第3章 すれ違いとデスマスク ③

 予想はしていた。しつこいくらいに標的は《スカム》やカズマくんで俺ではないとアピールされれば気付かない訳がない。


 奴らの狙いは俺の暗殺――こういうのも手前味噌と言うのか知らないが、かつて《魔眼デビルアイズ》の名前で裏社会に知られた俺を仕留めるのは、場合によっちゃ《スカム》潰しより価値がある。かつては色んな連中が魔眼殺しデビルイーターの称号欲しさに無謀な勝負を挑んできた。


 カズマくんとの戦闘の中で姿を消す異能を発動――その姿を捕捉できず対応できない俺を仕留める――そんな算段だったんだろう。


 まさにそうだと言わんばかりに少年の殺意が俺に向く。


 ――……悪くない策だと思う。相手が俺じゃなければ。予想した以上対策を練らないほど間抜けじゃないし、カズマくんを身近に見てるお陰で消える能力に対応するアイディアのストックがある。


 俺はすかさずバックサイド――腰の後ろに手を伸ばした。銃は持って来ていない――組織絡みの決戦ならともかく、U市はゲヘナシティほど気軽に銃を撃てる街じゃない。


 代わりに用意しておいたのはポーチ――その中にあるのは、カプセルトイのケースに融雪剤――塩化カルシウムを詰めたものだ。


 そいつを取り出して、少年が消えた辺りの地面に投げつける。プラスチックのケースが砕けて中身がばら撒かれた。その顆粒の幾つかが、空中でバウンドするようにその軌道を不自然に変える。そこか――


 集中――一旦目を閉じ、開く。視界に金色のフィルターがかかる。《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》を発動させた俺は、間を置かずに塩化カルシウムが見えない人体を示した空間に対して間合を詰めた。アタリをつけて、そのまま渾身のサイドキックを見舞う。


「ぐぅっ――」


 呻き声と共に少年が姿を現わす。大まかに腹を狙ったつもりの蹴りは、狙いこそ良かったものの塩化カルシウムのせいでこちらの策を読まれたのだろう――ガードされてしまった。それでも必殺のつもりで放った一撃は少年を路地の向こうまで弾き飛ばす。


 雑居ビルの壁に背中を打ち付けた少年は、痛みに喘ぎ――


「――邪魔したら殺すって言ったよな?」


「邪魔? ふざけろ――てめえがこっちに殺意向けたんだろうが。手出しされたくなけりゃカズマくんに集中しろよ」


 吐き捨てるように言うと、俺と少年の中間あたりでカズマくんが姿を現わす。


「兄さん――」


「……悪いな、カズマくん。そいつがこっちに殺意向けるから」


「や、それはこのガキのせいだからいいっすけど」


 そう言いつつもカズマくんは不満そうだ。


「けど?」


「……これはないすよ」


 カズマくんが言って路地に撒かれた塩化カルシウムを示す。雪もないのにこんなものを撒けば――別にどうということもないが、少なくともカズマくんの異能は役に立たなくなる。姿を消しても、踏んだ顆粒が砕けてどこにいるか一目瞭然だからだ。


 そしてそれは少年の異能を同時に封じたということでもある。カズマくんの抗議は、きっとこうして俺が奴の異能を封じたことについてだ。結局手ぇ出すんじゃないすかと、そう言いたいのだろう。


「しょうがないじゃん。姿消したまま俺や夏姫ちゃんに狙い変えたらちょっと面倒だもんよ。ま、カズマくんの《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》も役に立たなくなるから条件は一緒だろ」


「でも――」


「奴が俺に目移りする隙を与えたカズマくんが悪い」


「……すんません、確かにその通りっす。自分の力不足棚上げして不満言ったの、反省します――でも、ここからは手出し無用っすよ」


 それでも抗議を続けようとする彼にぴしゃりと告げると、カズマくんは納得したようだ。反省の色を示し、そしてすぐに切り替えて少年に向き直る。


「――ってわけだ、ガキ。兄さんに手ぇ出してえなら俺を殺して見せろ」


 結局俺も標的なら俺が応戦しない理由もないが、最初はカズマくんに任せるという約束だ。俺は再びビルの壁にもたれかかり観戦に戻る。


「……いいの?」


 カズマくんに聞こえないよう、声を抑えて耳打ちしてくる夏姫。俺も同じように小さな声で答える。


「いいも悪いも――カズマくんだって意地があるだろうしなー。ヤバそうなら割って入るよ」


「……やっぱあっくん、カズマくんには甘いよね?」


「夏姫ちゃんに、ほどじゃないと思うけど」


「私にはもっと甘くなって欲しいなー――で、実際任せて大丈夫?」


 一層声を潜めて、夏姫。俺もさらに声を抑えて答える。


「さっきまでは四分六で不利。今は五分か、四分六で有利」


「……平での殴り合いだとカズマくんに分がある?」


「や、今蹴飛ばしてやったじゃん? 受けたって言っても本気で蹴ったからね――ダメージ殺しきれてないんじゃないかな」


「やっぱりカズマくんに甘いんだ」


「うるさいよ」


 まあ、そのつもりで蹴ったけどさ。


 俺たちが話している間、カズマくんたちも舌戦を繰り広げている。


「いくら相手がレジェンドだからって、あんな年下に敬語とか。カズマさんてプライドないの?」


「今まで似たような台詞を吐いた奴は全員、兄さんどころか俺にさえ歯が立たなかったな。てめえはそうじゃないといいな?」


「ふぅん。カズマさんも《魔眼デビルアイズ》も、今まで大した連中を相手にしてこなかったんだね。この分じゃ《スカム》も烏合の衆かな」


「――てめえの体で確かめて見ろ!」


 カズマくんが地面を蹴って間合を詰める。第二ラウンド開始と言ったところか。


 少年も打って出る。一瞬で互いが互いを間合に捉え――


 先に手を出したのはカズマくんだった。言葉とは裏腹に完全に冷静さを取り戻している。踏み込んだ勢いを殺さずに、最短距離を奔る右ストレート――しかも直前に左肩でフェイントを入れている。


 しかし、少年も口だけではないことを証明して見せた。カズマくんの右ストレートを自身の左手で受け、間髪置かずに逆手で反撃。カズマくんも少年が放った右拳を受け止める。


 形は手四つ。しかし力比べにはならない。カズマくんが手四つの形になった瞬間、少年を引き寄せるように引いて――


「――オラぁっ!」


 少年の顔に頭突きを見舞う。サングラスが砕け、落ちる。その下から現われた少年の目は痛みに歪んでいた。


 初めて見る少年の双眸。俺はその造形に既視感を覚えた。


 ――どこかで会ったことがある?


 鼻や口がマスクで隠れて見えないため、記憶の像と一致しない。だが、俺はこの少年を知っている気がする――


 ――俺が記憶を手繰っている間も攻防は続く。少年の目が苦痛に喘ぐものから挑戦的なそれに変わった。


「――やるじゃん、カズマさん――あんた俺が思ってたより強いかも」


「てめえに上から言われる筋合いはねえんだよ!」


 カズマくんはすかさず追撃の膝蹴りを放つ。エグい角度で少年の右脇腹を襲った膝に、少年は明らかに効いた様子の呻き声を漏らした。


「もう一発――」


 更に追撃を入れようとするカズマくん。しかしそれより一瞬早く、少年が呟いた。


「――だから、俺もちょっとだけ本気、見せてあげるよ」


 そして――少年の両目が碧く輝く。




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