第2章 少年と少女 ④
「お兄さんエグいバイク乗ってるね! しかもぱっと見フルノーマル! フルレストア? まさかサバイバーってことはないよね? いやあ、あんまり珍しいから思わず追いかけちゃったよ。このままツーリングでも行かれたらどうしようかと思った!」
屈託のない笑顔でそう言う女は、年の頃は俺や夏姫と同じくらいに見える。化粧が濃いとは思わないが華やかと言うか、派手な印象を受けるタイプの美人だった。
……言葉を信じればバイクに釣られたマニアってとこか。夏姫からこの車両は旧車だと聞いている。2ストで小排気量の割にパワーがあって使いやすいと思っていたが、こういう弊害があったか――と考えるほど俺はお人好しじゃない。
まして、今日は平日――俺のナリは高校生かそのくらいに見えるはずだ。一般的な常識では平日からバイクを乗り回してツーリングに出かける身分じゃない。
俺は疑問をそのまま口にした。
「尾けてたな?」
「え? だからそう言ったじゃん。あんまり珍しいバイク乗ってるからさ、同好の士としてちょっとお話ししてみたいなーって」
「お前、小鳥遊清花だろ」
夏姫の調査でも小鳥遊清花の顔写真は手に入らなかった。少し時間をかければ割ってみせると夏姫は言っていたが――それを待つ意味はなくなったな。このタイミングで同年代の女の登場――疑う余地しかない。
ずばり尋ねると、女は目を丸くし――そして気まずそうに笑った。
「――はい、その通り。小鳥遊清花です――初めまして。私、なんか間違えたかな? 完璧にバイク好きのお姉さんを装ったよね?」
えへへ、と女――小鳥遊清花が笑う。目に映る印象から話に聞いていた『異能犯罪への復讐に燃える女』には見えないが、女ほど見た目を欺く生き物はいない。
ついでに言うと探偵にも見えない。
「昨日の今日だぞ。それで欺けると思ってるなら探偵辞めろ」
「昨日?」
俺の言葉に、小鳥遊清花は首を傾げる。
「なんのことかな?」
「ああ? この後に及んでとぼけようって? そんなもんに欺される間抜けに見えるか?」
「や、君は間抜けになんか見えないよ、山田
小鳥遊清花が俺の名前を言い当てる。ちっ、やっぱり俺を俺と認識してやがるな。
「で、昨日ってなんのことかな。私が君に接触するのは今日が初めてだけど?」
「はっ、あくまで白を切るって? てめえの協力者があいさつに来たぜ。てめえの差し金だろ」
ほんの少し険を込めて言う。こいつが(そうは見えないが)協力者がいたとしても八代宗麟とその部下を討ち破った女であるなら、俺が言葉に込めた険に気付くだろう。受け流すか、反応して殺気を見せるか――
――小鳥遊清花が見せたリアクションは、俺の予想と少し違った。屈託のない笑顔から一転、誠実で真面目な態度で――
「私は一人だよ。一人きり」
「……確かに、二人乗りしてるようには見えないな」
「はぐらかすねぇ。君の態度、それに私の名前を知っている――つまり、例の件を知ってるってことでいいかな」
小鳥遊清花に笑顔が戻り、意味ありげにそんな風に言う。例の件とはN市での大捕物か、異能犯罪者狩りか、あるいは両方か――こいつ、見た目の印象と違って腹芸ができるようだ。
「知ってるもなにも、そのせいで俺はてめえのケツ拭かされることになってんだよ」
「セクハラぁ。言うことエグいよ。ま、アタルくん可愛いからお姉さん許しちゃう」
言って小鳥遊清花はにんまりと笑う。
「そんなことを言うために昼間から尾けてたのか?」
「まさかまさか。実を言うと君に話があってね。君なら私が君に敵意を持ってないことはわかるでしょ」
……それはその通りだが。目の前の小鳥遊清花から俺に対する敵意は感じられない。だからこそ尾行に気付くのも遅れたのだが。
小鳥遊清花は、そもそもの俺の目的地であるアイス屋を指で示し、
「メットって暑いよねー。ソフトクリーム驕るから、ちょっとだけ話に付き合わない?」
そう言って、顔を綻ばせた。
「誘っといてなんだけど、ホントに並んでソフトクリーム食べることになるとは」
歩道の手すりをベンチ代わりに腰を落ち着けて小鳥遊清花に買わせたソフトクリームを舐めていると、隣に同じように座った小鳥遊清花が戸惑いながらそう言った。
「噂には聞いていたけど、胆力半端なくない?」
「昨日の今日で俺の前に現われるあんたほどじゃない」
「だから昨日ってなんのこと?」
「白をきり通すつもりならそうしろ。こっちで勝手に判断する――で? 俺に話ってなんなんだよ。まさか本当にバイク談義がしてえわけじゃねえだろ?」
どうせ碌な話じゃない――そう思って尋ねると、小鳥遊清花は待ってましたとばかりに――
「実はアタルくんを私の助手としてスカウトしたくって。それで君に会いに来たんだ」
碌な話ではないと思っていたものの考えもしなかった小鳥遊清花のその言葉に、俺は手にしていたソフトクリームを取り落とした。白いクリームがアスファルトに染みを作る。
「勿体ない! 知ってる? このお店、N県で初めてアイスを売り出したお店なんだって」
「知るかそんなもん……異能犯罪者狩りの片棒を担げって?」
「何年か前までは似たようなことしてたんでしょ? それを、私と一緒にやらないかって話」
小鳥遊清花が俺の目を見て笑顔を作る。似たようなことと言うのは、俺が夏姫と出会う前、日銭を稼ぐために異能犯罪者を小突き回して金を巻き上げていたことか? 何を考えているんだ、こいつは……
「異能犯罪を憎んでるんじゃないのか?」
「もちろん――だから君に声をかけてる。アタルくんは自分から一般人に手をだしたことはないよね?」
「そういう基準なら、俺じゃなくて八代宗麟でも良かったはずだ」
カマすつもりでその名を口にする。しかし小鳥遊清花は悪びれもせず、
「そうだね。だから少し話をしたよ。でも彼は駄目だった――彼、一般人はどうでもいいんだよね。必要があれば手を出す。彼は恋人が生きやすい世界を作りたかっただけで、異能を持たない一般人を慮っていたわけじゃない。現にN市を自分で御しきれない不法入国してくる異能犯罪者の受け皿にしようとしていた」
「だから殺したのか」
「八代宗麟は自殺だよ?」
「手下はてめえで殺ったんだろ?」
「手下の一人が恋人だったみたいだね。その人が動かなくなったら、彼、呆けちゃって。だから拘束して通報することができたんだけど」
そう言って小鳥遊清花は悪戯が見つかった子供のように舌をだす。
「てめえも相当歪んでるな」
「かもね――理由は知ってるんでしょ?」
「同情はしないけどな。復讐したならその余地はない」
「だよね」
ソフトクリームを食べ終えた小鳥遊清花はコーンの包み紙を握り潰し、それをポケットにしまう。
「わかってんのか? てめえが手を出した相手はそのへんの木っ端じゃない、街を仕切っていた大物だ――お陰でT市の治安は崩壊、今じゃ不法入国者の楽園だってよ」
「わかってるよ、私なりに責任を感じてる。だから君を探してたんだよ。さすがに一人でそんな街を攻略できるとは思ってない。一緒に街の掃除をしてくれる協力者が必要なんだ」
でも、と小鳥遊清花は言葉を続ける。
「一応U市も隣市だからね。私なりに調べはつけてたんだけど――八代宗麟の件のあとに君にコンタクトをとろうと思ったら、U市にいたはずの君が見つからない。ちょっと焦ったよね。それでまあ、そこから遡って調べて見たら――」
そして、小鳥遊清花はにこりと。
「君もなかなか面倒事に縁があるみたいだね?」
「……どこまで調べたんだ?」
「さあ?」
「こっちはいつ話を打ち切ってもいいんだけどな」
「……あのさぁ」
俺の言葉に小鳥遊清花は溜息をつき、
「さっきから私、とびきりの清花さんスマイルで籠絡しようとしてるんだけど。対応が塩すぎない?」
……俺に寄ってくる女はこんなんばっかりか。
「佐木柊真は吹っ切れたのか?」
尋ねると、小鳥遊清花は己の胸を手で指し示し――
「
「……心に誓った男がいて、そんな女の笑顔一つで籠絡できるほど男は甘くねえんじゃねえの?」
「なんでもするって言ったでしょ? アタルくんが私に協力してくれるなら、私が持ってるものはなんだって捧げるよ。身も心もってやつだね」
「……そういう覚悟は嫌いじゃないぜ」
「そう? ありがと」
伝えると、やはり小鳥遊清花は微笑んでみせる。
「で、どこまで調べたって? いや、言わなくていい――調べてんなら、俺が女に籠絡されないのはわかってるな?」
「ぐぬぬ……天龍寺夏姫は強敵だなぁ」
「言っておくが」
「わかってるよ、彼女には手を出さない――君が公安を敵にしてまで守った人だもんね。私も君と敵対したくない。できるならね」
不意に出た夏姫の名前。俺が睨みを効かせると、小鳥遊清花は戯けたように両手を挙げる。
こいつ――
「いくつか聞いていいか?」
「どうぞどうぞ。なんでも聞いて?」
尋ねる俺にそう答える小鳥遊清花。さて――
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