第3章 すれ違いとデスマスク ①

夜の裏通り――いつかカズマくんと歩いた、《スカム》の息がかかっていない通りだ。


 碌に外灯もないその一画で、ビルの壁にもたれかかる俺と、どこか心配そうな夏姫。俺たち二人の視線の先で――


「来いコラァ!」


「言われなくても――」


 向かい合う、カズマくんとサングラスにマスクのガキ。昨夜の奴だ。


 話は少し前に遡る。




   ◆ ◆ ◆




「俺、納得いかないんすけど」


 俺の呼び出しにより、夕方俺と夏姫を迎えに事務所に車を回したカズマくん。取りあえず《スカム》の系列店で夕食を摂り、人目があるところや大通りじゃ連中も狙いづらいだろうと《スカム》の影響力が少ない街の西側へ向かう車中で、そのカズマくんが俺に不満を漏らした。


「なにが? 夏姫ちゃんの奢りの寿司は口に合わなかった?」


「それはめちゃめちゃ美味かったっす」


「んじゃ何が気に入らないんだよ」


「この状況っすよ」


 ぶっきらぼうにカズマくんが言う。車はゴリゴリに改造されたカズマくんのチェイサー。ハンドルを握るのはもちろんオーナーのカズマくんで、助手席に俺、後部座席に夏姫が座っている。


「夏姫ちゃんが隣の方が良かった?」


「そういうことじゃねえっすよ! つうか兄さん差し置いて姉さんが俺の隣とかないすから!」


 ついにカズマくんが声を荒げる。まあ、俺もわかってて言っているのだが。


「飯食ってる時はあんなに機嫌良かったのに」


「そりゃあこんな状況で、兄さんたちだって婚約して――それでも飯のお供に呼んでもらえるなんて、嬉しいに決まってるじゃないすか! それが――」


 そこまで言ってカズマくんが口を噤む。寿司をつまみながら話した今夜の行動について――気に入らないのはそこだろう。


 カズマくんは奥歯を軋らせて、


「――要は、昨夜のガキから二人で俺を守ろうってことすよね?」


「だから、ちょっと違うって」


 カズマくん的には昨夜の奴がよほど腹に据えかねるらしい。


「確かにそれもなくはないけど、けどそもそも昨夜の奴はおまけで奴にはボスがいるわけ。敵が二人ならこっちが二人だっていいだろ?」


「んで、姉さんはどうせなら兄さんの目が届くところに、ってことすよね。わかってるっすよ」


 憮然とした表情でカズマくん。絶対わかってないんだよなぁ……


「そもそも夏姫ちゃんは参戦しないから」


「え? なんで?」


 後ろから疑問の声。夏姫だ。


「いや、そりゃそうでしょ。夏姫ちゃんは連中の敵じゃない可能性が高い。わざわざ連中と交戦してターゲットになる必要ないでしょ」


「あのテストは何だったの?」


「備えあれば憂いなしって奴。いざ襲われたとき、対応できるかどうかは大事じゃん」


「……まあ、私は『スカウトの件』で小鳥遊清花に文句言えればそれでいいんだけどさ」


「じゃあやっぱり兄さんは俺のお守りってわけすね」


 今度は隣のカズマくん。


「だから……わかんねえ奴だな。連中が二人ならこっちも二人って話だろ」


「でも兄さんが俺の立場だったら、一人で敵の相手をするっすよね」


「そりゃね、わざわざカズマくんを危ない目に遭わせようとは思わないよ」


「ちょっと、あっくん――」


 カズマくんの問いに答える俺に、夏姫が口を挟んでくる。その意図がわかる前にカズマくんが不満そうに、


「そこすよ。俺だって探偵の二人ぐらい一人で畳んでやりますよ」


「――つまり、俺に下に見られてるのが面白くない?」


「そうは言わないすよ、俺が兄さんに敵うとは思ってないっす。けど、その辺の探偵風情に負けると思われてるのは面白くないっす」


 ふん、とカズマくんが鼻を鳴らす。


「俺も探偵風情がカズマくんに敵うとは思ってないんだけどさ――相手がただの探偵じゃないからなぁ」


「だからって――」


「あのな、カズマくん」


 俺は抗議を続けようとする彼の言葉を遮る。


「いい加減聞き分けろよ。カズマくんの意志を全無視してるってわけでもないだろ? 爺さんから聞いてるよ、俺と夏姫ちゃんに火花飛ばさずに片づけたかったのはわかる。それを尊重したい爺さんの気持ちもな。けどよ、それで万が一カズマくんがやられたらどうよ。爺さんとシオリが残ってても《スカム》の存続は難しいぜ。たとえ残っても今まで通り他の連中に睨みを効かせるのは難しい。そうなると抑えが効かなくなるからU市の治安は悪くなる。すると公安が《スカム》を見ない振りをする理由がなくなる――《スカム》はU市の一般人への犯罪を抑制してるから見逃されてるだけで、普通に犯罪組織だからな。異能犯罪者こっち側の人間は敵対すれば普通に殺すし、クスリのルートだってあるだろ? 裏風俗も続けてるだろ?」


「……うす」


 カズマくんが頷く。余談だが、全国有数の教育県であるここN県にはソープランドがない。そのためそっち方面のシノギはそれなりに需要がある。以前スカムでその手のシノギを仕切っていた男はもうこの世にいないが、それだって誰かが引き継いでいるだろう。


「――となるとカズマくんが倒れたら《スカム》は存亡の危機なわけ。そんなわけにはいかないだろ? そしたら誰かが《スカム》を継いで存続させなきゃならない。で、誰が四代目になればいい? 俺か? 夏姫ちゃんか?」


「もう、あっくん――そんな意地悪な言い方しないの」


 聞き分けないカズマくんに思わず語勢が強くなった俺――その俺に、夏姫が待ったをかけるように口を挟む。


「カズマくんも――あっくんもわかりにくい人だからさ。これでカズマくんのこと可愛いがってるんだよ。お祖父ちゃんに言われて厳しめに『可愛がり』したのに、それでも慕ってくる子がどうでもいいわけないじゃん。カズマくんも立場あるんだから、そういう舎弟の子、いるでしょ?」


「……まあ、いなくはないっす」


「だったらあっくんの気持ちもわかってあげよう? 今回の相手はただの探偵じゃない――T県の大物を食ってて、あっくんはそこが気になってるの。カズマくんの気持ち通してあげて、それで万が一カズマくんがやられちゃったらあっくんだって悔やみきれないよ。それに――」


 諭すように優しい口調だった夏姫が、少しだけ声音を強くする。


「カズマくんはあっくんを兄さんって呼ぶんだから、通す筋ってあるよね?」


 夏姫の言葉に、カズマくんははっとして――


「すんませんした、兄さん。俺、意地んなってたっす」


「別に杯交わしたわけじゃねえし、カズマくん友達だと思ってるから筋とか別にどうでもいいけどさ」


「だったらなおさらっす。俺、自分の意地通すばっかで兄さんの気持ち考えもしねえで――」


 運転中なので、さすがに俺に頭を下げることはしない――しかしカズマくんは真摯な表情でそう呟く。


「――夏姫ちゃん、最後のは余計だったろ。説教が効きすぎ」


「あっくんの気持ちをバラした分、カズマくんにも反省してもらわないと。基本的に私、あっくんの味方だし」


 振り返って後部座席の夏姫にそう言うと、夏姫はペロッと舌をだして見せる。くそ、可愛いじゃんか……


「兄さん、俺――兄さんにそんな風に思ってもらえてるなんて」


「もういいから」


「でも――」


「だったら機嫌直しててめえで言った通り畳んで見せろな。そしたらカズマくんだって通したかった意地通せるんだからよ。俺もカズマくんの命に関わる状況になるまでは手出ししないから」


「うす、兄さんの手は患わせないすよ。俺んとこできっちり止めて見せます」


 そう告げるカズマくんの目に力が籠もる。カズマくんが二人まとめて片付けるならそれが一番いい。


 ……まあ、他の誰かならともかくカズマくんに『一緒に頼んます』とか言って頼られなくなるのは少し寂しくもあるけれど。


 それでも、T市の件が終わって俺が夏姫と揃って足を洗えばそれが日常になるのだ。


 それが夏姫と本当の家族になって友達のカズマくんとは住む世界が変わるということなら、慣れなければいけないことなんだろうな。

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