第4章 心の在処 ②
適当に時間を潰し、午後も十五時を過ぎたころ――
俺は待ち合わせの為に駅前のバス停、そこに設えられたベンチでぼんやりとしていた。対して待たずに――時間を合せて来たのだから当然だが――バスが到着し、ぞろぞろと乗客が降りてくる。そのほとんどが制服を着た高校生だ。俺と同年代の少年少女が談笑しながら、あるいは一人で駅へ、カフェへ、コンビニへと向かっていく。
そして――バスから降りてきた最後の客が俺の待ち人だった。その女子学生は俺に気がつくと笑顔を見せ、少しだけ歩調を早めて近づいてきた。
「こんにちは、アタルさん」
「こんにちは、栞ちゃん」
声をかけられ、言葉を返す。待ち合わせの相手は相馬栞――一般人に生まれながら後天的に
栞ちゃんはベンチに座る俺の前に立つと、少し怒ったような表情で――
「アタルさんには驚かされてばかりです。急にいなくなって、今度は急に相談があるから会って欲しいなんて。カズマさんからのメッセージ受信したとき、驚いてスマホ廊下に落としちゃいました」
――栞ちゃんとは知らない仲じゃない。事件の後、夏姫の事務所を頻繁に訪ねてきて能力の制御や能力者について色々と相談を受けた。夏姫の方とはもうすっかり友人で、俺も一緒に遊びに行ったこともある。
当時は俺も連絡先を交換したのだが、あの頃使っていた端末は今、手元にない。俺は昼過ぎに天龍寺家に顔を出し、
というかカズマくん、後遺症も残らず昨夜の怪我が治ったのは良かったけど、あいつ《スカム》の会長のくせにいつまで兼定氏の家に居候するつもりなんだろう。
「そりゃごめん。スマホは無事だった?」
「画面が割れでもしたら、アタルさんに新しいのねだれたんですけどね。残念なことに無事でした」
「カズマくんにねだれよ。今のカズマくんならそれぐらいぽんと買ってくれるでしょ」
正確にはカズマくんの面子を立たせようとする幹部連中が、じゃなければカズマくんが可愛くて仕方ない兼定氏が、だが。
俺の言葉に栞ちゃんは首を横に振り――
「――カズマさんは、第一進路希望の会長さんですから」
そうだった。栞ちゃんはスカムに就職したいんだったな。
「そのあたりの話もきかせてもらいたいな。歩いてすぐのところに《ス――……ウチの系列店があるんだ。喫茶店なんだけど、俺の顔が効くからそこに行こうか」
「はい。私も聞きたいこと、言いたいことがあります」
……そういや日本をでる時、栞ちゃんにはなにも言えなかったな。
俺はそんなことを思い出しながら栞ちゃんと並んで駅前通りを歩き始めた。さすがにこの時間、人出なら小鳥遊清花に尾けられていたとしても凶行には及ぶということはないだろう。
もっとも、敵意は感知できないのでそれもないと思うが。まさか佐木柊真を殺されて俺に敵意を抱かないことはないはずだ。
◆ ◆ ◆
駅近くにある、樹木の名前がつけられた喫茶店。中年男性が経営するクラシックな喫茶店ということになっているが、この人物はいわゆる雇われ店長という奴で――その雇用主がスカムのフロント企業というわけだ。
趣のある外観のその喫茶店――重たい木の扉を押し開けて、栞ちゃんと共に入店するとマスターがちらりと顔を上げてこちらを見る。顔見知りで、余計なことを言ったりしない。
入ってすぐのテーブルにあったメニューを手にとり、それを開いて栞ちゃんに見せる。
「……こういうのは、テーブルについてからでは?」
「奥の個室を使うからさ。マスターに注文とりに来させるのも手間でしょ?」
まあ、何度も来て欲しくないというだけだけど。ともかくそう伝えると栞ちゃんは納得したように頷き、メニューを受け取った。
「奢るから、好きなの頼みな」
「いいんですか?」
「もちろん」
頷くと栞ちゃんは心なしか嬉しそうにメニューと睨めっこをし――
「チーズケーキとメロンクリームソーダはカロリー摂りすぎですかね?」
……さすがにそれは口の中が甘くなりそうだが。
「若いんだから平気でしょ。マスター、チーズケーキ一つとメロンクリームソーダ二つね」
「かしこまりました」
カウンターの向こうでマスターが頷くのを確認し、俺はそのまま栞ちゃんを連れて個室に向かう。何度か利用したことがあるので、店内の間取りも把握している。
そのまま栞ちゃんを案内し、彼女に上座を勧める。栞ちゃんが着席するのを見て俺も対面に腰掛けると、意外そうな表情で彼女が言った。
「アタルさんがメロンクリームソーダって、なんか意外です」
「そう? 大好物だけど」
「なんかクールと言うか、大人っぽいと言うか――そういうイメージだったんで。ブラックコーヒーとか似合いそうです」
「あんな苦い汁飲めるかよ――何度か一緒に出かけたことあるけど、そんな気取ったもん頼んだことないだろ?」
「……そう言えば、私たちと一緒に甘いもの頼んでましたね」
私たちの《たち》とは言うまでもなく夏姫のことだ。意図せず夏姫を意識してしまったが、それを彼女は見逃さなかった。
「相談って、夏姫さんのことですか?」
「……まあ、そうなんだけどさ。取りあえず注文来てからにしよう。マスターがきて途端に黙り込むのも変でしょ。聞かれても他言する人じゃないけど、俺があんまり聞かれたくない」
「わかりました」
俺の言葉に栞ちゃんは頷いてくれた。一旦会話が途切れ、店内に流れるクラシックがうっすらと聞こえてくる。
そう間を置かずにそんな静かな部屋の中にノックの音が響く。次いでガチャリと扉が開かれ、手にしたトレイに注文した品を載せたマスターが入ってきた。マスターは会釈しながら栞ちゃんと俺の前にそれを置き、黙したまま退室していく。
そんなマスターを見送った栞ちゃんが少し困ったように、
「……無口なマスターなんですね。普通ご注文の品は以上でしょうか、とか言いません?」
「俺に気を遣ってるんだよ。大親分――カズマくんの兄貴分がゲスト連れて人払いしろなんて言うから。流れ的には俺自身も元大親分だし、聞かず言わざるってね」
「なるほど――ですよね。カズマさん、今はこの街の裏社会の頂点なわけですし、アタルさんはそのカズマさんが兄さんって呼ぶ人ですもんね」
「ま、普段のカズマくん見てるとそんな大物には見えないけどね」
メロンクリームソーダに口をつけながらそう言うと、同じように栞ちゃんもメロンクリームソーダに手を伸ばしつつ、
「そんなアタルさんが――この街の裏社会――その頂点にいたアタルさんが、どうして夏姫さんを置いて日本を出ていかなければならなかったんですか?」
――……まあ、そうだな。俺の相談の前に彼女の問いに答える必要があるよな。あの時の礼も言ってないわけだし。
「話の顛末は聞いてる?」
「カズマさんや夏姫さんから聞いてます。でも、アタルさんから説明して欲しいです。夏姫さんのこと考えたら、私――……」
怒ってるんですよ、とでも言いたげに栞ちゃん。
「……俺が日本を出る前のトラブルで、栞ちゃんに協力してもらっただろ? 憶えてる?」
「もちろんです」
俺の言葉に即答する栞ちゃん。トラブルとは
「あの時はありがとう。危険な目に遭わせた。栞ちゃんの協力がなければ奴に勝てなかったかも知れない」
「いえ――そんなこと。私はアタルさんに命を救ってもらったと思ってます。できることならなんでもしますよ」
「大袈裟だな。あの時俺たちが負けたとしても、連中に利用されることはあっても命に別状はなかったはずだ。じゃないと連中も栞ちゃんを攫った意味がない」
「でも、それならきっともう私は両親に会うことも、自分の意志で生きることもできなかったと思います。だから、アタルさんとカズマさんは命の恩人です。シオリさんも」
「――まあ、お互いこの辺にしておこう。ともかく、
実際、あの時奴に勝ったのは奴の異能がどんなものか知っていたからというのが大きい。その上で薄氷を踏むような勝利――平手で戦っていたら負けていたかも知れない。
「私のことはいいです。どうして夏姫さんを連れて行ってあげなかったんですか?」
厳しい目つきで栞ちゃんが俺に問う。
「どうしてって――夏姫ちゃんには公安に追われる理由がない。連れてってわざわざ危ない目に遭わせる必要はないだろ?」
「それでも――たとえそのせいで命を危険に晒すようなことになっても、夏姫さんはアタルさんに連れて行って欲しかったはずです」
「……ま、だからゲヘナシティまで俺を探しに来たんだろうね」
「ちゃんと反省しました? もう夏姫さんを置いてどこかに行ったりしないですか?」
「……したよ。置いて行くっていうのは――……ちょっと夏姫ちゃんと離れて別行動って予定があるけど、大きな意味じゃもう離れるつもりはないと言うか」
俺がそう言うと、栞ちゃんは試すように――
「――将来的に結婚するんですもんね?」
「……夏姫ちゃんに聞いたか」
「メッセージで。すごく嬉しそうでした。だから私は、夏姫さんの友人として絶対言っておかなくちゃって。もう夏姫さんと離れちゃ駄目ですよ?」
悪戯が成功した子供の様な表情で栞ちゃんが言う。
しかし――俺はその言葉に応と即答できなかった。
「……相談ってのはそれ込みなんだけどさ」
俺の言葉に、栞ちゃんはなにか察したようだった。いたずらっ子の様な笑顔から一点、口元を引き締める。
「――聞きます。なんでしょうか」
「俺を
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