第3章 すれ違いとデスマスク ④
不意にゲヘナシティでの殺し合いの一幕が頭をよぎる。
二つの
そいつは俺の両目の
それを信じている訳ではない。現に俺の異能は《
だが、この少年の碧く輝く両目――こいつも
それを封じられてこの余裕、そして異能発動を告げる
だとしたら――二つ目の異能なんて予想もしてないだろうカズマくんが危ない。
臨戦態勢――魔眼を開く。《
――つまり、今は『消える能力』ではない異能を使っているということだ。
カズマくんが殺されてからでは遅い。割って入ろうと地面を蹴ろうとしたとき、少年と視線が交錯した。奴のマスクが動く――まるでその下で口角をあげているかのように。
地面を蹴る。三歩で届く距離だ――しかし一歩目と同時に奴は早業でカズマくんを地面ねじ伏せ、二歩目と同時に倒れたカズマくんの脇腹を踵で踏み抜く。
三歩目――奴を間合に捉えると同時、少年の方も俺に向き直り迎撃の姿勢を見せた。
冷静でいられたら動揺したかもしれない。奴は《
だが、奴に脇腹を踏み抜かれ、大きく痙攣したように震えたカズマくんを目にした俺にはそこまで考えられなかった。
飛び込み様に少年の胸ぐらを掴み、そのまま突進――さっき奴を打ち付けてやった壁まで押し戻す。
「もう一歩遠い距離ならカズマさんにトドメを刺せたのに」
「――夏姫ちゃん!」
少年の言葉には取り合わず、夏姫に声をかける。しかし言うまでもなく俺の意図は伝わっていたらしい――即座に返事が返ってくる。
「息はある――けど、意識がない!」
俺がカズマくんから奴を引き離すのを見て、夏姫がカズマくんに駆け寄って様子を見てくれたようだ。取りあえず命はとられなかったようだが――
「……倍返しぐらいじゃ済まさないぞ」
「できるならやってみろよ、山田アタル――いや、真崎岳」
それは、かつての俺の名前――実の両親が俺に与えた名前だ。こいつがどういうつもりでその名を口にしたかわからない。単にこちらにはそれだけの調査力があるぞと誇示したいだけなのか、俺の動揺を誘うものか。
ただ、こいつがその名を知っていたことから言えるのは、カズマくんを瞬きほどの時間で瀕死に追い込む力を持ち、そして公安並の調査能力を有しているということだ――後者は小鳥遊清花によるものかもしれないが、こいつらが仲間であるならこいつの調査か小鳥遊清花によるものかはどちらでもいい。
つまり――T市の異能犯罪者たちを《スカム》のように統率していた八代宗麟を倒したのはフロックではなく、《スカム》潰しも当たり前にできる実力を持っているということだ。
問題はこいつのセカンドスキルだ。消える異能に、カズマくんを一瞬で組み伏せた異能。動きに不自然なところはなかった。俺と同じ
「……まさかデュアルスキラーだとはな。こんなところに体現者がいるとは恐れ入った。てめえ、どんな能力持ってやがる」
「デュアルスキラー? 体現者? なんのことかな? 察するに、俺が二つの異能を持ってるって言いたいみたいだけど」
「――とぼけるなら好きにしろよ。やることは変わらない」
殺す。生かして返すわけにはいかない。カズマくんやシオリ、兼定氏だけの問題じゃない。《スカム》がなくなればU市の異能犯罪界隈は荒れに荒れるだろうし、俺自身も標的だ。夏姫にも危険が及ぶ可能性が高い。
――それだけは有り得ない。仮に《スカム》や俺がどうかなったとしても、その為に夏姫が犠牲になるのは有り得ない。
「――ぁぁあああっ!」
体勢は胸ぐらを掴んだまま、少年を壁に押しつけた形だ。そのまま全力で――少年を圧し潰すつもりで締め上げる。
これで首でも折ってやれれば簡単なのだが、さすがにそんなにヌルい相手じゃない。
「――すっげえ、どんなパワーしてんだよ。けど」
少年の、どこかで見覚えのある双眸が一層輝く。
「俺も自信がないわけじゃないぜ」
言いながら少年が俺の手首を掴み、押し返してくる。胸ぐらからゆっくりと引き剥がされ、俺と少年は壁際で押し合う形になった。互角――俺も魔眼を開いているのに、だ。なるほど、《
――その分の礼も上乗せしてやらないとな。
俺は力比べの姿勢から膝蹴りのフェイント――を見せて、上げた足で少年の足を踏み抜く。足の甲には中足骨という、それぞれの指に対応した五本の骨が通っている。足の甲には肉がつきにくく、頬骨や鎖骨と同じように比較的皮膚に近い場所にあり、一般人が満員電車で踏まれて骨折した、なんて話があるように折れやすい骨でもある。
俺たち能力者はそれに当てはまらない――が、皮膚のしたすぐ下――比較に体表に近い場所にあるということは変わりない。そして骨を痛打されれば痛いのも一般人同様だ。
その中足骨を狙って踵で踏んづけると、少年の目が苦痛にゆがみ手から力が抜けた。その隙に手首を掴む奴の手から逃れ――
「ふっ――」
ジャブ――ヒット。追撃の右を意識して少年がガードを上げるが、その裏を通すようにロシアンフックで耳の裏を叩く。
三半規管を直接揺さぶられた少年は倒れかけるが、
「――っ!」
両足に力を込め、地面を基準に無理矢理姿勢を戻し、ダウンを拒否。だがそれは織り込み済みだ、俺にも同じことができる――ゲヘナシティでそうしたように。
しかし狙いはその一瞬の隙だ。少年が攻防を放棄して前のめりになりつつもダウン拒否に集中したその瞬間、今度こそ突き上げた膝をそのマスクの下にある顎にたたき込んでやる。
「っ――」
呻き声を上げ、そのままうつ伏せに倒れる少年。肩を蹴たぐって仰向けにしてやると、少年は憎々しげに俺を見上げて、
「……今ので意識トバせないなら、パワーだけで打撃は上手くねえかもな、お前」
そして、顎を蹴られて視界は歪んでいるだろうにそんなことを言う。
「一発もガードできないでそれだけ言えるのは感心するけどな」
言いながら、少年の腹に足を乗せる。
「てめえもカズマくんにやったんだ、文句ねえな?」
「文句はないけど――」
少年は言いながら俺の軸足――その足首を掴んだ。腹に乗せた方なら話は別だったが、体重を乗せた軸足だったせいで咄嗟に振りほどけない。
「抵抗はするぜ」
そして、全身に走る痛み。少年がもう片方の手でポケットから取りだしたそれがスタンガンだと気付いたのは、そいつを押しつけられた瞬間だった。その時には奴も掴んだ俺の足首を解放している。結果、俺だけがスタンガンの高圧電流を味わう羽目になった。
「――っ!」
衝撃は髪の毛の先まで迸り、俺の全身の細胞全てをくまなく責める。激痛に呻いて二歩、三歩と下がると――
「――あっくん!」
背後で夏姫が悲鳴を上げた。その声で失いかけていた意識が戻る。
「――……大丈夫、夏姫ちゃんは下がってろ」
「マジか、耐えるのかよ――でもキいただろ? 対能力者用の特注品だぜ?」
少年がのそりと起き上がり、驚いた様に言う。
「買った店を教えろ――一般人だったら間違いなく死ぬぞ、これ。違法営業で訴えてやる」
「誰が教えるか――で、コレまだバッテリー切れてないわけ」
少年はスタンガンを俺に向けその超高出力のスタンガンを空打ちした。バチバチと空気を叩く音と共に、暗い裏路地で蒼電が弾ける。
スタンガンは効かない――かつて
――奴を侮っていた。まさかデュアルスキラーとは。
「ま、こっちも結構膝効いたけど、見た感じそっちほどじゃないかな」
「かもな」
「あれ? 認めちゃうわけ? なんだよ、《
少年は言いかけた口をはっとしたように閉じる。
「――八代宗麟のほうがマシだったか?」
その噤んだ口で言いかけたであろう言の葉を代弁してやると、少年は黙したまま俺を睨んだ。
「俺と八代宗麟、どっちがマシかはてめえで確かめろ」
「死に体で吠えるね――ハッタリじゃなきゃいいけど」
「まあ、思ってたより遙かにやるってのは認めてやるよ。結局俺はてめえのセカンドスキルもわからない」
問題はそこだ。そして決定機も。俺にはこいつのセカンドスキルはわからない――しかしスタンガンのような武器を持っているということは、異能での決戦力は決して高くない。放出系でもない。俺と似たような能力なのは間違いないだろう。
そしてこいつの最大の弱点は。
「それでも探偵風情に負けてやる気は微塵もないな」
「――ああ、そうかよ!」
少年がスタンガンを手に間合を詰めてくる。
――こいつの最大の弱点は、俺に決定的なダメージを与えておきながら、即座に追撃しないことから窺える経験値の少なさだ。
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