第3章 すれ違いとデスマスク ②

 かつて《スカム》上等を公言していた《リアル》という組織の情報を探るためにカズマくんと訪れたU市の西側――《スカム》の勢力が衰えた今では当時より《スカム》以外の異能犯罪者が多いだろう。


 やはりかつてと同じように西側では数が少ない《スカム》の系列店に車を止め、適当に裏通りを歩く。ここまで出張ってくる必要はなかったかも知れないが、東側では《スカム》の人間が多すぎる。逆にここまで露骨な誘いを小鳥遊清花は挑発と受け取るかもしれない。


 デキる裏社会の仕事屋ならともかく、異能犯罪に恨みを持つ小鳥遊清花にとってこの挑発は無視できないだろう。それは異能犯罪者に屈すると同義だと考えるだろうから。


 推測ばかりの釣りではあったが、釣果は――いやいや、効果はあったようだ。


 しばらく歩いたところで尾行の気配を捉える。どうやら俺にも敵意を持っているようだ。


 しかし、計算外なのは――……


 俺は尾行者に聞こえるように夏姫に告げる。


「――夏姫ちゃん、爺さんに電話して」


「え? いいけど、なんて?」


「――こっちに食いついた魚は一匹。もう一匹はそっちに行くかも知れないからシオリに気合い入れろって伝えるように、って」


『――!!』


 俺の言葉に夏姫とカズマくんは同時に息を飲み、弾かれたように振り返る。俺も振り返りつつ、夏姫の手を引いて一歩、二歩と下がり、裏路地の壁際まで下がる。


 それを真似るように俺も振り返ると、後方――暗がりの向こうから人影が現われた。一人だ。白い不織布のマスクが闇夜に浮いているように見える――昨日の少年だ。相変わらずサングラスとマスクで顔が見えないが、背格好や雰囲気から察するにまず間違いないだろう。


「マジか、やる気になったら即気付くのかよ――《魔眼デビルアイズ》、あんたの気配探知どうなってんだよ。精度高すぎだろ」


 そんなことを宣いながら少年は一歩、二歩とカズマくんに近づいていく。


「昨日は間抜けかと思ったけど――なるほどね、殺気や敵意にだけ敏感なのか」


「さぁな」


 話しかけてくる少年――俺は背中に夏姫を隠す。昨日、こいつの能力を見た。カズマくんと同様の姿を消す異能だ。カメラにも映らなくなることから光の透過や屈折を制御していると考えられるカズマくんと全く同じとは言えないかも知れないが、昨日の退場を見る限り奴を視覚的に捉えるのは難しいだろう。


「言っておくけど、《魔眼デビルアイズ》――天龍寺夏姫も。邪魔したら殺すぞ」


「――オゥコラ、てめえ誰の前で兄さん相手にイキってんだコラ」


 相対するカズマくんが一歩前に出る。待て待て、まだ始めるなよ?


「待ったカズマくん。おい――」


 俺はカズマくんに待ったをかけ、少年に話しかける。


「――なに? カズマさんがやる気のうちに終わらせたいんだけど」


「カズマくんはそう簡単に萎えないから心配すんな――あんた、今日も一人か? ボスは一緒じゃないのかよ」


「ボス? さあ、どうかな」


 素直に吐くとは思っていなかったが、サングラスとマスクのせいかリアクションからもなにもヒントが得られない。まさか小鳥遊清花と無関係とは思わないが……


「無駄すよ、兄さん――俺が痛めつけて吐かせます」


 俺たちの問答を打ち切るようにカズマくんが言う。そして――


「カズマさんにそれができるといいけど」


「兄さんたちはもう少し下がっててください――来いコラァ!」


「言われなくても――」


 カズマくんが叫び、少年が呼応する。




   ◆ ◆ ◆




 先に動きを見せたのは少年の方だ。身を低くして間合を詰めるその動きは、暗夜も相まって中くらいの腕の奴なら目で追うことすら難しいだろう。


 だが、カズマくんも子分体質丸出しのせいで忘れがちだが、相当に腕が立つ男だ。全盛期の天龍寺兼定がボディガードとして傍に置き、そして今やその兼定氏が興した《スカム》の三代目会長――格も十分で、殴り合いなら全国有数の猛者。世界一の犯罪都市と悪名高いゲヘナシティに行ったとしても、《暴れん坊ランページ》と怖れられたマックスと並ぶアンタッチャブルになるだろう。


「オラぁっ!」


 組み付くつもりか、身を低くしたままカズマくんに肉薄する少年。しかしカズマくんもそれを見逃していない――どころか、狙い澄まして迎撃の膝を放つ。


 顔に決まれば一撃で絶命しそうなそれを、少年は読んでいたようにガード――間合を詰めた勢いを殺さず、そのまま肩口からカズマくんの腰にタックルを決める。


 これが総合格闘技であれば――あるいはカズマくんが並の異能犯罪者であれば転がされて終わりだが――


「――なに!?」


 驚愕の声を上げたのは少年の方だ。膝をガードしてタックル――しかしカズマくんは軸足のみでそのタックルを受け止める。


 だが俺が驚いたのは、少年の見切りの速さについてだった。タックルで倒せないと見るや、少年は即座に離れてカズマくんの追撃――右拳の打ちおろしをあっさりと躱す。


「やるじゃん、カズマさん――タイミングだけじゃ転がせないか」


「てめえから仕掛けてきたくせに逃げてんじゃねえよ!」


「いや、さすがにまともに殴られるのは嫌だし」


 下がる少年を追うカズマくん。今の一瞬の攻防を見るとカズマくんが優勢に見えるが――


 ……俺の読みじゃ四分六でカズマくんが不利だ。入れ込んでるカズマくんに比べ、少年の方には余裕が窺える――


 少年を追うように踏み込んだカズマくんは、猛る気持ちをそのまま拳に乗せて放つ。躱す少年。ギリギリの回避ではない。間合を外すように大きく躱している。


「避けてんじゃねぇ!」


「無茶言うなぁ」


 追いかけるように右、左、右と拳を繰り出すカズマくん。そのどれもが必殺の威力を秘めたものだが、しかしそれ故か躱し、いなされ、受けられる。


 そして――


「――!!」


 少年の右手が一閃――カズマくんの鼻っ柱を捉える。ごつっと重い音が響く。


「カズマくん――!」


「――平気っすよ、姉さん。兄さんの拳骨に比べたらなんてことないす」


 思わず悲鳴を上げる夏姫。カズマくんは滴る鼻血を舐めると、少年から視線を外さずに夏姫にそう返す。


 発声は異常なし、鼻梁も曲がっていない。目にも力がある――深刻なダメージではなさそうだが。


「代わるか? いつでもいいぞ」


 カズマくんに問うと、カズマくんより先に少年が反応する。


「邪魔すると殺すって言ったはずだぜ、《魔眼デビルアイズ》」


「知ったことか。てめえで売ったケンカだろ? 異能犯罪組織こっち側にケンカ売って、まさか無事に帰れるとは思ってないよな?」


「ケンカ? まさか――俺は犯罪者の排除をしてるだけだよ」


 排除――排除ね。言い回しは小鳥遊清花のそれと同じだ。奴とこいつが仲間だとして、どうして小鳥遊清花はここにいないんだ? こいつにしたって、邪魔をするなと俺に言うが本当に俺が手出ししないと思っていないはず。小鳥遊清花はこいつ一人でカズマくんと俺を相手にして勝てると、そう確信してるのか――


 ――それとも本当にこいつと小鳥遊清花は無関係なのか?


「やっぱりあんたを先に片づけたほうがカズマさんに集中できるかな」


 少年がその敵意を俺に向ける。途端、カズマくんの怒気が消えていき――代わりに殺気が膨れ上がる。


「ワンパン入れたぐれえで調子乗ってんじゃねえよ、ガキが――てめえごときが兄さんと遊ぼうなんて百年早いんだよ」


「……へえ、そんな雰囲気出せるんだ。見直したよ、《会長》――」


 少年がカズマくんに注意を戻す。殴られたせいか、少年が俺に敵意を向けたからか――ぶち切れ状態だったカズマくんも少し冷静さを取り戻したらしい。


 不意にカズマくんの姿が消える。彼の異能、《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》だ。条件さえ整っていれば姿を消したカズマくんを捕捉する方法もゼロでないが、初見で夜の屋外、それも碌に外灯もない裏路地では見抜く術は無いに等しい。


「ちっ――」


 舌打ちし、その場から跳び退る少年。そして着地する頃には少年の姿も消える。


 やはりこいつの異能もカズマくんと同類のものらしい。


 そして俺は小鳥遊清花や少年の狙いはコレかと確信する。


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