺は課題でなくなった。無力化すればいいだけの相手を、俺は殺意を持って死に至らしめた。


 俺の言葉に栞ちゃんが答える――俺にとっては意外な言葉を。


「でも、それはこの界隈じゃ必要なことじゃないんですか? 言い方困りますけど、自分の女をいいようにされて報復できない人は裏社会じゃちょっとやってけないですよね?」


「……かもね。栞ちゃんもすっかり考え方が異能犯罪者こっち側だ」


「恐縮です」


 恐縮ですじゃねえよ。親御さんが泣く……や、相馬氏も異能犯罪者こっち側寄りだしな。今更か。


「つまり、夏姫さんの考えるアタルさんの敵への対処と、アタルさんが考えるそれに差があるから、一緒にいない方がいいと? このままだと表社会に出てもすぐに犯罪者になってしまうのが明白だから?」


 栞ちゃんの問いに、俺は首を横に振る。


「……じゃあ殺人に抵抗がないことが?」


 それもノーだ。内包してると言えなくもないが。


「だったら、何が不安で――あるいは悩んで、私に相談したいんですか?」


「俺の不安は――」


 問われ、俺はそれを口にする。


「こういった問題点が浮き彫りになったことで、俺は一緒にいない方がいいならそうした方がいいと思うんだ。そう結論づけたことは理論的に正しいと思うんだけど、この判断が正しいのかわからない。栞ちゃんには精神観測サイコメトリーで本当は俺がどんな人間で、何を考えて何を望んでいるのか――それを読み取って欲しいんだ」


 俺が新たな戸籍を得て表社会で暮らし――それで改めて犯罪者となって夏姫が悲しい思いをするなら、戸籍を得なければいい。


 戸籍を得ないのであれば、荊棘おどろは俺と決着をつけようとするだろう。あいつと再び構えるなどごめんだ。また海外で逃亡生活をすることになるだろう。


 そんなものに夏姫を伴えるわけがない。となれば――……


 間違っていないはずだ。だが自信が持てないのも確かだ。


 俺が口にした望みに、栞ちゃんは微笑んで――


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